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悪魔と天使
1話
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「みんな、ちゃんとちいさい子から順に並んでね。全員分あるから」
町の北にある小さな教会。
そこで神職に就くエルは貧しい子供達に食事を用意して配っていた。
ここの町は貧富の差が激しい。食べる物にも事欠く子供達にパンやスープ、フルーツをエルは振る舞っていた。 子供達に毎日食事を用意するため、エルの生活は質素なものであったが、町の子供達が腹を空かせていない状況はエルにとって大きな幸せをもたらしていた。
「エル先生、パンは一人1つだけ?」
とりわけ貧しい子供に尋ねられる。エルは身を屈めて子供と同じ目線になる。
「もう1つ持って行って構わないよ」
そう言ってエルは自分のパンを痩せた子供に渡してやると、その子供の煤けた頬を清潔なタオルで拭ってやった。
「エルせんせぇ、ありがと」
子供たちに施すとエルの手元には何も残らなかったが、この笑顔に代えられるものなどないと思っていた。 着古したものではあるが丁寧に洗われたエルの白いシャツに子供は嬉しそうに顔を埋めた。
それから親に鞭打たれて出来た傷がある子供の傷口には痛みを和らげ治癒を助ける香油を塗り込んでやり、子供達に簡単な読み書きを教会の石板を使って教えてやる。一時間ほど滞在すると子供達は家の仕事を手伝わなければならないため各々帰って行く。
「みんな、また明日おいで。明日は何かお菓子を焼くからね」
そう言って繕ってやった靴下や肌着も持たせて手を振った。
子供達との時間は短いものであるが、帰ってからもエルはなお忙しく、子供達に食べさせるための菜園と果樹園の手入れをしていた。
瑞々しい果実や野菜を口にするときの子供の顔を思い浮かべて思わずエルが笑顔を浮かべたていたそのときだった。
自身の上に陰が落ちたことで、人が背後に立っていることにエルは気がついた。
ゆっくりとエルが振り返ると、明らかに質の良い黒いシャツにスラックス。磨かれた黒い革靴を履き、瞳も髪も吸い込まれるほどに黒い男が立っていた。男を見てエルは思わず息を飲んだ。
ぞっとするほどに美しかったからだ。
吸い込まれそうな男の瞳に魅入られて思わずエルは固まってしまった。
「私が犯した罪について聞いていただけますでしょうか」
男の声を聞いて、エルはびくり、と背中を引き攣らせた。
思わず脚から力が抜けてしまうほど、艶かしい低音。
腰の骨や腹の奥に彼の声が響いて甘く震えるような蠱惑的な声。
たっぷり数十秒魅とれたのち、エルはようやく自分がこの男に返答しなければならないことに気付いた。
「あ……え……と、懺悔がしたい、ということでよろしいですか?」
神職に就くものは如何なるときでも心を乱してはならないと、厳しく教えを受けていた筈なのに激しく動揺してしまった。
静かに頷いた男をエルは教会に導いた。
町の北にある小さな教会。
そこで神職に就くエルは貧しい子供達に食事を用意して配っていた。
ここの町は貧富の差が激しい。食べる物にも事欠く子供達にパンやスープ、フルーツをエルは振る舞っていた。 子供達に毎日食事を用意するため、エルの生活は質素なものであったが、町の子供達が腹を空かせていない状況はエルにとって大きな幸せをもたらしていた。
「エル先生、パンは一人1つだけ?」
とりわけ貧しい子供に尋ねられる。エルは身を屈めて子供と同じ目線になる。
「もう1つ持って行って構わないよ」
そう言ってエルは自分のパンを痩せた子供に渡してやると、その子供の煤けた頬を清潔なタオルで拭ってやった。
「エルせんせぇ、ありがと」
子供たちに施すとエルの手元には何も残らなかったが、この笑顔に代えられるものなどないと思っていた。 着古したものではあるが丁寧に洗われたエルの白いシャツに子供は嬉しそうに顔を埋めた。
それから親に鞭打たれて出来た傷がある子供の傷口には痛みを和らげ治癒を助ける香油を塗り込んでやり、子供達に簡単な読み書きを教会の石板を使って教えてやる。一時間ほど滞在すると子供達は家の仕事を手伝わなければならないため各々帰って行く。
「みんな、また明日おいで。明日は何かお菓子を焼くからね」
そう言って繕ってやった靴下や肌着も持たせて手を振った。
子供達との時間は短いものであるが、帰ってからもエルはなお忙しく、子供達に食べさせるための菜園と果樹園の手入れをしていた。
瑞々しい果実や野菜を口にするときの子供の顔を思い浮かべて思わずエルが笑顔を浮かべたていたそのときだった。
自身の上に陰が落ちたことで、人が背後に立っていることにエルは気がついた。
ゆっくりとエルが振り返ると、明らかに質の良い黒いシャツにスラックス。磨かれた黒い革靴を履き、瞳も髪も吸い込まれるほどに黒い男が立っていた。男を見てエルは思わず息を飲んだ。
ぞっとするほどに美しかったからだ。
吸い込まれそうな男の瞳に魅入られて思わずエルは固まってしまった。
「私が犯した罪について聞いていただけますでしょうか」
男の声を聞いて、エルはびくり、と背中を引き攣らせた。
思わず脚から力が抜けてしまうほど、艶かしい低音。
腰の骨や腹の奥に彼の声が響いて甘く震えるような蠱惑的な声。
たっぷり数十秒魅とれたのち、エルはようやく自分がこの男に返答しなければならないことに気付いた。
「あ……え……と、懺悔がしたい、ということでよろしいですか?」
神職に就くものは如何なるときでも心を乱してはならないと、厳しく教えを受けていた筈なのに激しく動揺してしまった。
静かに頷いた男をエルは教会に導いた。
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