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1章
9話
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「凌斗、玲香ちゃんと超いい感じだったじゃん」
女の子達と別れて、四人になって寮に戻ると各々の部屋を目指しながら川崎が言った。
「だから、そんなんじゃねぇよ。来週の練習試合見に来るっつってから場所変わるかもしんねぇし、連絡先交換する流れになっただけ」
凌斗が溜め息混じりに答えると
「それまさに恋の始まりってやつじゃん。あー、モテるやつ羨ましー」
川崎が口を尖らせる。
「もー……言ってろ。っとに面倒くせぇ」
「玲香ちゃんと付き合うことになったらちゃんと合コンの主催者である俺に報告しろよ」
と渋谷に言われると、凌斗は面倒になって
「はいはい。じゃまた明日の朝練な。おやすみー」
そう言って四階に上がる川崎と渋谷と別れて、蒼と共に三階にある二人の部屋に向かった。
「ただいま……」
寮の階段で渋谷と川崎と別れた後、凌斗と蒼は二人言葉もなく、隠しきれない重たい空気を纏って部屋まで歩いた。いつも何かと話題を振ってくる蒼の珍しく重苦しい空気に耐えられず、部屋のドアを開けるとき凌斗は小さく呟いた。
蒼からの返事はない。今日の合コンに行く前も機嫌の悪さは感じたが、更に機嫌が悪くなったように凌斗は感じた。
「何か疲れたな。蒼は大丈夫? さっさと風呂入ろうぜ」
「あー、別に」
目も合わせずにスマホを弄りながら蒼は応える。
空気を変えようと、凌斗は先にシャワーを使った。
カラオケボックスの狭い部屋には色んな臭いが籠っていて不快だった。
早くさっぱりしたかったのもあって、シャワーを浴びて濡れたままの髪も そこそこに洗濯したばかりのジャージに袖を通して居室に戻ると、蒼は未だ不機嫌なオーラを隠しもしないで、ベッドの端に腰かけていた。
「何で、んなに機嫌悪ぃわけ?」
機嫌が明らかに悪い蒼に凌斗が問う。
蒼は自身の膝に片肘ついて頬杖をしながら溜め息を吐いて長い脚を組む。
「それ聞く?」
いつも優しい蒼が機嫌が悪いことを隠そうともせず低い声で言い放つ。
「合コンでは楽しそうだったじゃん。蒼が来るとは思わなかったけど」
凌斗もずっと胸がチクチクと痛んでいたので、思わず責めるように言ってしまった。蒼を忘れるために行った合コンなのに、蒼が女の子と仲良くしていたのを見ると胸が痛いのだと気付かされただけだった。
「好きな子がつれなくてさ。自棄になって合コン行ったんだけど、やっぱ全然楽しくないんだよね。疲れただけだよ」
不機嫌なまま言う蒼。いや、不機嫌というより、ひどく怒っているようにも凌斗には見えた。びりびりとした怒りが凌斗の肌に伝わる。穏やかな蒼はどんなときも声を荒げたりしない。いつだって凌斗に優しくて不機嫌なところも怒ったところも見たことがなかったと凌斗は今更ながらに気が付いた。
凌斗が見たことない一面を見せるほどに、好きな人が居るのだと思うと、凌斗の胸の奥がつきりと痛んだ。
「凌斗こそ急に合コン行くなんてどうしたの? いつも断ってたよね」
穏やかな口調だが、いつもの優しさなんて欠片もない。ひどく冷たいようにも、焦げ付くほどに熱いようにも感じられる。
「何で急に女の子と付き合おうとするの? サッカーしか考えられないって、誰かと付き合う余裕なんてないっていつも言ってたよね?」
蒼は立て続けに問いを投げつけた。
ぞっとするほど冷たい瞳と声。こんな蒼を凌斗は見たことがなかった。
だけど、蒼が好きな人と上手くいかないからって、凌斗を怒るのはひどくお門違いだと凌斗は思った。好きな子に振られたからって好きな人に八つ当たりされるなんて理不尽で辛かった。
「別に……っ……大した理由なんか、ねぇよ……っ女の子と付き合いたいって思うことなんて普通だろ」
凌斗も強く言い切ると、蒼のひどく冷たい瞳を睨み返した。なぜ蒼に凌斗が責められなくてはならないのか凌斗には理由がわからなかった。
気丈に凌斗が言うと、蒼は嗤った。
「嘘ばっかり。怖くなっちゃったくせに。俺に躯のアソコのナカ触られてイっちゃったからだよね? 俺にオンナノコにされちゃうと思ったんでしょう?」
ひどく冷たい目で嗤われて、胸がぐさりと刺されたように痛かった。
蒼だから、触ることも見ることも許したのだ。
「な……っ違っ……」
それが他の人だったならば男でも女でも見せる訳がなかった。
今日はどうしてこんなに凌斗に対して蒼が攻撃的なのかわからないけれど、胸が苦しくて辛い。
「サッカーより好きになれないのに付き合ったら女の子に悪いって言ってた凌斗が急に彼女見つけようとするなんてどう考えたっておかしいよ」
否定した凌斗を責めるように蒼は言う。
「別におかしかねぇだろ。考えが変わったっていいだろうが。別にお前には関係ない」
そうだ。女と付き合おうとしたからと言って凌斗が蒼に責められる理由なんてない。蒼に好きな人がいるなら尚更。
「関係ない?」
「なっ……離せっ……」
「本当に、俺のことは関係ない?」
目の前に立つ凌斗の手首を蒼はぎりっと強く握った。
「痛っ……ふざけんのもいい加減にしろ……っ」
馬鹿みたく強い力の蒼の大きな手にきつく掴まれて、痛みで生理的な涙が滲む。
「凌斗が女と付き合う? 凌斗にベタベタ触られるのを見るだけでもこんなに、辛いのに耐えられるわけないじゃん。俺きっと凌斗の彼女も凌斗のことも殺しちゃう」
「は……?」
試合の時でさえ穏やかな蒼の瞳が血走っているのが狂気じみて見えて、後退りしようにも、あまりに強い力で掴まれているので逃げることができない。
「凌斗が他の誰かに笑いかけてるのだって俺はいやだ。耐えられない。殺したくなるし死にたくなる」
話の方向が凌斗が思ってたものと違う方向に転がり出した気がする。
正直に言うと目の前にある蒼の瞳が怖いと思ってしまった。
「んだよっ……殺すとか死ぬとかそんな物騒な話が出てくるようなもんでもないだろ、女の子と付き合うくらい」
「他の誰かと楽しく笑って話して、気が合ったらデートすんの? それで凌斗が誰かを恋人にしてセックスするの……?こんなに好きなのに」
凌斗にだったら、殺されてもいいよ?
そう言って蒼は凌斗の手を取ると、床に膝を付き、自身の首に回させた。
「このまま、力込めて?」
「ば……馬鹿っ……んなこと出来るわけ……っ」
蒼の首から手を離そうとするも、きつく手首を握られてびくともしない。信じられないほど強い力に本能的に背筋が震えた。
「俺もう我慢できないよ。ずっと我慢してきたのに、凌斗の気持ちが俺に向くのを待ってあげてたのに。他の人に凌斗のこと取られるなら先に俺のものにする。いいよね? だって凌斗のことがこんなに好き……」
好き…………?
そうはっきり言われて、凌斗は弾かれたように顔を上げた。
「ま……待って……っ蒼………っ」
まるで肉食獣に狙われたみたいに動けない凌斗だったが、思いがけない言葉が蒼の口から出て、さらに動揺がかき混ぜられる。
「ねぇ、凌斗。ちょっと抵抗されたくらいじゃ俺やめてあげらんないし……凌斗が俺以外の人のもんになったの見て生きてなんかいたくないから、凌斗の手で殺してよ。じゃないと俺何するかもうわかんね……っお願い、止めてよ……」
ちゃんと話し合いたいのに、頭に血が昇りすぎている蒼は全然止まってくれない。
「んなこと出来るわけ、ないだろうがっ、ちょっと落ち着けって」
声が震えないように、なんてもう出来なくて。蒼の狂気じみた本気に凌斗の声はみっともなく震えた。
凌斗がそう言うと、蒼は自身の首から凌斗の手を外したが、掴んだ手首はそのまま離さない。
「あーあ。せっかくさぁ、怖がらせないように、ゆっくり、ゆっくりしてあげたのに」
ごめんね、我慢できない。
そう言うと、大きな蒼の手に手首を掴まれたまま、凌斗はベッドの上にどさりと押し倒された。
「蒼……?」
「もう、待ってあげない」
壮絶なほど美しい男が、狂気を孕んだ瞳で凌斗のことを見下ろしていた。
女の子達と別れて、四人になって寮に戻ると各々の部屋を目指しながら川崎が言った。
「だから、そんなんじゃねぇよ。来週の練習試合見に来るっつってから場所変わるかもしんねぇし、連絡先交換する流れになっただけ」
凌斗が溜め息混じりに答えると
「それまさに恋の始まりってやつじゃん。あー、モテるやつ羨ましー」
川崎が口を尖らせる。
「もー……言ってろ。っとに面倒くせぇ」
「玲香ちゃんと付き合うことになったらちゃんと合コンの主催者である俺に報告しろよ」
と渋谷に言われると、凌斗は面倒になって
「はいはい。じゃまた明日の朝練な。おやすみー」
そう言って四階に上がる川崎と渋谷と別れて、蒼と共に三階にある二人の部屋に向かった。
「ただいま……」
寮の階段で渋谷と川崎と別れた後、凌斗と蒼は二人言葉もなく、隠しきれない重たい空気を纏って部屋まで歩いた。いつも何かと話題を振ってくる蒼の珍しく重苦しい空気に耐えられず、部屋のドアを開けるとき凌斗は小さく呟いた。
蒼からの返事はない。今日の合コンに行く前も機嫌の悪さは感じたが、更に機嫌が悪くなったように凌斗は感じた。
「何か疲れたな。蒼は大丈夫? さっさと風呂入ろうぜ」
「あー、別に」
目も合わせずにスマホを弄りながら蒼は応える。
空気を変えようと、凌斗は先にシャワーを使った。
カラオケボックスの狭い部屋には色んな臭いが籠っていて不快だった。
早くさっぱりしたかったのもあって、シャワーを浴びて濡れたままの髪も そこそこに洗濯したばかりのジャージに袖を通して居室に戻ると、蒼は未だ不機嫌なオーラを隠しもしないで、ベッドの端に腰かけていた。
「何で、んなに機嫌悪ぃわけ?」
機嫌が明らかに悪い蒼に凌斗が問う。
蒼は自身の膝に片肘ついて頬杖をしながら溜め息を吐いて長い脚を組む。
「それ聞く?」
いつも優しい蒼が機嫌が悪いことを隠そうともせず低い声で言い放つ。
「合コンでは楽しそうだったじゃん。蒼が来るとは思わなかったけど」
凌斗もずっと胸がチクチクと痛んでいたので、思わず責めるように言ってしまった。蒼を忘れるために行った合コンなのに、蒼が女の子と仲良くしていたのを見ると胸が痛いのだと気付かされただけだった。
「好きな子がつれなくてさ。自棄になって合コン行ったんだけど、やっぱ全然楽しくないんだよね。疲れただけだよ」
不機嫌なまま言う蒼。いや、不機嫌というより、ひどく怒っているようにも凌斗には見えた。びりびりとした怒りが凌斗の肌に伝わる。穏やかな蒼はどんなときも声を荒げたりしない。いつだって凌斗に優しくて不機嫌なところも怒ったところも見たことがなかったと凌斗は今更ながらに気が付いた。
凌斗が見たことない一面を見せるほどに、好きな人が居るのだと思うと、凌斗の胸の奥がつきりと痛んだ。
「凌斗こそ急に合コン行くなんてどうしたの? いつも断ってたよね」
穏やかな口調だが、いつもの優しさなんて欠片もない。ひどく冷たいようにも、焦げ付くほどに熱いようにも感じられる。
「何で急に女の子と付き合おうとするの? サッカーしか考えられないって、誰かと付き合う余裕なんてないっていつも言ってたよね?」
蒼は立て続けに問いを投げつけた。
ぞっとするほど冷たい瞳と声。こんな蒼を凌斗は見たことがなかった。
だけど、蒼が好きな人と上手くいかないからって、凌斗を怒るのはひどくお門違いだと凌斗は思った。好きな子に振られたからって好きな人に八つ当たりされるなんて理不尽で辛かった。
「別に……っ……大した理由なんか、ねぇよ……っ女の子と付き合いたいって思うことなんて普通だろ」
凌斗も強く言い切ると、蒼のひどく冷たい瞳を睨み返した。なぜ蒼に凌斗が責められなくてはならないのか凌斗には理由がわからなかった。
気丈に凌斗が言うと、蒼は嗤った。
「嘘ばっかり。怖くなっちゃったくせに。俺に躯のアソコのナカ触られてイっちゃったからだよね? 俺にオンナノコにされちゃうと思ったんでしょう?」
ひどく冷たい目で嗤われて、胸がぐさりと刺されたように痛かった。
蒼だから、触ることも見ることも許したのだ。
「な……っ違っ……」
それが他の人だったならば男でも女でも見せる訳がなかった。
今日はどうしてこんなに凌斗に対して蒼が攻撃的なのかわからないけれど、胸が苦しくて辛い。
「サッカーより好きになれないのに付き合ったら女の子に悪いって言ってた凌斗が急に彼女見つけようとするなんてどう考えたっておかしいよ」
否定した凌斗を責めるように蒼は言う。
「別におかしかねぇだろ。考えが変わったっていいだろうが。別にお前には関係ない」
そうだ。女と付き合おうとしたからと言って凌斗が蒼に責められる理由なんてない。蒼に好きな人がいるなら尚更。
「関係ない?」
「なっ……離せっ……」
「本当に、俺のことは関係ない?」
目の前に立つ凌斗の手首を蒼はぎりっと強く握った。
「痛っ……ふざけんのもいい加減にしろ……っ」
馬鹿みたく強い力の蒼の大きな手にきつく掴まれて、痛みで生理的な涙が滲む。
「凌斗が女と付き合う? 凌斗にベタベタ触られるのを見るだけでもこんなに、辛いのに耐えられるわけないじゃん。俺きっと凌斗の彼女も凌斗のことも殺しちゃう」
「は……?」
試合の時でさえ穏やかな蒼の瞳が血走っているのが狂気じみて見えて、後退りしようにも、あまりに強い力で掴まれているので逃げることができない。
「凌斗が他の誰かに笑いかけてるのだって俺はいやだ。耐えられない。殺したくなるし死にたくなる」
話の方向が凌斗が思ってたものと違う方向に転がり出した気がする。
正直に言うと目の前にある蒼の瞳が怖いと思ってしまった。
「んだよっ……殺すとか死ぬとかそんな物騒な話が出てくるようなもんでもないだろ、女の子と付き合うくらい」
「他の誰かと楽しく笑って話して、気が合ったらデートすんの? それで凌斗が誰かを恋人にしてセックスするの……?こんなに好きなのに」
凌斗にだったら、殺されてもいいよ?
そう言って蒼は凌斗の手を取ると、床に膝を付き、自身の首に回させた。
「このまま、力込めて?」
「ば……馬鹿っ……んなこと出来るわけ……っ」
蒼の首から手を離そうとするも、きつく手首を握られてびくともしない。信じられないほど強い力に本能的に背筋が震えた。
「俺もう我慢できないよ。ずっと我慢してきたのに、凌斗の気持ちが俺に向くのを待ってあげてたのに。他の人に凌斗のこと取られるなら先に俺のものにする。いいよね? だって凌斗のことがこんなに好き……」
好き…………?
そうはっきり言われて、凌斗は弾かれたように顔を上げた。
「ま……待って……っ蒼………っ」
まるで肉食獣に狙われたみたいに動けない凌斗だったが、思いがけない言葉が蒼の口から出て、さらに動揺がかき混ぜられる。
「ねぇ、凌斗。ちょっと抵抗されたくらいじゃ俺やめてあげらんないし……凌斗が俺以外の人のもんになったの見て生きてなんかいたくないから、凌斗の手で殺してよ。じゃないと俺何するかもうわかんね……っお願い、止めてよ……」
ちゃんと話し合いたいのに、頭に血が昇りすぎている蒼は全然止まってくれない。
「んなこと出来るわけ、ないだろうがっ、ちょっと落ち着けって」
声が震えないように、なんてもう出来なくて。蒼の狂気じみた本気に凌斗の声はみっともなく震えた。
凌斗がそう言うと、蒼は自身の首から凌斗の手を外したが、掴んだ手首はそのまま離さない。
「あーあ。せっかくさぁ、怖がらせないように、ゆっくり、ゆっくりしてあげたのに」
ごめんね、我慢できない。
そう言うと、大きな蒼の手に手首を掴まれたまま、凌斗はベッドの上にどさりと押し倒された。
「蒼……?」
「もう、待ってあげない」
壮絶なほど美しい男が、狂気を孕んだ瞳で凌斗のことを見下ろしていた。
応援ありがとうございます!
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