【完結】幽霊彼女と後悔探しの旅

よーじろー

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四章

四十話

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 八千代の心情は複雑であった。
 ほっと安堵している自分と辛い過去を蒸し返し申し訳ないと思う自分。
 さらに虎之助が生きた十三年間に何があったのかを知りたい自分とそれを虎之助が望むだろうかと不安になる自分。
 色々な感情が混ざり合い、八千代の中を圧迫する。
 しかし、不思議と苦しいという感情がなく、むしろ充足感の方が大きかった。
「……そんなことは、ないと思うわよ」
 八千代が言葉を落とす。
 重く濁った空気の中に落とされた言葉もまた重くその場にいつまでも残り続ける。
 しかし、その言葉を発した八千代の表情に迷いや苦しみはなく、場に相応しくないほど綺麗に輝いていた。
「……お前に俺の何が分かるんだよ」
 虎之助が隣に座る八千代の目を見て静かに言う。
「お前に俺の事は分からない」
 言外に、もう関わるな、と釘を刺していた。
 八千代もそれは重々承知していた。
「分からないわよ。あなたの過去もその時に感じた思いも……全て分からない。でも……それでも、私はあなたがそんな人間でないことは分かるわ」
 その上で改めて否定する。
 八千代は分かっていた。
 齢十歳という若輩にして、人がもがき苦しみどうしようもなくなった時、人に頼らず自分だけで何とかしようとする人は弱く脆い人間であり、同時に優しく思いやりの強い人間である、と。
 それを受けて虎之助がぽつぽつと吐露する。
「そんなことは、ないさ。……もし、俺が生まれていなければ、母がここまで苦労し、体を壊すこともなかったかもしれない。父がいなくなることもなかったかもしれない。そう思うと、何だか、虚しくなってな……」
 虎之助にもどうして初めて会ったばかりの人にこんなことを言っているのか、理解できていなかった。しかし、この人なら言っても大丈夫という根拠のない確信を得ていたのだ。
「毎日、その日を生きるのにやれることをやってるけど……本当は俺のやっていることは余計なことなんじゃないか、こんなことしないで、いっそのこと何もかも投げ出して諦めれば、楽になれるんじゃないか、……って時々思うんだよ」
 そう語る虎之助の目からは一筋の涙が零れていた。
 顎先から落ちる一粒の涙が畳に落ちる。
 その跡を辿るように大粒の涙が流れ落ちる。
 虎之助自身、泣いているという感覚は皆無だった。
 ただただ誰にも話せなかったことを話せている安心が抑制していた心を解放したのだ。
 静かに聞いていた八千代がふと口を開く。

「……私はあなたのことが好きよ。人間としても……男女としても」

 なぜこの言葉を落としたのか、八千代自身でも理解出来ていなかった。
 しかし、この時に言わないと後悔してしまうことだけははっきりとしていた。
「や、八千代様!」
「んなっ! おま、何を……」
 突然の告白に寛大が目を見開き大声を上げ、虎之助が涙を流しながら動揺する。
 しかし、そんなことなどお構いなしで八千代は真剣な表情で言葉を重ねていく。
「今日会ったばかりかもしれないし、あなたがどんな過去を生きて、今どんな状況にあるのか、正直、話してくれたことを推し量ることしか出来ないから、恐らく違うこともあると思うし、分からないことは多いでしょう」
 話しながら八千代は自分の心が熱くなっていくのがありありと感じていた。
「……それでも、あなたが人を思う気持ちや不安に思う気持ちはそのまま、あなたの優しさなのよ。誰でもが持てるわけじゃない。私はそんな気持ちを持てるあなたが好き。だから、あなたが死んでしまったら、私は悲しいわ」
 八千代が眉尻を下げて諭すように語る。
 照れる様子や憤る様子は一切ない。
 その表情はただただ失うことに対する悲しさで満たされていた。
「恐らくあなたの母も同じ気持ちよ」
 発する言葉ひとつひとつにこれ以上にない力を込める。

「虎之助、あなたは生きていていいのよ」

 静かな部屋の中に八千代の言葉が響く。
 自身の思いを吐露した瞬間から心の底で虎之助はその言葉を誰かに言って欲しい、と望んでいたのかもしれない。
 誰かに自分が生きることを認めて欲しかったのかもしれない。
 虎之助が涙を拭き、鼻を啜る。
 生まれて物心がついたその時から、自分は忌み嫌われる存在であることを理解していた。
 人よりも酷く小さい体、人と違う瞳、貧乏な家庭環境。
 母だけは虎之助の事を大事にし、優しくしてくれた。
 考えれば考えるほど悪い方向に向かっていくベクトルを母という楔が現世に繋ぎ止めておいてくれる唯一の希望だった。
 しかし、そんな母も流行り病に罹り、いつ命を落としてもおかしくない状態。
 虎之助は神を恨んだ。
 なぜ自分だけがこんなに辛く苦しい思いをしなくてはいけないのか。
 なぜ自分だけがこんなに疎まれ虐められなくてはいけないのか。
 自分がここにいなければ母が苦しむことも、こんな思いをすることもなかったのではないか。
 そもそも自分が生まれてこなければよかったのではないか。
 虎之助はその思いを常に抱えていた。
 そんな思いを振り払うかのように無我夢中で動いた。
 小さい体に鞭を打ちながら必死に生きてきた。
 決して腐ることなく懸命に生きてきた。
 今、それが全て報われたような気がした。
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