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四章
四十一話
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虎之助が顔を上げる。
その顔にあるのは涙ではなく、赤く染まった頬と視線の定まらない瞳であった。
「…………じゃあ、お前が俺の生きる意味になってくれるか?」
恐る恐る虎之助が尋ねる。
寛大が再び目を見開き何かを反論しようとするが、それを遮ったのも八千代であった。
「嫌よ。そんなの」
それを八千代は間髪入れずに否定する。
虎之助が瞼を降ろし、大きく息を吐く。
――この人ならと思ったが……やはりだめだったか。
「だって、それは私が死んだらあなたも死ぬってことでしょう? それは絶対に嫌」
八千代が強くかぶりを振る。
「あなたには誰かに依存せず生きて欲しい。自分の人生を謳歌して欲しい。……そして、その手伝いを私が傍で一生するというのであれば、快く引き受けるわよ」
その瞬間、沈んでいた虎之助の表情が明るくなっていく。
「八千代様! あなたは何を言っているのか、分かっているのですか⁉」
寛大が立ち上がり激昂する。
「ええ。分かっているわ」
八千代は冷静に答える。
「いいえ! 全く分かっていません! いいですか⁉ あなたは姫様なんです! その夫となる者は例外なく、次代の殿になられるのです! それを――」
「姫様、よろしいですか?」
寛大が声を荒げる中、障子戸の外から爺の声が聞こえてきた。
「ええ、いいわよ」
八千代が答えると、障子戸が乱暴に開けられる。
「大声が聞こえましたが、何事ですか⁉」
爺が真っ先に寛大と虎之助を睨み、八千代に視線を戻す。
「いや、八千代様が」
「お前には訊いていない」
爺が口を挟もうとした寛大を一蹴する。
冷たい視線と鋭い言葉が八千代の弟という立場でありながら突き刺さる。
それに寛大は視線を落とす。
八千代が深い吐息をひとつ吐き、寛大に言葉をかける。
「寛大、その話は後でまたしましょう。それまで、他の人には言わないこと。いいわね? 父と母には私から直接言うから。絶対よ。分かったわね?」
その言葉に寛大は渋々肯定する。
「爺、父が呼んでいるんでしょう?」
「はい。殿がお呼びです」
寛大とは極端に違う口調で爺が答える。
その言葉に八千代が再び深い溜息を吐く。
「……分かったわ。行きましょう」
この後、父に事情を訊かれ説教されることを想像し辟易していたことは勿論確かだが、それ以上に今日、この気持ちを抱いたこの時、この瞬間、虎之助の傍にいることが出来ないことが大きなストレスだった。
そこで八千代はふと思いつく。
「あっ! そうだわ!」
それはなぜ今までそのことに気がつかなかったのか、と不思議になるくらい当然の流れだった。
「虎之助、とりあえず今日はもう遅いからこの部屋に泊まりなさい。すぐ戻るから」
部屋を出ようとしていた八千代が振り返りそう言うと、すぐさま寛大がそれに反論する。
「八千代様! それはいけません!」
目を剥き、頬を上気させる寛大は相当に興奮している様子であった。
「では、寛大。お前は日が変わろうとしているこの時間に、子供をひとり帰すというの? まあ、出来なくはないだろうけど、万が一、夜盗に襲われてその子が殺されたらお前は責任が取れる? 宮廷が幼い子供を真夜中にひとりで帰したからだ、と咎められたら、お前はどうするの? ただでさえそういった粗探しが好きな輩もいるのよ」
八千代がいつになく饒舌に言うと、寛大もそれに反することが出来ず、唇を尖らせる。
「……ぐ、ぐう……で、では、せめて部屋は僕の部屋を使ってください! いけませんよ! 成人を迎えていない男と女が同じ部屋で一夜を共に、というのは!」
寛大が声を荒げる。
あわよくばもっと訊けたらという思いで言ったが、それに関しては八千代も妥協しなくてはいけないだろうと考えていた。
「まあ、それもそうね。では、虎之助、部屋は寛大の部屋を使いなさい。いいわね?」
「……いや、俺は……」
虎之助がそう呟き顔を俯かせる。
母親の事、自分の体の事、今の時間……その他の事を瞬時に考え、虎之助は答えに窮する。
――人の好意に甘えてもいいものか、その後に何か、見返りを求められはしないだろうか……そうなったら、今の俺に到底返すことは出来ない……。
元来、母親以外の人に優しくしてもらったことのない虎之助にとって、人の好意は信用に値するものではなく、常に自分の利になるものを見越した上での行為である、と理解していた。そのため、素直に受け入れることが出来なかった。
それはたとえ両思いであることを確認した八千代との仲であっても変わらなかった。
そんな虎之助の思いを知ってか、知らずか、八千代は大きな瞳をさらに大きくし、
「いいわね?」
と、有無を言わさない圧力をかける。
「……分かった」
虎之助は押し切られる形で頷く。
それを見て安心したのか、八千代は少し頬の力を緩め爺と一緒に父の元へと向かう。
その顔にあるのは涙ではなく、赤く染まった頬と視線の定まらない瞳であった。
「…………じゃあ、お前が俺の生きる意味になってくれるか?」
恐る恐る虎之助が尋ねる。
寛大が再び目を見開き何かを反論しようとするが、それを遮ったのも八千代であった。
「嫌よ。そんなの」
それを八千代は間髪入れずに否定する。
虎之助が瞼を降ろし、大きく息を吐く。
――この人ならと思ったが……やはりだめだったか。
「だって、それは私が死んだらあなたも死ぬってことでしょう? それは絶対に嫌」
八千代が強くかぶりを振る。
「あなたには誰かに依存せず生きて欲しい。自分の人生を謳歌して欲しい。……そして、その手伝いを私が傍で一生するというのであれば、快く引き受けるわよ」
その瞬間、沈んでいた虎之助の表情が明るくなっていく。
「八千代様! あなたは何を言っているのか、分かっているのですか⁉」
寛大が立ち上がり激昂する。
「ええ。分かっているわ」
八千代は冷静に答える。
「いいえ! 全く分かっていません! いいですか⁉ あなたは姫様なんです! その夫となる者は例外なく、次代の殿になられるのです! それを――」
「姫様、よろしいですか?」
寛大が声を荒げる中、障子戸の外から爺の声が聞こえてきた。
「ええ、いいわよ」
八千代が答えると、障子戸が乱暴に開けられる。
「大声が聞こえましたが、何事ですか⁉」
爺が真っ先に寛大と虎之助を睨み、八千代に視線を戻す。
「いや、八千代様が」
「お前には訊いていない」
爺が口を挟もうとした寛大を一蹴する。
冷たい視線と鋭い言葉が八千代の弟という立場でありながら突き刺さる。
それに寛大は視線を落とす。
八千代が深い吐息をひとつ吐き、寛大に言葉をかける。
「寛大、その話は後でまたしましょう。それまで、他の人には言わないこと。いいわね? 父と母には私から直接言うから。絶対よ。分かったわね?」
その言葉に寛大は渋々肯定する。
「爺、父が呼んでいるんでしょう?」
「はい。殿がお呼びです」
寛大とは極端に違う口調で爺が答える。
その言葉に八千代が再び深い溜息を吐く。
「……分かったわ。行きましょう」
この後、父に事情を訊かれ説教されることを想像し辟易していたことは勿論確かだが、それ以上に今日、この気持ちを抱いたこの時、この瞬間、虎之助の傍にいることが出来ないことが大きなストレスだった。
そこで八千代はふと思いつく。
「あっ! そうだわ!」
それはなぜ今までそのことに気がつかなかったのか、と不思議になるくらい当然の流れだった。
「虎之助、とりあえず今日はもう遅いからこの部屋に泊まりなさい。すぐ戻るから」
部屋を出ようとしていた八千代が振り返りそう言うと、すぐさま寛大がそれに反論する。
「八千代様! それはいけません!」
目を剥き、頬を上気させる寛大は相当に興奮している様子であった。
「では、寛大。お前は日が変わろうとしているこの時間に、子供をひとり帰すというの? まあ、出来なくはないだろうけど、万が一、夜盗に襲われてその子が殺されたらお前は責任が取れる? 宮廷が幼い子供を真夜中にひとりで帰したからだ、と咎められたら、お前はどうするの? ただでさえそういった粗探しが好きな輩もいるのよ」
八千代がいつになく饒舌に言うと、寛大もそれに反することが出来ず、唇を尖らせる。
「……ぐ、ぐう……で、では、せめて部屋は僕の部屋を使ってください! いけませんよ! 成人を迎えていない男と女が同じ部屋で一夜を共に、というのは!」
寛大が声を荒げる。
あわよくばもっと訊けたらという思いで言ったが、それに関しては八千代も妥協しなくてはいけないだろうと考えていた。
「まあ、それもそうね。では、虎之助、部屋は寛大の部屋を使いなさい。いいわね?」
「……いや、俺は……」
虎之助がそう呟き顔を俯かせる。
母親の事、自分の体の事、今の時間……その他の事を瞬時に考え、虎之助は答えに窮する。
――人の好意に甘えてもいいものか、その後に何か、見返りを求められはしないだろうか……そうなったら、今の俺に到底返すことは出来ない……。
元来、母親以外の人に優しくしてもらったことのない虎之助にとって、人の好意は信用に値するものではなく、常に自分の利になるものを見越した上での行為である、と理解していた。そのため、素直に受け入れることが出来なかった。
それはたとえ両思いであることを確認した八千代との仲であっても変わらなかった。
そんな虎之助の思いを知ってか、知らずか、八千代は大きな瞳をさらに大きくし、
「いいわね?」
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