【完結】幽霊彼女と後悔探しの旅

よーじろー

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四章

四十四話

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 虎之助に初めて会った日から二週間が経過した。
 八千代は宮廷の中から出ることはおろか、厠や風呂に行く時までも女中が付いてくる始末であり、心休まる時は床に就き瞳を閉じた時だけだった。
 あの日から八千代の瞼の裏には虎之助の笑顔が張り付いて消えなかった。
 貧乏でその日に食べる物さえもままならないほどの生活を強いられている。
 人を信用せず、常に分厚いバリアを張って警戒している。
 しかし、その少年は八千代が姫であると知っても何ら態度を変えることなく接してくれた。
 瞳の色が違うことで忌み子と蔑まされるのにも関わらずその瞳は曇っていなかった。
 歯に衣着せぬ物言いは少し癪に障ることもあったが、八千代にはそれがまた新鮮だった。
 不思議な少年。
 気づけばそんな少年に八千代の心は惹かれていた。
 最初こそ他人に向ける善意と何ら変わらなかったが、別れ際に見た笑顔と何度か交わす文に八千代は虎之助という人物と。
 もっと話したいと思っていた。
 もっと一緒にいたいと思っていた。
 もっと同じ時や思いを共感したいと思っていた。
 八千代は舞踊の稽古を受けながらそんなことを考えては頬を紅潮させていた。
「姫様! そこはもっとしなやかに、かつ大胆に、大きく! ああ、違いますよ! 見ててくださいね!」
 舞踊の指導をする女中がいつになく声を張り上げ、八千代の前で手本を見せる。
 確かにその舞は他の誰よりも流麗でいて、女性の八千代ですら色気を感じ惚れてしまうほどの美しさであった。
 しかし、今の八千代にとってそれは些末なことであった。
「松、ちょっと気負い過ぎじゃない? もう少し力を抜いてやりましょうよ」
 八千代が辟易しながら言う。
「何を仰いますか⁉ 私は殿より姫様の踊りを見てくれと直々に言われたのですよ! それがどうして力を抜いて出来ましょうか!」
 松が顔を上気させながら烈火のごとき勢いで八千代に詰め寄る。
「わ、分かったわ。私が悪かった」
 八千代は降参というように手をひらひらとさせ、眉尻を下げる。
 
 ――今、虎之助はどうしているのかしら? 町で炭を売り歩いているのかしら? 今日は外が一段と寒いから、またどこかで倒れていないか心配だわ。文を送ってはいるけれど、返ってくるのは三通に一通くらいだし……まあ、生活を考えると仕方ないのかもしれないけど、それでも心配してしまう。それくらい、私は虎之助のことを思っているのかしらね。ふふふ……。
 
 あの日から八千代の頭の中は寝ても覚めても虎之助だった。
 正直、自分でもここまで一人の人のことを考えるとは思ってもみなかったが、今なら光源氏に惚れて周りが見なくなってしまう気持ちが分かる。
「――どこを見ておられるのですか、八千代様! 集中してください!」
 相変わらずの熱で松が檄を飛ばす。
 状況は何も変わっていない。
 しかし、八千代の温かい気持ちは先に走り出していた。
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