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五章
四十八話
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「……少し整理してもいいかしら」
『……はい』
春豊が自室のソファーに腰かけながら眉根を寄せる。
美波は大雅もとい虎之助から一時的に離れ、春豊の家に来ていた。
大雅の体から遠くに離れると成仏する、というのは美波が大雅と一緒にいるための口実だった。そのため、本当はどれだけ遠くにいようが問題ないのだという。
「まずその虎之助とかいう男が大雅君の中に入っていて、その彼曰く美波ちゃんの前世が虎之助の恋人の八千代という女である、と」
『はい』
「それで、虎之助の目的は八千代の魂を戻して、生きている時に訊けなかったことを訊きたい、と」
『はい』
うーん、と春豊が唸り声を上げながら考える。
『何か、問題がありましたか?』
「そうね……とりあえず、結論から言わしてもらうと」
そう言って春豊は美波を見据え口を開く。
「前世の魂を蘇らせるのは無理よ」
春豊の言葉が美波に届き理解が出来るまでの数秒間、瞬きひとつしない空間で言葉通り時は止まっていた。
「あっ、ごめんなさい。正確に言うとね、一度成仏した魂を蘇らせることは出来る。でも、それがその人の前世の魂となると無理になるのよ」
『それは、どういうことですか?』
美波が心底分からないといった表情で訊く。
「つまりね……」
春豊がどこから持ってきたのか、手元のホワイトボードに書きながら説明する。
「蘇らせたい魂、仮にここではそれをAとすると、成仏しただけであればAの魂そのもの。だけど、すでに生まれ変わってるとなるとAはBという魂になる。その時点でAはBに上書きされちゃってるから、もうAの魂じゃないのよ。だから、Aを蘇らせることは絶対に出来ないというわけ」
春豊はAの上に〝×〟をつけ、Bに〝〇〟をつける。
分かりやすい説明に美波は納得しながら訊くが、それでも混乱を隠すことは出来ない。
『えっ、じゃあ、どうして虎之助は……』
美波が鼻根に皺を寄せながら言う。
「……うーん……それが分からないのよね。何か別の目的のために嘘を吐いているのか、それとも本当に出来ると自分で思っているのか、もしくは誰かに出来ると言われたか……うーん……」
春豊は顎に手を当てながら唸り声を上げる。ソファーに座ってはいるが、その様はまさにロダンの考える人その者であった。
二人の間に不穏な空気が流れる。
――協力して欲しい、と言う虎之助は真剣だった。とても嘘を吐いているようには見えなかったが……しかし、ではなぜあのようなことを言ったのだろうか。勘違いをしているのか、はたまた本当に嘘を吐いているのか……。
考えても分かることはなく、美波の頭は無数に飛び交うクエスチョンマークと虎之助に対する疑念で満たされていた。
「とりあえず、協力する体を取って様子を見るのが無難かしらね。もし本当に前世の魂が降ろせるというのなら、それを一度やってもらうのも一つの手ね。まあ、無理だろうけど」
春豊が悪い顔で呟く。
『そうですね……』
美波が不安そうに視線を下げる。
「……不安かしら?」
春豊が顎に手を当てたまま美波に訊く。
『いえ、春豊さんを疑っているわけではないんです』
勢い良くかぶりを振り続ける。
『……でも、もし、万が一ですよ、虎之助が八千代を蘇らせることが出来て、この幽体を奪われてしまったら、もう私は二度と大雅に会うことが出来なくなってしまうんじゃないかと思うと……無いと信じていても、不安なんです。……怖いんですよ』
美波が言葉を落とす。
重みのある言葉は宙に舞うことなく地面に落ち、堆く積み上がる。美波の周囲を囲むほどのそれはまるで美波自身を守る壁かの如く分厚く固く、同時に外界を遮断し孤立させるには十分なほどであった。
春豊は愛しさと哀しみに満ちた表情を浮かべ、美波を見るが、その実、見ているのは美波よりももっと遠くであった。
――本当にこの子は昔の私とよく似ている。快活でよく笑うけど、寂しがり屋で心配性。自分のことを犠牲にしてでも彼を優先させてしまうお人好し。だからかしらね、何だか、ほっとけないのよね……。
過去を見つめる春豊の目は今にも涙が零れそうなほど儚くて美しかった。
「美波ちゃん」
春豊の前で沈む美波に声をかける。
『……はい』
美波が顔を上げると同時に、春豊が立ち上がる。
「大丈夫よ。いつもあなたには私が付いてるから」
そう言って、宙に浮かぶ美波の頭を撫でる。否、触ることが叶わない体であり、撫でるという表現は間違っているのかもしれない。実際、春豊が感じているのは空気の冷たさであり、何かに触れている感触は皆無である。
しかし、それでも春豊は美波の頭を撫で続け、美波は目を細め小さく顎を引く。
感触そのものはなくてもその手に込めた温もりは十二分に伝わっていた。
自然と美波の頬を涙が伝う。
不安と恐怖で冷たく固まっていた心は徐々に溶け、美波の表情を穏やかにしていた。
『……ありがとうございます』
美波のやるべきことはすでにはっきりしていた。
『……はい』
春豊が自室のソファーに腰かけながら眉根を寄せる。
美波は大雅もとい虎之助から一時的に離れ、春豊の家に来ていた。
大雅の体から遠くに離れると成仏する、というのは美波が大雅と一緒にいるための口実だった。そのため、本当はどれだけ遠くにいようが問題ないのだという。
「まずその虎之助とかいう男が大雅君の中に入っていて、その彼曰く美波ちゃんの前世が虎之助の恋人の八千代という女である、と」
『はい』
「それで、虎之助の目的は八千代の魂を戻して、生きている時に訊けなかったことを訊きたい、と」
『はい』
うーん、と春豊が唸り声を上げながら考える。
『何か、問題がありましたか?』
「そうね……とりあえず、結論から言わしてもらうと」
そう言って春豊は美波を見据え口を開く。
「前世の魂を蘇らせるのは無理よ」
春豊の言葉が美波に届き理解が出来るまでの数秒間、瞬きひとつしない空間で言葉通り時は止まっていた。
「あっ、ごめんなさい。正確に言うとね、一度成仏した魂を蘇らせることは出来る。でも、それがその人の前世の魂となると無理になるのよ」
『それは、どういうことですか?』
美波が心底分からないといった表情で訊く。
「つまりね……」
春豊がどこから持ってきたのか、手元のホワイトボードに書きながら説明する。
「蘇らせたい魂、仮にここではそれをAとすると、成仏しただけであればAの魂そのもの。だけど、すでに生まれ変わってるとなるとAはBという魂になる。その時点でAはBに上書きされちゃってるから、もうAの魂じゃないのよ。だから、Aを蘇らせることは絶対に出来ないというわけ」
春豊はAの上に〝×〟をつけ、Bに〝〇〟をつける。
分かりやすい説明に美波は納得しながら訊くが、それでも混乱を隠すことは出来ない。
『えっ、じゃあ、どうして虎之助は……』
美波が鼻根に皺を寄せながら言う。
「……うーん……それが分からないのよね。何か別の目的のために嘘を吐いているのか、それとも本当に出来ると自分で思っているのか、もしくは誰かに出来ると言われたか……うーん……」
春豊は顎に手を当てながら唸り声を上げる。ソファーに座ってはいるが、その様はまさにロダンの考える人その者であった。
二人の間に不穏な空気が流れる。
――協力して欲しい、と言う虎之助は真剣だった。とても嘘を吐いているようには見えなかったが……しかし、ではなぜあのようなことを言ったのだろうか。勘違いをしているのか、はたまた本当に嘘を吐いているのか……。
考えても分かることはなく、美波の頭は無数に飛び交うクエスチョンマークと虎之助に対する疑念で満たされていた。
「とりあえず、協力する体を取って様子を見るのが無難かしらね。もし本当に前世の魂が降ろせるというのなら、それを一度やってもらうのも一つの手ね。まあ、無理だろうけど」
春豊が悪い顔で呟く。
『そうですね……』
美波が不安そうに視線を下げる。
「……不安かしら?」
春豊が顎に手を当てたまま美波に訊く。
『いえ、春豊さんを疑っているわけではないんです』
勢い良くかぶりを振り続ける。
『……でも、もし、万が一ですよ、虎之助が八千代を蘇らせることが出来て、この幽体を奪われてしまったら、もう私は二度と大雅に会うことが出来なくなってしまうんじゃないかと思うと……無いと信じていても、不安なんです。……怖いんですよ』
美波が言葉を落とす。
重みのある言葉は宙に舞うことなく地面に落ち、堆く積み上がる。美波の周囲を囲むほどのそれはまるで美波自身を守る壁かの如く分厚く固く、同時に外界を遮断し孤立させるには十分なほどであった。
春豊は愛しさと哀しみに満ちた表情を浮かべ、美波を見るが、その実、見ているのは美波よりももっと遠くであった。
――本当にこの子は昔の私とよく似ている。快活でよく笑うけど、寂しがり屋で心配性。自分のことを犠牲にしてでも彼を優先させてしまうお人好し。だからかしらね、何だか、ほっとけないのよね……。
過去を見つめる春豊の目は今にも涙が零れそうなほど儚くて美しかった。
「美波ちゃん」
春豊の前で沈む美波に声をかける。
『……はい』
美波が顔を上げると同時に、春豊が立ち上がる。
「大丈夫よ。いつもあなたには私が付いてるから」
そう言って、宙に浮かぶ美波の頭を撫でる。否、触ることが叶わない体であり、撫でるという表現は間違っているのかもしれない。実際、春豊が感じているのは空気の冷たさであり、何かに触れている感触は皆無である。
しかし、それでも春豊は美波の頭を撫で続け、美波は目を細め小さく顎を引く。
感触そのものはなくてもその手に込めた温もりは十二分に伝わっていた。
自然と美波の頬を涙が伝う。
不安と恐怖で冷たく固まっていた心は徐々に溶け、美波の表情を穏やかにしていた。
『……ありがとうございます』
美波のやるべきことはすでにはっきりしていた。
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