55 / 70
五章
五十五話
しおりを挟む
――桜井美波、聞こえているか?
再度美波の頭の中に響く。
そして同時に先ほどまで見ていた光景が消え、辺りが暗くなる。
まるで狭いところに閉じ込められてしまった感覚に驚きはしたが、なぜか怖くはなかった。むしろ温かい毛布に包まれているかの如く優しさを感じていた。
暗闇の中、一筋の光が灯る。
その光と声の主は間違いなく大雅だった。
しかし、美波はその正体が大雅ではないことを感覚的に理解していた。
――…………虎之助さん、ですか?
美波は声帯を震わせたわけでもなく、口や舌を動かしたわけでもなかったが、しっかり伝えられているのが分かる。
――そうだ。
直接流れ込んでくる音声に多少の気持ち悪さを覚えたが、それよりも今のこの現状の方が気になっていた。
――これは……。
――八千代の力を少し借りてる。そう長くはもたないがな。
美波が目を見張る。
――八千代さんと、会えたんですね。
――……ああ。
――良かったです。
虎之助と八千代の過去とその想いを知っている。
その分だけその事実を知れた美波の心に嬉しさが充満していた。
しかし、それだけに一つの疑問が浮かび上がる。
――でも、それならそのまま一緒に成仏すれば良かったんじゃないんですか?
思ったことを素直に訊く。
八千代に会えたということは虎之助自身の後悔はもう解消されたのだろう。
さらに言えば、そのまま八千代とその後を文字通り永遠にともにすることだって可能だったかもしれない。なのに、なぜ再び現世に戻ってきたのだろうか。
それが美波には不思議で仕方なかった。
――俺もそうしたかったんだがな……まだ一つやらなきゃいけないことがあるのを八千代に教えてもらってな。
そう言って、虎之助が黙る。
目も体も動かせない暗闇で沈黙は純粋な恐怖でしかなかった。
――あの、それは……。
――北条大雅の体を割と長い期間借りていたこと、それを言わずに騙していたこと、自分の気持ちだけを考えてお前達のことを蔑ろにしてしまったこと。おそらくこれが最後の機会だろうから、改めて謝る。本当に申し訳なかった。
虎之助は美波の言葉を遮って言う。
言葉だけで姿形は見えていないにもかかわらず、深々と頭を下げているのが分かる。短い付き合いだが、この人はそういう人だ。
――いえ、そんなことは……それより。
――本来ならば北条大雅はここで死ぬ運命だった。俺もお前も関与しないもう一つの未来。そこで北条大雅はお前を撥ねた車を運転していたのが先生だったことを突き止め、自首するよう勧めたが、先生はそれを聞き入れず、北条大雅を殺した。俺とお前が関与した今、過程は変わってしまったが、それでも収束する未来に変化はない。
美波が否定するがそれを遮って、虎之助は一方的に話し始める。
もう一つの未来?
大雅が殺される?
収束する未来に変化はない?
美波には虎之助が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。というより、銃弾が放たれ、今まさにその危機にあるこんな時に、そんな途方もないことを言われても戸惑いが広がるだけであった。
――それを変えることは絶対にしてはいけないこと。もし、それをしてしまえば、大雅を取り巻く人間、ないしは環境そのものが変わってしまうからな。
虎之助は話すことを止めない。
どうやら美波の意見や考えは行動の判断に含まれていないらしい。
――ただ、それでも俺はお前と同じで北条大雅にはもっと生きていて欲しいと願っている。俺に出来ることはこれくらいしかないけれど、許してくれると嬉しい。それで……。
――ちょ、ちょっと、待ってください!
美波が混乱した頭を回転させ言葉を絞りだす。
――未来がどうとか、それを変えるだとか言われても、話が飛躍しすぎて私には良く分かりません! なので、とりあえず、何をどうすれば大雅を助けられるんですか⁉ それだけ簡潔に教えてください!
これ以上にないほどの思念を送ると、美波の頭が若干の熱を持つ。
言葉ではなくその熱が自身の思いを伝えられる唯一にして最大の手段であることを美波は知っていた。
――……ごくり。
虎之助がひとつ唾液を飲み込む音がはっきりと聞こえた。
――いいか。一度しか言わないから良く聞け。
そう言って、虎之助が言葉を継ぐ。
――放たれる銃弾は二発。一発目はすでに放たれ北条大雅の腹部に命中する。二発目は北条大雅を確実に殺すために放たれ、それは頭部に命中する。その二発を防ぐことが出来れば先生が北条大雅を殺すことはできない。
虎之助の言葉に美波が驚きを隠せないが、それを無視して虎之助はさらに言葉を継ぐ。
――一発目は俺が何とかして防ぐ。お前の役目は二発目を防ぐために北条大雅を起こすことだ。
美波の頭の中に籠る熱が高くなっていく音がする。
美波を焦らせるその音は同時に迷いを断ち切るためのファンファーレであった。
――分かったな?
念を押すように虎之助が圧をかける。
再度美波の頭の中に響く。
そして同時に先ほどまで見ていた光景が消え、辺りが暗くなる。
まるで狭いところに閉じ込められてしまった感覚に驚きはしたが、なぜか怖くはなかった。むしろ温かい毛布に包まれているかの如く優しさを感じていた。
暗闇の中、一筋の光が灯る。
その光と声の主は間違いなく大雅だった。
しかし、美波はその正体が大雅ではないことを感覚的に理解していた。
――…………虎之助さん、ですか?
美波は声帯を震わせたわけでもなく、口や舌を動かしたわけでもなかったが、しっかり伝えられているのが分かる。
――そうだ。
直接流れ込んでくる音声に多少の気持ち悪さを覚えたが、それよりも今のこの現状の方が気になっていた。
――これは……。
――八千代の力を少し借りてる。そう長くはもたないがな。
美波が目を見張る。
――八千代さんと、会えたんですね。
――……ああ。
――良かったです。
虎之助と八千代の過去とその想いを知っている。
その分だけその事実を知れた美波の心に嬉しさが充満していた。
しかし、それだけに一つの疑問が浮かび上がる。
――でも、それならそのまま一緒に成仏すれば良かったんじゃないんですか?
思ったことを素直に訊く。
八千代に会えたということは虎之助自身の後悔はもう解消されたのだろう。
さらに言えば、そのまま八千代とその後を文字通り永遠にともにすることだって可能だったかもしれない。なのに、なぜ再び現世に戻ってきたのだろうか。
それが美波には不思議で仕方なかった。
――俺もそうしたかったんだがな……まだ一つやらなきゃいけないことがあるのを八千代に教えてもらってな。
そう言って、虎之助が黙る。
目も体も動かせない暗闇で沈黙は純粋な恐怖でしかなかった。
――あの、それは……。
――北条大雅の体を割と長い期間借りていたこと、それを言わずに騙していたこと、自分の気持ちだけを考えてお前達のことを蔑ろにしてしまったこと。おそらくこれが最後の機会だろうから、改めて謝る。本当に申し訳なかった。
虎之助は美波の言葉を遮って言う。
言葉だけで姿形は見えていないにもかかわらず、深々と頭を下げているのが分かる。短い付き合いだが、この人はそういう人だ。
――いえ、そんなことは……それより。
――本来ならば北条大雅はここで死ぬ運命だった。俺もお前も関与しないもう一つの未来。そこで北条大雅はお前を撥ねた車を運転していたのが先生だったことを突き止め、自首するよう勧めたが、先生はそれを聞き入れず、北条大雅を殺した。俺とお前が関与した今、過程は変わってしまったが、それでも収束する未来に変化はない。
美波が否定するがそれを遮って、虎之助は一方的に話し始める。
もう一つの未来?
大雅が殺される?
収束する未来に変化はない?
美波には虎之助が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。というより、銃弾が放たれ、今まさにその危機にあるこんな時に、そんな途方もないことを言われても戸惑いが広がるだけであった。
――それを変えることは絶対にしてはいけないこと。もし、それをしてしまえば、大雅を取り巻く人間、ないしは環境そのものが変わってしまうからな。
虎之助は話すことを止めない。
どうやら美波の意見や考えは行動の判断に含まれていないらしい。
――ただ、それでも俺はお前と同じで北条大雅にはもっと生きていて欲しいと願っている。俺に出来ることはこれくらいしかないけれど、許してくれると嬉しい。それで……。
――ちょ、ちょっと、待ってください!
美波が混乱した頭を回転させ言葉を絞りだす。
――未来がどうとか、それを変えるだとか言われても、話が飛躍しすぎて私には良く分かりません! なので、とりあえず、何をどうすれば大雅を助けられるんですか⁉ それだけ簡潔に教えてください!
これ以上にないほどの思念を送ると、美波の頭が若干の熱を持つ。
言葉ではなくその熱が自身の思いを伝えられる唯一にして最大の手段であることを美波は知っていた。
――……ごくり。
虎之助がひとつ唾液を飲み込む音がはっきりと聞こえた。
――いいか。一度しか言わないから良く聞け。
そう言って、虎之助が言葉を継ぐ。
――放たれる銃弾は二発。一発目はすでに放たれ北条大雅の腹部に命中する。二発目は北条大雅を確実に殺すために放たれ、それは頭部に命中する。その二発を防ぐことが出来れば先生が北条大雅を殺すことはできない。
虎之助の言葉に美波が驚きを隠せないが、それを無視して虎之助はさらに言葉を継ぐ。
――一発目は俺が何とかして防ぐ。お前の役目は二発目を防ぐために北条大雅を起こすことだ。
美波の頭の中に籠る熱が高くなっていく音がする。
美波を焦らせるその音は同時に迷いを断ち切るためのファンファーレであった。
――分かったな?
念を押すように虎之助が圧をかける。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~
水無月礼人
恋愛
私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!
素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。
しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!
……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?
私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!!
※【エブリスタ】でも公開しています。
【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚
ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。
五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。
ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。
年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。
慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。
二人の恋の行方は……
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる