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過去編 遠い日の
10.赤い果実と火事色
しおりを挟む「これで買い出しは終わり!そろそろ帰ろっか」
ミアナは買い物籠を右腕に下げ、果物屋の店主に頭を下げる。振り返ると、先ほどまでいたはずの双子の姿が無くなっていた。
「……ふぅ、またか」
そうため息を吐き、特に探すわけでもなく、店の立ち並ぶ位置を歩いていく。一本道に、たくさんの露店が出され、人々の笑い声で溢れかえる、賑やかな場所。ミアナはここが好きだった。
りんご飴と書かれた看板が見え、その店の前に、青と緑のパーカーを着た、二人の少年がいた。
「もー二人ともー!何してるのよー」
近づき、右拳でコツコツと双子の頭をずつく。
「あ、ミアニャ」
「がいものおづがれ」
ミアナは、双子が口にくわえた、白色のスティック棒を引っこ抜く。
「な、何すんだよ!オレのりんご飴~!」
口の中から、スポンッという音と共に出てきたのは、赤く丸い甘そうな果実を、透明な液体でコーティングしたものだった。
「ちょ、これ。どーしたのよ!あなた達、お金もってないでしょ!?」
「うん」
「盗んだ」
「ぬ、盗んだ!?」
以前に、盗みのプロと呼ばれる少年コンビが、アリダン国をうろついているというニュースを見た。そのことを、ふと思い出し、双子の顔を見る。どこからどう見ても、双子の顔立ちは同一人物にしか思えない。
ミアナは、ふと店の方を見る。
看板からぶら下げられた、りんご飴たちは、ミアナ達には、とてもじゃないが盗めるような高さではなかった。いったい、どうやって?
「ありゃ、お嬢さん。お会計済ませてあったかな?」
気づけば、強面の店主と目が合っていた。
「ま、まだです」
「なら、ちゃんと代金払ってもらおうか?」
「すみません…お金。無くて……」
「ぁあ?」
店主の野太い声と、大きくて太い腕が、ミアナ目がけて落とされた。ミアナは、身をすくめ、衝撃に備えたが、衝撃がくることはなかった。
「サイテー!女の子に暴力って、紳士として信じられな~い」
「だいたい、この子は関係ないよ、殴るなら、ボク達を殴りなよ」
ブームは、右手で掴んだ男の腕を、空に放り投げる。掴んだ部分が、赤く跡をつけていた。
「な、なんだテメェら!殺る気か!?」
「子供相手に殺るって……おっさんおもしろ~い」
「別に殺ってもいいんだけど、ね?」
怒り狂った店主は、両眼を大きく見開き、手前にいたヤドクのフードを掴む、高く持ち上げられ宙吊りにされたヤドクの手が、中指と人先指を立て、Vサインを作った。
「りょーかい!」
それが何かの合図であったかのように、ブームが地を蹴る。大きく飛び上がり、自身とほぼ同じぐらいの高さがあるカウンターに飛び乗る。
そのあとのことは…よく見えなかった。
気づけば、店主が床に這い蹲り、ブームがりんご飴を両腕に抱え、満面の笑みを浮かべていた。
「怪我ない?」
ヤドクが、ミアナの顔を覗き込む、無意識に肩をすくめ、ミアナは小さく大丈夫と答えた。
その時だったー
「あれなんだ?」
「火……」
「あらやだ、火事かしら」
「それにしても、随分と派手な火事だな」
心なしか、赤い屋根の上を黙々と立ち上る、赤い煙は、ミアナにはとても儚い美しさを感じさせた。その場にいた全員が、この状況の深刻さよりも、情景の美しさに感嘆したことだろう。
「……なぁ、ヤドク。あれって…」
「あぁ、孤児院の方だな」
黒髪の少年が、ルビーレッド色の美しい少女と笑っている、そんな後ろ姿が脳裏に浮かんだ。
「…みんなが………アダムと、イヴと、先生と…孤児院のみんなが…」
ミアナは、恐怖に震えた。
「早く逃げよう!ここは危ない」
ヤドクがそう言って、手を差し伸べてくる。ミアナは迷うことなく、それに手を伸ばす。
『見捨てるの?』
誰かの声が聞こえた。
その日、あの孤児院は跡形も無く、焼けただれた。
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