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第8章 マキダム牢獄
1.悪夢
しおりを挟む風が吹いている。心地良い風だ。
体を起こすと、肌を撫で、嫌なことも全て消え去っていくようで、妙に軽い体も、妙に優しい心も、既に洗浄済みだろう。
アダムは、相変わらず黒い髪をかきあげ、辺りを一望する。
あぁ、孤児院の裏山か。
お気に入りだった草の柔らかさ。下の方から聞こえてくる子供たちの笑い声。アダムはもう一度横になり、静かにその時を待った。
「……イヴ?」
彼女の声は、いつまで経っても聞こえてこない。不審に思い、ふと体を起こすと、赤い火花が孤児院を燃やしているところだった。
「………イヴ……イヴ…!!」
『あの子は死んだ』
誰かの声に振り返る。
広がるのは、のどかな青い空。
もう一度、顔の向きを戻せば、広がるのは赤い町。
「誰だ……イヴは死んでなんかいない!死んでなんか!」
『あの子は死んだんだ。あの火事でな』
「死んでなんか…死んでなんかない!イヴは生きてる!」
『お前が捨てたんだろ?』
「捨ててなんかない!」
一瞬だけ、空気が歪み、そして重くなる。
「見捨てるの?」
懐かしい声。澄んだ声。優しい声。
アダムは、足の震えに耐え切れず、両膝をつき目尻を濡らす熱いものを拭った。
「見捨ててなんか……見捨てるわけ…俺は、俺はイヴを助けたくて……」
「……知ってるよ」
顔をあげると、目の前にルビーレッドの瞳が映った。白く透き通った肌に、小さく形のいい鼻。赤い唇に、長く通った黒髪。その表情がやんわりと緩み、満面の笑みへと変わった。
「アダムはいつでも私のことばっかり、もう少し周りを見たらどうなの?」
「…ヤダよ。そんなの、俺はイヴを…」
細くて冷たい指先が、そっとアダムの言葉を遮り、からかうように離された。
「いいんだよ。アダムは私のことだけ考えてればいいんだよ」
「そうしてる…そうしてるよ」
「……なら、なんで?」
イヴの表情が固くこもり、そして鈍く光った。ルビーレッドの優しい瞳は、鋭い視線を何処かへ放ち、飲み込まれそうな気さえした。
「どうして、私のところに来てくれないの?私、ずっと一人なんだよ?一人は寂しいんだよ?」
「ごめん、ごめん!今すぐ行くから…」
「…もう待てないよ!アダムは私のことが大切じゃないの!?」
「大切だ!何よりも大切なんだ!」
「……大切だったら、とっくに私のところに来てくれてるはずなのに…やっぱり……」
『見捨てるんだ』
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