セカンドアース

三角 帝

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第10章 ハリスナ殿

10.逃し荒らし

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  おれの名前を呼んでいる。そんな気がした。でも、聞き覚えのない名前だ。聞き慣れない声だ。

『目、閉じて』
『…なんでっすか?』
『いいから、閉じなさい。楽にしてあげるわ』
『……そっか…』
『ええ、それでいいの。あとはあたしがやるわ』
『…………ねぇ、母さん。おれは、ようやく大切なものを見つけたよ』
『あらそう、そんなものどうだっていいのよ。全て忘れましょう』
『…それがさぁ…すっげぇ馬鹿なんだよね。自分のために生きるって決めたくせに、人のために死んだ奴。ま、それがあいつの自分のため、なのかもしれないけどさ』
『……あなたはどうするの?』
『さぁ、おれは少なくとも、自分のために生きるんなら、自分の意思で死ぬよ』

  重たい瞼を押し上げた。
  今まで一度も目を開けたことがなかったというぐらいに明るく感じた。
  おれは、まだ死んでいない。
  薄くこじ開けられた瞳の向こうで、女の金髪を抱きしめる少年の姿が見えた。震える手には、まだ誰かを守るだけの気持ちはあって、無駄だと繰り返される抵抗を見せていた。

「……ミアナは…ミアナはボクが守る!!」

  そんな言葉を掻き消すように、プロトの腕が動いた。銀の鎌が上から下へと空を切り裂き、ヤドクの胸元を深く貫いた。赤いしぶきが、真っ白な大理石の上を転がり、様々な幾つものドットを作り出す。
  ヤドクの目から光が消えるのと時を同じくして、右目に張り付いた半透明のプレートも消滅した。静寂だけがそこに残り、これまで聞こえなかった、少女の吐息だけが聞こえてきた。
  プロトの冷たい視線が、その少女に落とされ、冷酷なまでのその鎌がもう一度振り下ろされた。

「もういいよ~プロト」

  少しばかり遅いと思われたその言葉に、少女に触れかけた鎌を下ろす。
  プロトは、頭上のアクを見上げ、軽く頷いた。まるで、飼いならされた狗のようだ。
  そんな様子を薄眼に伺い、回復しつつある体をいつ、どのタイミングで動かそうかと考える。そしてふと思考を止める。
  確かに感じたあの痛みは、体を引き裂く感覚であった。
  フェルは、どこか込み上げてくる恐怖に腹を探った。傷はない。そこで気づく。
  薄眼を続けたまま、プロトの青髪を見た。白いガラス製の透明な螺旋階段をちょうど上がろうとするプロトの姿があった。何度か階段に沿って回転し、そして目が合う。思わず見開いてしまったフェルの瞳を、プロトは何の感情もなく、ただ見つめ返してきた。それでも階段を登ることはやめず、プロトの姿はアクと共に更に奥の間へと消えていった。

  トゥルージャッチ…真実を裁く。
  あの鎌は人を殺さない。
  人に殺させるのだ。
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