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ブーム君とヤドク君の秘密
7.双子の交換
しおりを挟む足で風を割り、その隙間に体を滑らせ、もう一度もとに戻り、背中に風を感じる。
それを何度も何度も繰り返し、ギコギコと音を鳴らす。
「一人?」
驚いて顔をあげると、目の前に赤いワンピースの少女が立っていた。初めて見る顔だ。
遠くの砂浜の方に、同じく見慣れない顔の女性がいつメンママ友の輪の中に頭を下げながら加わっていくところだった。
きっと彼女の母親なのだろう。
ブームは気怠げを装いながら少女を下から見上げた。
どうせ彼女も次の日には、あのママ友集団からオレにまつわる勝手な噂を聞かされ『あの子と遊んじゃダメよ』なんて言われてオレを避けるようになるんだろう。
そんなことならいっそ最初っから…
「私も一人なの」
「え…」
「隣……いいよね」
「え……あ、うん…」
ストンと何事もなく隣のブランコに座った少女は、もちろん何を言うでもなくひたすらブランコを漕ぎ出した。
しかし、少女は背が足りないせいか足が地面に届いておらず、ただバタバタと足を動かすだけでしかなかった。
その様子が昨日のヤドクにとても似ていて、思わず吹き出してしまう。
「なによー」
「いや、悪い悪い…漕げないの?」
「漕げないわけじゃないわよ!こんなの!」
少女は再び、さっきよりは強く足をばたつかせる。ヤドクのように初めてというわけでは無さそうだったが、なんだかぎこちないその動作に思わず口元が緩んだ。
「オレが押してやるから、しっかり掴まってろよ」
「なによ!あなたの助けなんか要らな…ヒャッ」
ブームが背中を押すと彼女を乗せたブランコが勢いよく前に飛び出した。
ヤバッ
ついついヤドクの時と同じ力加減で押してしまった…
どうやら彼女は思ったよりも、だいぶ体重が軽かったようだ。真正面から地面に倒れた少女を目の前に、慌てふためいていると、ザワザワと辺りから声が聞こえた。
「ほら、やっぱり」
「だからああいう子には近寄らせちゃいけないのよ」
遠くから振り注がれる冷たい言葉が、ブームを中心にグルグルと回る。
痛さに泣き出した少女に、謝ろうと口を開くが、その前に彼女を抱き起こした彼女の母親の視線がとても冷たく、出かけた言葉は押し黙ってしまった。
「ねぇ、あなた。お母さんはどこにいらっしゃるのかしら?謝罪の一言ぐらいは言わせなくちゃ」
「そうよ!酷すぎるわ!人の子に怪我させて…跡が残ったらどうしてくれるつもりよ!」
野次馬たちが、今か今かと待ちわびていたのだろう。何処からともなく湧き出し、ブームに野次を飛ばす。
そんな時だったー
足元の地面がポツリポツリと濡れて、黒いシミを作り始めた。
「あらやだ。雨だわ…」
「洗濯物干しっぱなし!早く帰らないと!」
雨はしだいに広がり、強くなり、肌を刺すような冷たさを帯びる。
ふと顔をあげると、さっきまでの景色は消え、残ったのは雨の音と自分の荒い息遣いだけだった。
「……ッ」
悔し涙を拭いながら、全力で駆けていく。
コンクリートで塗り固められた廃墟を両サイドに流しながら向かう先は、古びたアパート。
アパートの目の前、先ほどとは違う不安が頭の中を満たした。もし、母親が中にいたら…そう思うと、思わず身震いしてしまう。
このまま雨に浸されるわけにもいかず、仕方なくドアノブに手をかける。いつもなら閉まっているはずの扉がすんなりと開き、ブームは恐る恐る中を覗いた。
相変わらず、テレビの騒がしさ以外には何一つとして音はない。真っ暗な室内は、いつもよりどんよりとして感じた。
どうやら母親はすでに出勤したようだ。にしても鍵を閉め忘れるなんて、あの女にしては…
「ヤドク!?」
テレビと向かい合わせにされた椅子の上、首をだらりと傾けた青パーカーの少年が座っていた。手足は椅子に縛り付けられ、口元にはタオルがきつく巻かれてある。抵抗した跡なのか、お気に入りの青パーカーはヤドクの白い肩を片方覗かせ着崩されていた。
慌てて口からタオルを解き、ヤドクの肩を何度か揺すった。
「…ブー……ム…?」
幸い目立った怪我はなく、タオルの縛りがきつかったのかクッキリと跡は残っているものの、ヤドクはいつもの調子で目を覚ました。
「お前いったい何があったんだよ!」
「…………」
「黙ってんならもう一回口塞ぐぞ!」
「…………良いんだよ…別に……」
「はぁ!?何がいいってんだよ!」
「いいんだって言ってんだよ!!ブームには関係ないだろ!?」
「…か、関係ないって……オレら…オレら家族だろ?関係ないわけないじゃんか!」
「…………ブームとボクは違う…違うんだよ…」
ヤドクの瞳が水分を含み、それを静かに頬を伝わせていった。ブームがそれを拭うと、ついでに手と足の縄も解いてやる。相当キツく結ばれていたのか外すのに時間がかかったが、ヤドクはその間黙り切ったまま、何も言わなかった。
「…ヤドク……パーカー脱げよ」
「え…」
ブームは自身のパーカーを雑に脱ぐと、ヤドクの頭にボスッとかぶせた。ヤドクは緑パーカーを手にし、しばらく眺めていたが、ふと顔をあげた。
「いやいや!そういうことじゃなくって!ただ…その……」
その表情に、恐怖やら絶望やらの類いが浮かんでいることに気づき、慌てて言いつくろう。
「交換だ!」
「え?」
「だから……オレとお前!一日だけチェンジだ!」
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