満月

二見

文字の大きさ
6 / 9

名前の由来

しおりを挟む
 圭一はその日から15日まで、毎日真夜中に湖に通っていた。そこで満月と交わす、他愛もない話が何よりの楽しみだった。

「秋月さん、何で一か月って言うか知ってますか? 月が新月から満ちて、また新月へ欠けていく時間が、約30日かかるからなんです。つまり、毎月同じ日はほとんど同じ月を見ることができるんですよ。例えば今月の10日が上弦の月だったら、来月の10日も上弦の月か、あるいはそれに近い月になっているんです」

 また次の日は、

「秋月さん、よく歌に出てくる、青い月って何のことか気になりますよね。あれって、ひと月の間に満月が二回来たり、大気中の塵の影響で月が青く見えたりするからそういわれているんですが、そのどちらもめったに起こらないことなんです。そのことから、19世紀半ばには、once in a blue moon なんていう熟語が生まれたんですよ。訳すとめったにない、とかそんな感じの意味になるらしいです」

 といったような、豆知識を得ることができた。
 そんな感じで時間が過ぎていき、気が付けば満月の晩となっていた。
 いつも通り圭一が湖に向かうと、いつも通り先に満月が湖に来ていた。

「いつも先を越されますね。一体何時から来ているんです?」
「それは、秘密です」

 満月は屈託のない笑顔を見せた。こんな笑顔を見せられては、追求する気も失せてしまう。

「それより、ほら。今宵は満月ですよ」

 満月は夜空に浮かぶ満月を指差した。満月は神々しい光を放っている。その満月が、湖に綺麗に反射されていた。

「すごいな。まるで湖という大きな満月に、小さな満月が重なっているみたいだ」
「また、詩的表現をしましたね。秋月さんって、ロマンチストなんですね」

 満月に指摘され、圭一は顔を真っ赤にして座り込んだ。

「は、恥ずかしい」
「まあまあ、気になさらずに」

 しばらく座り込んでいたが、ふと圭一は、

「そういえば、何で満月さんは満月って名前なんですか。良ければ、名前の由来とか教えてくれませんか」

 と頭に浮かんだ疑問を投げつけた。

「……名前の由来ですか」

 その質問を聞いた満月は、空を見上げ、右手を月にかざした。

「私の両親は、人間の人生を月の満ち欠けに例えたんです」
「月の満ち欠け?」
「はい。前にも話しましたが、新月が満月になり、また新月まで戻るのに約一か月かかります。両親はそれを人生に例えました。人は生きていくと、必ず嬉しいことや楽しいこと、または悲しいことや苦しいことに遭遇します。人生が上手くいっているときを月の満ちに、人生が上手くいってないときを月の欠けに例えたんです」
「……」

 その言葉の通りだと、今の自分の人生は月の欠けなんだな、と圭一は心の中で呟いた。

「人生は、満ちては欠けていくものなんですよ。ずっと上手く人なんていない。それと同時に、ずっと上手くいかない人もいないんです。いいことがあって、悪いことがある。それが人生なんです。だから、今辛いことがあっても、必ず後で良いことが起こるはずです。今は耐え忍んで頑張るしかないんですよ」

 その言葉は、圭一に向けられているような気がした。薄々とかもしれないが、満月は圭一の今の状況について勘付いているのだろう。

「……その、通りですね」

満月の言葉が、圭一の胸に突き刺さる。

「両親は私に人生が満ちているときには幸せに生きてほしい、できるだけ長く満ちている時間が続いてほしい、そういう想いをこめて、満月って名前に決めたらしいんです。月という文字を入れたのは、私が生まれた日が十五夜のお月様が出ていた日だから、なんですって」

 満月は胸のブローチを両手で包み、祈るような動作を見せた。

「そんな意味があったんですね。思い入れのある、いい名前ですね」
「ええ。私はこの名前が大好きなんです。だから、両親には感謝しています」

 両親。
 圭一は、しばらく会っていない両親のことを思い出していた。
 父も母も健在だ。父は薄給のサラリーマンで、毎日朝早く起きて会社に出社している。その分帰ってくる時間は早いが、家に帰ってからは酒を飲むか寝ているか、ほとんどその二択だ。母はパートで働いていて、時間はその日によって違う。昼に働いている日もあれば、夜に働いている時間もある。責任感が強いせいか、いつも他のパートやアルバイトの代行をしている。両親とも、圭一を育てるために毎日働いていた。自分の時間もほとんどとらず、ただ子供を育てるために。そんな両親を思い出していると、今の自分が情けなく思えてきた。
 情けなくて、そんな自分が惨めで、悔しさで拳を強く握りしめた。
 満月はその様子を黙って見ていた。そして、

「もし、お時間があるのでしたら、明日もここに来てくれませんか」
「え?」
「秋月さん、あなたは運がいいですよ。何ていったって、十六夜の月見ることができるんですから」
「……十六夜の月?」

 圭一には聞きなれない言葉だ。

「明日来てみればわかります。なので、明日は日が沈んだらこの湖に来てください」
「……わかりました」

 何か満月には考えがあるのだろう。圭一は意図を図ることはできなかったが、ここは素直に満月の言う通りに従うことにした。

「では、また明日、ここで」

 そう言い残し、満月は森の奥へと消えていった。
 彼女は一体どこからこの湖に来ているのだろうか。この際思い切って明日聞いてみよう。そう圭一は決心した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...