ぼくらの森

ivi

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第二章 目覚め

第47話 偽りの日々

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 「ここさ、すごくいいと思わないか?一日中ずっと天井を見てるより、こうやって空を見て過ごす方がいいと思うんだ」

 また、始まった。

 ケリーがこの話をするのは何回目だろう。窓際の位置に大満足している彼は、セロが面会に来るたびに同じ台詞を口にしていた。

 「ああ、そうだな」

 適当に聞き流しながら、セロはぼんやりと窓の外に広がる空を眺めている。気がつけば、ケリーと再会したあの日から、早くも二週間が経とうとしていた。

 この十四日間で、ケリーは見違えるほど元気になった。切れ切れにしかできなかった会話も少しずつ続けられるようになり、声を出して笑うこともできるようになった。

 まだ、体を起こすと腹部に痛みを感じるそうだが、今では座って食事を取れるまでに回復している。

 ガーゼが外された顔の傷がかゆいのか、ケリーは頬を手でさすった。かさぶたになったその傷は、かすれた絵の具で殴り描きされたような跡になってしまっている。

 「こうやってセロと話してるとさ、なんか不思議な気持ちになるんだよな。……どうしてかは、わからないけど」

 しばらくの沈黙のあと、ケリーはぽつりと呟いた。その声はさっきよりも随分と弱々しく、微かに震えていた。

 「なあ、セロ……。オレさ、忘れないうちに全部話そうと思うんだ」

 その言葉が示す意味を理解したセロは、窓に顔を向けたまま黙っていた。ケリーのことを無視しているのではない。彼が、これから「あの日」のことを話そうとしているのだと悟り、ついに訪れたこの瞬間を、静かに受け入れようとしているのだ。

 「わかってる。セロはオレが辛い思いをするなら、聞きたくないって言ったよな。けどさ、これから先もずっと、こうして黙ってたら……一日、また一日って過ぎていくうちに、エダナやクウェイさんのことを、忘れてしまうんじゃないかって……いつか思い出せなくなるんじゃないかって、すごく不安になるんだ」

 ふり返ったセロは、ケリーの苦しそうな表情を見て息を飲んだ。彼はまるで、悪夢にうなされる子どもみたいに、目をギュッと閉じて眉を歪めている。

 「それに、オレ……一人じゃ、もう限界みたいだ」

 ケリーは消え入りそうな声で呟き、瞼をゆっくり開くと虚ろな瞳で天井を見つめた。彼は、たった独りで仲間の死と向き合うことに疲れ切り、もう元気なふりをすることさえ、できなくなってしまっていた。

 「昨日も、一昨日も、そのずっと前も……遠征の夢を見たんだ。夢の中でも、オレはエダナが死ぬのを黙って見ていることしかできなかった。何度も同じ夢を見ているのに……オレは何もできない。誰も助けることができないんだ」

 ケリーはセロの手を強く握りしめ、必死で助けを求めた。怯えるように見開かれた目には、涙が零れ落ちそうなほど溜まっている。

 「セロ、オレの話を聞いてくれ……頼む」

 複雑な思いを抱えるセロと違って、ケリーの覚悟はすでに決まっているようだ。

 まさか、こんなにも早く遠征の話を聞くことになるとは……思ってもいなかった。

 セロの心は、ケリーの話を聞くことを躊躇っていた。心臓の鼓動は早く、恐怖にも似た感情が沸き上がってくる。

 ケリーの話を聞くこと……それは、クウェイやエダナの死に、セロ自身も向き合うことを意味する。リストに名前がないことから、間接的に二人の死を悟ることとは訳が違うのだ。

 語るケリー同様、聞くセロにも相応の覚悟が必要だった。

 ひしひしと痛むほど固く握られた手はそのままに、セロはまだ包帯の外れないケリーの腹に目を移した。二週間前に比べると、巻かれた包帯はかなり簡易的になっている。

 そういえば昨日、ケリーはもう少しで包帯が外れると言って喜んでいた。あのときも……いや、もしかすると再会した日から、彼は笑顔の裏で耐え続けていたのかも知れない。

 大草原での戦いが終わっても独りで戦い続ける苦しみから、ケリーを解放しなくてはいけない。

 重くのしかかってくる責任に、なかなか腹をくくることができず、セロは黙ってケリーの瞳を見つめ返した。

 ケリーのこの表情……前にも見たような気がする。

 『ケリーが元気になって、話せるようになったら……僕はいつでも話を聞くよ。今はきっと、君自身も辛いと思う』

 二週間前に見たケリーの姿が、今の彼に重なる。セロのなかで、自分の言った言葉が冷たく響いた。

 『すまない……僕は、ケリーが辛い思いをしてまで話すのを見たくない……聞きたくないんだ』

 そう言って話を拒んだとき、ケリーはとても辛そうな顔をしていた。

 セロはあのとき、ケリーは遠征のことを思い出しているのだと思っていた。

 だが今になって、ケリーの表情に込められた本当の意味がわかった。

 ケリーは遠征の記憶に苦しんでいたのではない。『オレの話を聞いてくれ』という切な願いを、セロに拒まれたことを悲しんでいたのだ。

 本当に時間を必要としていたのは、ケリーではなくセロだったのかも知れない。
 見たくない、聞きたくない……そう言って仲間の死から目を逸らしたかっただけなのかも知れない。

 自身のあまりにも無責任な言葉によって、大切な友達を傷つけていたことに気がついたセロは、ケリーの手を強く握り返した。

 「ケリー……今まで辛い思いをさせて、本当にすまなかった。僕も君の苦しみに一緒に向き合うよ。だから……あの日何が起こったのか、すべて聞かせてほしい」

 セロの声を聞いて安心したのか、ケリーはとても穏やかな表情を見せている。

 「ありがとう」

 短い沈黙のあと、ケリーは周りに聞こえないよう声を潜めて話し始める。強く握りしめた手は震えていても、その小さな声は微塵も震えていなかった。
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