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第二章 目覚め
第46話 再会
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大広間に入った瞬間、空気が変わった。
異様な雰囲気に呑まれないよう、セロは唇を噛み締めながら窓際へ歩いて行く。
そういえば、この部屋にはベッドが一つもない。治療を受けた帰還者たちは、床に敷かれた毛布の上で横になっている。
彼らの体に巻かれた包帯は想像していたよりも綺麗で、出血している者はほとんどいないようだ。
人が集中する時間帯を過ぎたとは言え、周囲にはまだ数人の面会者がおり、帰還者と声を潜めて話している。もっと悲惨な状況を覚悟していたセロは、彼らの穏やかな様子を見て、ほんの少し緊張を紛らわせることができた。
真っ赤な夕空を映す大きな窓の前を歩きながら、セロは足元に横たわる一人ひとりの顔を見て歩いた。親切なことに、帰還者の足元には名札が置かれていたが、セロは名札に頼ることなくケリーを探していた。
顔に包帯を巻いている人は、髪の色や顔の雰囲気で判別する必要があった。時折、帰還者と目が合うこともあったが、お互いに小さく会釈して通り過ぎた。
何人もの帰還者の前を横切り、通路の半分を過ぎたところで、セロの足はぴたりと止まった。
名札を見なくても、そこに横たわる赤毛の青年が「彼」であることは一目でわかる。毛布を腹までかけて、目を閉じている寝間着姿の青年。
青年は人の気配に気がついたのか、ゆっくりと瞼を開けた。赤茶色の瞳が、目の前に佇む人影をじっと見つめる。
「よう……遅刻だぞ、セロ。今まで何してたんだよ……」
弱々しく呟くと、青年は歯を見せて笑った。左頬に大きなガーゼが当てられていることを除けば、その笑顔は出陣前とちっとも変わっていない。
「すまない、ケリー。その……寝坊したんだ」
「ハハ……ッ!いつもは、ふざけてくれないのにさ。こういうときだけは……笑わせてくれる、よな」
うっと短いうめき声をあげて、ケリーは苦しそうに顔を歪めた。
「ごめん、セロ……。本当は腹抱えて、笑いたいんだけどな……無理みたいだ」
「ケリー、何も謝ることはないよ。無理するな」
痛みに震えるケリーを見守っていたセロは、服から覗く包帯に気がついた。
ケリーの寝間着は前を大きく切り裂かれ、腹には白い包帯が何重にも巻かれている。そばに跪き、他にも治療された痕跡がないか見てみたが、長い袖や毛布に隠れている部分が多く、傷の具合はわからなかった。
「……やっぱり、気になるよな」
セロが包帯を見ていることに気がついたのだろう。慌てて向き直ると、ケリーは笑っていた。
「すまない……」
「顔に、書いてあるんだよ。この傷はどうしたんだ……ってな」
ケリーはふらふらと手を上げると、黙り込むセロを指さした。
「どうだ、図星……だろ?」
いつもなら雑に払うはずの手を、セロは優しく下ろした。少しの抵抗もなく横たえられたケリーの手は痩せて、力を加えれば脆く砕けてしまいそうだった。
「ああ、そうかも知れないな。だが……今は、何も話さなくていい。とにかく、君には回復に努めてほしいんだ」
寂しそうな顔をするケリーに、セロは丁寧に言い聞かせた。
「ケリーが元気になって、話せるようになったら……僕はいつでも話を聞くよ。今はきっと、お互いに辛いと思う」
セロは微かに震える声を絞り出した。
「すまない……僕は、ケリーが辛い思いをしてまで話すのを見たくない……聞きたくないんだ」
ケリーは目を伏せていたが、しばらくすると小さく頷いた。
「そう……だな。おまえの言う通り、早く元気になれるように……頑張るよ」
そのとき、夕刻の鐘が甲高く響き渡った。長く尾を引く鐘の音が大広間にこだますると、さっきの少年たちが扉から顔を覗かせた。
面会時間が終了したのだ。
「ああ……もう、おしまいか……」
残念そうに呟きながら、ケリーは扉へ顔を向けた。
「もう少し、早く来ていればよかったかな」
ケリーはセロをふり返ると、優しく微笑んだ。
「また、明日来いよ。今度は……寝坊するんじゃないぞ」
「いいのか……?でも、君にとって負担になるんじゃな――」
「何、言ってるんだよ」
ケリーはセロの言葉を遮ると、今までに見たことがないほど真剣な顔で話し始めた。
「おまえが……なかなか来なくて、オレがどれだけ不安だったか……わかるか?オレが帰って来たことに、気がついてないんじゃないか……。オレのこと、忘れてるんじゃないかって……ずっと……」
一気にまくしたてたからか、ケリーは苦しそうに息をしている。見かねたセロが止めるのも聞かず、ケリーは続けた。
「セロが来てくれない方が……オレにとっては負担なんだ。……わかったか?わかったら……明日は、もっと早く来いよ。余計なことは、考えずにさ」
セロが頷くと、ケリーは嬉しそうに歯を見せて笑った。いつの間にか、部屋に入って来た少年たちがカーテンを閉め、ロウソクに火を灯し始めている。
残った面会者はセロ一人になっていた。
「そろそろ行かないと……」
立ち上がるセロを、ケリーは軽く手を上げて見送った。
「じゃあ……また、明日な」
狭い通路を足早に抜けて大広間を出ると、セロは誰もいない階段を静かに降りた。
次に向かう場所は、もう決まっている。
薄暗い騎士の学舎を後にしたセロは、宿舎に帰ることなく歩みを進めた。
異様な雰囲気に呑まれないよう、セロは唇を噛み締めながら窓際へ歩いて行く。
そういえば、この部屋にはベッドが一つもない。治療を受けた帰還者たちは、床に敷かれた毛布の上で横になっている。
彼らの体に巻かれた包帯は想像していたよりも綺麗で、出血している者はほとんどいないようだ。
人が集中する時間帯を過ぎたとは言え、周囲にはまだ数人の面会者がおり、帰還者と声を潜めて話している。もっと悲惨な状況を覚悟していたセロは、彼らの穏やかな様子を見て、ほんの少し緊張を紛らわせることができた。
真っ赤な夕空を映す大きな窓の前を歩きながら、セロは足元に横たわる一人ひとりの顔を見て歩いた。親切なことに、帰還者の足元には名札が置かれていたが、セロは名札に頼ることなくケリーを探していた。
顔に包帯を巻いている人は、髪の色や顔の雰囲気で判別する必要があった。時折、帰還者と目が合うこともあったが、お互いに小さく会釈して通り過ぎた。
何人もの帰還者の前を横切り、通路の半分を過ぎたところで、セロの足はぴたりと止まった。
名札を見なくても、そこに横たわる赤毛の青年が「彼」であることは一目でわかる。毛布を腹までかけて、目を閉じている寝間着姿の青年。
青年は人の気配に気がついたのか、ゆっくりと瞼を開けた。赤茶色の瞳が、目の前に佇む人影をじっと見つめる。
「よう……遅刻だぞ、セロ。今まで何してたんだよ……」
弱々しく呟くと、青年は歯を見せて笑った。左頬に大きなガーゼが当てられていることを除けば、その笑顔は出陣前とちっとも変わっていない。
「すまない、ケリー。その……寝坊したんだ」
「ハハ……ッ!いつもは、ふざけてくれないのにさ。こういうときだけは……笑わせてくれる、よな」
うっと短いうめき声をあげて、ケリーは苦しそうに顔を歪めた。
「ごめん、セロ……。本当は腹抱えて、笑いたいんだけどな……無理みたいだ」
「ケリー、何も謝ることはないよ。無理するな」
痛みに震えるケリーを見守っていたセロは、服から覗く包帯に気がついた。
ケリーの寝間着は前を大きく切り裂かれ、腹には白い包帯が何重にも巻かれている。そばに跪き、他にも治療された痕跡がないか見てみたが、長い袖や毛布に隠れている部分が多く、傷の具合はわからなかった。
「……やっぱり、気になるよな」
セロが包帯を見ていることに気がついたのだろう。慌てて向き直ると、ケリーは笑っていた。
「すまない……」
「顔に、書いてあるんだよ。この傷はどうしたんだ……ってな」
ケリーはふらふらと手を上げると、黙り込むセロを指さした。
「どうだ、図星……だろ?」
いつもなら雑に払うはずの手を、セロは優しく下ろした。少しの抵抗もなく横たえられたケリーの手は痩せて、力を加えれば脆く砕けてしまいそうだった。
「ああ、そうかも知れないな。だが……今は、何も話さなくていい。とにかく、君には回復に努めてほしいんだ」
寂しそうな顔をするケリーに、セロは丁寧に言い聞かせた。
「ケリーが元気になって、話せるようになったら……僕はいつでも話を聞くよ。今はきっと、お互いに辛いと思う」
セロは微かに震える声を絞り出した。
「すまない……僕は、ケリーが辛い思いをしてまで話すのを見たくない……聞きたくないんだ」
ケリーは目を伏せていたが、しばらくすると小さく頷いた。
「そう……だな。おまえの言う通り、早く元気になれるように……頑張るよ」
そのとき、夕刻の鐘が甲高く響き渡った。長く尾を引く鐘の音が大広間にこだますると、さっきの少年たちが扉から顔を覗かせた。
面会時間が終了したのだ。
「ああ……もう、おしまいか……」
残念そうに呟きながら、ケリーは扉へ顔を向けた。
「もう少し、早く来ていればよかったかな」
ケリーはセロをふり返ると、優しく微笑んだ。
「また、明日来いよ。今度は……寝坊するんじゃないぞ」
「いいのか……?でも、君にとって負担になるんじゃな――」
「何、言ってるんだよ」
ケリーはセロの言葉を遮ると、今までに見たことがないほど真剣な顔で話し始めた。
「おまえが……なかなか来なくて、オレがどれだけ不安だったか……わかるか?オレが帰って来たことに、気がついてないんじゃないか……。オレのこと、忘れてるんじゃないかって……ずっと……」
一気にまくしたてたからか、ケリーは苦しそうに息をしている。見かねたセロが止めるのも聞かず、ケリーは続けた。
「セロが来てくれない方が……オレにとっては負担なんだ。……わかったか?わかったら……明日は、もっと早く来いよ。余計なことは、考えずにさ」
セロが頷くと、ケリーは嬉しそうに歯を見せて笑った。いつの間にか、部屋に入って来た少年たちがカーテンを閉め、ロウソクに火を灯し始めている。
残った面会者はセロ一人になっていた。
「そろそろ行かないと……」
立ち上がるセロを、ケリーは軽く手を上げて見送った。
「じゃあ……また、明日な」
狭い通路を足早に抜けて大広間を出ると、セロは誰もいない階段を静かに降りた。
次に向かう場所は、もう決まっている。
薄暗い騎士の学舎を後にしたセロは、宿舎に帰ることなく歩みを進めた。
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