64 / 122
第二章 目覚め
第64話 強化訓練
しおりを挟む
誰もいない大浴場を出たセロは、すっかり暗くなった廊下を歩いていた。部屋着に着替えた彼の髪は、まだしっとりと濡れている。
部屋に戻りながら、彼は思考を巡らせていた。
明日の朝は、いつも通りで大丈夫だろう。まずはディノの訓練と房の掃除を済ませる。それから、タークの飛翔訓練をするのだが……普段の様子を見る限り、開始時間を早めないと正午までに終わらないだろう。
タークの飛翔訓練さえ終われば、あとの作業は彼一人でもできる。そうなれば、自分はヴェルーカのことに専念できるが、午後の時間が削れれば削れるほど、ヴェルーカと関わる時間は無くなってしまう。
夕方にはディノに夕飼いを与えなければならないため、セロが騎士の訓練場にいられるのは、ほんの数時間だ。
悩みの種になっているのは、時間の都合だけではない。
セロはこの一週間で、タークの訓練内容を大きく変えようとしていた。自分がいなくなっても困らないよう、タークの苦手意識を徹底的に解消しておかなければ。
入学から早くも半年が経過したが、タークのように先輩の指導下で基礎訓練をしている一年生は、もう片手で数えられるほどしかいない。
セロが旅に出ている間、タークは別の班に移動することになる。だが、このままでは周囲との差を埋めるのに苦労するだろう。そうならないように、セロは残りの七日間で、タークにできる限りのことを教え込む。つまり、短期間の強化訓練を行うつもりなのだ。
しかし、ターク自身がこの計画に賛成してくれないと意味がない。彼はまだ、一週間後にセロがいなくなってしまうことも、班が変わることも、何も知らないのだから。突然こんな話をしてしまえば、怪しまれてしまうかも知れない。
いっそのこと、もう、すべて話してしまおうか。
いや、まだだ。
今、話せば、タークはきっと混乱してしまう。彼が拒絶してしまったら元も子もない。
ああでもない、こうでもないと頭を悩ませながら歩いているうちに、セロはいつの間にか部屋の前に着いていた。
思考を引きずりながら扉を開けると、まだロウソクの火は灯ったままだった。先にタークが帰っているはずだが、火の始末をせずに寝てしまったのだろうか。
扉が閉まる音に気がついたのか、ベッドの上で寝転んでいたタークが体を起こした。
「あ……セロさん。遅かったですね」
タークはベッドの上に腰かけて、洗濯桶にタオルを入れるセロを、ぼうっと眺めていた。
「用事は終わったんですか?」
「ああ、済んだよ」
タークに寝るよう促しながら、セロは机の上に置いてあるロウソクの火を吹き消した。たちまち真っ暗になった部屋の中で、窓から差し込む月明かりを頼りに自分のベッドへ向かう。
セロは薄いカーテンを閉めて、静かに横になる。毛布を腹までかけて寝転ぶと、カーテンの隙間から漏れた光が、ベッドの上に窓枠の影を落としていた。
「なかなか帰って来ないから、何かあったのかと思いました。それで、用事って何だったんですか?」
闇から聞こえて来るタークの声は、どこか舌足らずで眠気を含んでいる。眠いなら早く寝た方がいいと思うのだが、おしゃべりなタークは睡眠よりも会話を選んだようだ。
「そうだな……簡単に言うと、明日から騎士の手伝いに行くことになったんだ」
「へえ、いいですね!ぼく、セロさんがお手伝いに行ったら、騎士さんたちも助かるんじゃないかなって、思ってたんですよ。作業するの、すごく早いですから。……あれ?でも、セロさんはそういうの苦手そうなのに、珍しいですね」
セロが何も答えないでいると、タークは一人で推理を始めた。彼は何かブツブツと呟いていたが、答えはすぐに出たようだ。
「あ、もしかして、ケリーさんに頼まれたんですか?もし、そうだったら、セロさんが断らないのも納得ですね」
「……そうかも知れないな」
「絶対にそうですよ。というより、それ以外は思いつかないです」
セロは目を閉じ、深く息を吸って吐いた。
「ターク。話のついでに、お願いしたいことがあるんだが聞いてもらえるか?」
「はい、もちろんです」
「ありがとう。僕は午後から騎士の手伝いに行くんだが、余裕をもって動けるように、正午までにタークの飛翔訓練を終えたいんだ。そのためには、訓練をもっと早く始めないといけない。だから、明日からは一時間早く訓練場に来てほしいんだが……できるか?」
さあ、朝が苦手なタークはどう答えるだろうか。
『ふええ……早起きするんですかあ……』
そう言ってベッドの上で泣きべそをかくタークを想像していたが、そんなセロの予想を覆す返事が返ってきた。
「できます!」
「おお、そうか。とても助かるよ。ああ、それと……」
セロは付け足すようにして話を繋いだ。
「実は、そろそろタークの訓練内容を変えてみたいと思っているんだ。最近は特に頑張ってくれているから、次の段階に進んでも問題ないくらいに上達しているし、早起きするなら、訓練場が空いている間に難しいことにも挑戦できるだろう。自信がなければ、もう少し基礎練習を続けるが……どうだ?」
セロが口を閉じるや否や、子どものようなはしゃぎ声が部屋に響いた。
「いいんですか!ぼくも、もっと色んなことを教わって、セロさんみたいになりたいです!」
セロは微笑んで、毛布を肩まで引き上げた。
「よし、わかった。……さあ、そろそろ寝ないと起きられなくなるぞ」
「はーい。セロさん……おやすみなさい」
タークのあくびに続いて、穏やかな寝息が聞こえてきた。寝付きのよさでは、彼の右に出る者はいないだろう。
セロは薄暗い虚空を見つめながら、タークにいつ、すべてを打ち明けるべきかという、新たな悩みを頭の中で転がしていた。
さっきのように、話の流れに任せてしまえる内容ではないだけに、切り出す機会を未だに見つけ出せずにいる。
堂々巡りの思考の迷路で、セロは完全に出口を見失ってしまっていた。
部屋に戻りながら、彼は思考を巡らせていた。
明日の朝は、いつも通りで大丈夫だろう。まずはディノの訓練と房の掃除を済ませる。それから、タークの飛翔訓練をするのだが……普段の様子を見る限り、開始時間を早めないと正午までに終わらないだろう。
タークの飛翔訓練さえ終われば、あとの作業は彼一人でもできる。そうなれば、自分はヴェルーカのことに専念できるが、午後の時間が削れれば削れるほど、ヴェルーカと関わる時間は無くなってしまう。
夕方にはディノに夕飼いを与えなければならないため、セロが騎士の訓練場にいられるのは、ほんの数時間だ。
悩みの種になっているのは、時間の都合だけではない。
セロはこの一週間で、タークの訓練内容を大きく変えようとしていた。自分がいなくなっても困らないよう、タークの苦手意識を徹底的に解消しておかなければ。
入学から早くも半年が経過したが、タークのように先輩の指導下で基礎訓練をしている一年生は、もう片手で数えられるほどしかいない。
セロが旅に出ている間、タークは別の班に移動することになる。だが、このままでは周囲との差を埋めるのに苦労するだろう。そうならないように、セロは残りの七日間で、タークにできる限りのことを教え込む。つまり、短期間の強化訓練を行うつもりなのだ。
しかし、ターク自身がこの計画に賛成してくれないと意味がない。彼はまだ、一週間後にセロがいなくなってしまうことも、班が変わることも、何も知らないのだから。突然こんな話をしてしまえば、怪しまれてしまうかも知れない。
いっそのこと、もう、すべて話してしまおうか。
いや、まだだ。
今、話せば、タークはきっと混乱してしまう。彼が拒絶してしまったら元も子もない。
ああでもない、こうでもないと頭を悩ませながら歩いているうちに、セロはいつの間にか部屋の前に着いていた。
思考を引きずりながら扉を開けると、まだロウソクの火は灯ったままだった。先にタークが帰っているはずだが、火の始末をせずに寝てしまったのだろうか。
扉が閉まる音に気がついたのか、ベッドの上で寝転んでいたタークが体を起こした。
「あ……セロさん。遅かったですね」
タークはベッドの上に腰かけて、洗濯桶にタオルを入れるセロを、ぼうっと眺めていた。
「用事は終わったんですか?」
「ああ、済んだよ」
タークに寝るよう促しながら、セロは机の上に置いてあるロウソクの火を吹き消した。たちまち真っ暗になった部屋の中で、窓から差し込む月明かりを頼りに自分のベッドへ向かう。
セロは薄いカーテンを閉めて、静かに横になる。毛布を腹までかけて寝転ぶと、カーテンの隙間から漏れた光が、ベッドの上に窓枠の影を落としていた。
「なかなか帰って来ないから、何かあったのかと思いました。それで、用事って何だったんですか?」
闇から聞こえて来るタークの声は、どこか舌足らずで眠気を含んでいる。眠いなら早く寝た方がいいと思うのだが、おしゃべりなタークは睡眠よりも会話を選んだようだ。
「そうだな……簡単に言うと、明日から騎士の手伝いに行くことになったんだ」
「へえ、いいですね!ぼく、セロさんがお手伝いに行ったら、騎士さんたちも助かるんじゃないかなって、思ってたんですよ。作業するの、すごく早いですから。……あれ?でも、セロさんはそういうの苦手そうなのに、珍しいですね」
セロが何も答えないでいると、タークは一人で推理を始めた。彼は何かブツブツと呟いていたが、答えはすぐに出たようだ。
「あ、もしかして、ケリーさんに頼まれたんですか?もし、そうだったら、セロさんが断らないのも納得ですね」
「……そうかも知れないな」
「絶対にそうですよ。というより、それ以外は思いつかないです」
セロは目を閉じ、深く息を吸って吐いた。
「ターク。話のついでに、お願いしたいことがあるんだが聞いてもらえるか?」
「はい、もちろんです」
「ありがとう。僕は午後から騎士の手伝いに行くんだが、余裕をもって動けるように、正午までにタークの飛翔訓練を終えたいんだ。そのためには、訓練をもっと早く始めないといけない。だから、明日からは一時間早く訓練場に来てほしいんだが……できるか?」
さあ、朝が苦手なタークはどう答えるだろうか。
『ふええ……早起きするんですかあ……』
そう言ってベッドの上で泣きべそをかくタークを想像していたが、そんなセロの予想を覆す返事が返ってきた。
「できます!」
「おお、そうか。とても助かるよ。ああ、それと……」
セロは付け足すようにして話を繋いだ。
「実は、そろそろタークの訓練内容を変えてみたいと思っているんだ。最近は特に頑張ってくれているから、次の段階に進んでも問題ないくらいに上達しているし、早起きするなら、訓練場が空いている間に難しいことにも挑戦できるだろう。自信がなければ、もう少し基礎練習を続けるが……どうだ?」
セロが口を閉じるや否や、子どものようなはしゃぎ声が部屋に響いた。
「いいんですか!ぼくも、もっと色んなことを教わって、セロさんみたいになりたいです!」
セロは微笑んで、毛布を肩まで引き上げた。
「よし、わかった。……さあ、そろそろ寝ないと起きられなくなるぞ」
「はーい。セロさん……おやすみなさい」
タークのあくびに続いて、穏やかな寝息が聞こえてきた。寝付きのよさでは、彼の右に出る者はいないだろう。
セロは薄暗い虚空を見つめながら、タークにいつ、すべてを打ち明けるべきかという、新たな悩みを頭の中で転がしていた。
さっきのように、話の流れに任せてしまえる内容ではないだけに、切り出す機会を未だに見つけ出せずにいる。
堂々巡りの思考の迷路で、セロは完全に出口を見失ってしまっていた。
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる