ぼくらの森

ivi

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第三章 旅立ち

第98話 新たな相棒

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 セロがニックの背中を見ていると、隣でドサッと重い音が響いた。

 「ニック!」

 名を叫ばれて、ニックは目を見開いた。叱られた子どものような怯えた目で、グレイスターから降りたケリーをふり返る。

 「おまえ、どうしてオレに黙ってたんだよ!何でオレに相談しなかった?」

 ニックはケリーの気迫に怖気づいて、首を横にふるだけだ。涙を堪える目は潤んでいる。

 「……それじゃ、わからないだろ」

 ケリーは眉をしかめた。

 「ニック、こっち来い!」

 ニックは大人しく馬場の柵をくぐり抜けた。重い足取りで丸馬場の中央へやって来た彼は、顔を隠すように俯いている。

 ケリーのことだ。
 感情に任せて手を出すことはないだろう。

 セロがそう思っていたとき。ケリーは目の前に立つニックめがけて、素早く腕を伸ばした。

 反応の遅れたニックは逃げることも、避けることもできない。顔を上げるのが精一杯だった。

 「……っ!」

 ケリーの唐突な動きに、ヴェルーカはビクッと体を震わせた。セロはケリーを止めようと鞍から腰を上げたが、どうやらその必要はないらしい。

 セロの前には、後輩を抱きしめるケリーの姿があった。

 「ごめんな、ニック」

 驚いて声も出ない様子のニックに、ケリーは掠れた声で話し出す。

 「オレ、本当にバカだ……!後輩が大変な思いをしてるのに、それに気付かないで自分の手伝いまでさせてさ。……そんな奴に、誰も助けなんか求めないよな」

 泣きだしたニックの頭を、ケリーはガシガシとなでる。

 「本当に、ごめんな……ニック」

 「違う……っ!違うんです……!」

 首を激しくふって、ニックは懸命に言葉を吐き出した。

 「ボクは、ケリーさんと先輩が喧嘩するのを見たくなかったんです。あの日、ケリーさんはヴェルーカのことで、すごく怒っていたし……ボクが先輩の作業をしているって知ったら、ケリーさんは先輩たちと大喧嘩するんじゃないかって」

 「おまえ……見てたのか」

 ニックはケリーを見上げて頷いた。

 「馬房掃除をしているときに、窓から見ていました。止めようと思ったんですけど、ボクにはどうすることもできなくて……。どうしようって思っていたら、セロさんが来たんです。でも、そのときはまだ、セロさんのことを知らなくて。ずっと、お礼を言いたかったんですけど、言いそびれていました」

 涙でいっぱいになった瞳で、ニックはセロをふり返る。午後の傾いた太陽を背にしたセロは、きっと影にしか見えないだろう。

 「オレたちの喧嘩を止めたセロを見て、ニックは助けてくれるって思ったんだな。ヴェルーカみたいに、自分も救ってもらえるかもってさ」

 ケリーがセロを仰ぐ。

 グレイスターに乗っている間、ずっと上から感じていたケリーの視線。下から見られるのは、何だか変な感じがした。

 「……なあ、セロ。安心してくれよ。オレはバカだけど、ニックにはもう二度と辛い思いはさせないからさ」

 「ケリーなら必ずニックを守ってくれる。そう思ったから、僕はあの人たちに反抗できたんだ。言っておくが、ケリーは決してバカじゃない。君は間違いなく良い先輩騎士だよ。僕が保証する」

 ケリーは照れくさそうに笑った。

 「ありがとな、セロ。本当に、おまえはオレにとって英雄だ……大英雄だよ!」

 ヴェルーカから下馬したセロが、二人の騎士に向き直る。彼の口角は微かに上がっていた。

 ケリーには、彼の気持ちが手に取るようにわかった。

 セロは笑うのが苦手だ。そんな彼が、優しく微笑んでいる。不器用なセロが、無意識のうちに喜びを表現しているときの顔だ。

 セロは気づいていないだろうが、この癖はケリーと初めて出会った時から、ちっとも変わっていない。

 「それじゃあ、そろそろ戻るか」

 奥の広馬場から戻って来る馬たちを見て、ケリーは切り上げることにした。

 「ああ、そうしよう」

 馬場から出た二人に続いて、ニックはたずねた。

 「あの……このあと、お二人の手入れを見ていてもいいですか?自分の作業は、ちゃんとしますので!」

 ケリーと目が合うと、ニックは恥ずかしそうに頭をかいた。

 「すみません……何だか、このまま作業に戻るのが、もったいない気がしたんです」

 「おう、オレはいいぜ!でも、セロは何て言うかなあ?」

 ケリーはわかりきったことを、わざわざ聞いてくる。そんなイタズラをする先輩には、お返しをしてあげないと。

 「上達するためには、いい手本を見ること。ケリーの上手な手入れを見て、技を盗むんだ」

 「はいっ!」

 瞳を輝かせるニックの背後では、ケリーがニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。

 「おまえ、絶対わざとだろ?」

 「何が?」

 「言い方が、わざとらしいんだって!それに、何か企んでるときの『何が?』はセロの常套句だろ!」

 どこかで聞いたことのある言葉に、セロはギクッと肩を震わせた。

 「ほーら、やっぱりそうじゃないか!」

 ケリーはグレイスターを蹄洗場の柱に繋ぐと、セロの方を見ずにぽつりと呟いた。

 「まあ……でも。おまえのそういうところ、オレは嫌いじゃないけどな」

 「すまない、ケリー。ヴェルーカのクシャミで聞き取れなかった。何か言ったか?」

 「いいや、何にも?」

 ニックは並んで手入れを待つ二頭の馬に、そっとたずねる。

 「ボクね、ケリーさんやセロさんと一緒にいると、とても温かい気持ちになるんだ。面白くて、見ていて飽きない、しかも優しいなんて、最高の先輩だよね!君たちもそう思わない?」

 ペロッと舌を出すヴェルーカと、誇らしげに鼻を鳴らすグレイスター。そんな二頭と、満面の笑みの後輩に見守られながら、先輩たちは慣れた手付きで馬装を解くのだった。
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