ぼくらの森

ivi

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第三章 旅立ち

第113話 旅立ち

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 涙の跡が残る、タークの頬。

 セロは少年の寝顔を黙って見つめていた。温かい毛布に包まれて眠る、子どものようだ。

 耳鳴りが響く、静かな部屋。

 やがて、セロは無言で踵を返した。

 いつものブーツではなく、外出用の靴に足を突っ込む。いつもと違う服、いつもと違う荷物……セロは鞄を肩にかけると、ふり返ることなく部屋を出た。

 軋む階段をゆっくり降りて外に出ると、朝日はまだ山から顔を出していなかった。

 薄暗い並木通りを歩きながら、深く息を吸う。早朝の澄んだ空気が、体を目覚めさせていく。

 誰もいない橋を渡って、騎士の訓練場へ。馬具を持って馬房へ行くと、ヴェルーカがいつものように出迎えてくれた。

 馬の背に鞍を乗せ、慣れた手つきで馬装を進める。朝の飼付けを任された騎士たちが来る前に、学舎を出たいところだ。

 「……行こう」

 ヴェルーカの手綱を引いて、閑散とした通路を歩く。制服を着ていないからか、怪訝そうな馬たちに見送られて厩舎を出ると、東の空がようやく明け始めていた。

 誰もいない蹄洗場で馬に跳び乗り、セロはドラゴン乗りの訓練場に向かった。正門に行くには、ドラゴン乗りの訓練場を通らなければならない。

 セロの緊張がヴェルーカに伝わったのだろうか。それとも、これから旅に出ることを賢い頭で悟ったのだろうか。ヴェルーカは黒い耳をあちこちに向けて、落ち着かない様子で先の門を見つめていた。

 ディノに乗っているときよりも、正門がずっと大きく感じる。セロは門に馬を寄せて、扉の窓から外にいる門番に声をかけた。

 「……すみません、通して下さい」

 「はい、少々お待ち下さい」

 二年生の門番が答えると、ほどなくして片方の扉が開き、馬一頭が通れるくらいの隙間が空いた。

 セロはヴェルーカと共に、外の世界へ踏み出した。

 なだらかな丘の先に、山脈が悠々とそびえ立っている。山の彼方に広がる世界を想像すると、セロの心臓は高鳴った。

 セロが最初の目的地に定めたのは、首都ベルホーンだった。首都に行けば、この国で一番大きいと言われる図書館があるし、各地からも人が集まりやすい。

 もしかすると、ジアン・オルティスに関する情報が、何か見つかるかも知れない。

 「おはよう、セロ」

 突然、背後から声をかけられたセロは、驚いて肩をぎゅっと縮めた。

 慌ててふり返ると、そこにはセロを見上げるケリーの姿があった。

 「ケリー!見送りに来てくれたのか!」

 「親友が旅立つ大事なときに、呑気に寝てるわけにいかないだろ?」

 ケリーは穏やかに笑っているが、その背中には寂しそうな影が漂っている。

 「ケリー……」

 孤独を隠しきれていない親友に寄り添いたくて、セロは馬を降りようとした。

 だが、ケリーが軽く手を上げて制止する。

 「……オレ、知らなかった。見送る側の気持ちって、こんな感じなんだな。パレードのとき、笑って見送ってもらえたオレは……本当に幸せ者だよな」

 セロが黙っていると、ケリーは制服の懐から何かを取り出した。

 「これさ、ずっと前にエダナが作ってくれたお守りなんだ。よかったら、一緒に連れて行ってくれないか?」

 ケリーはお守りを手のひらにのせて差し出した。

 透き通った紫色の石が一つ、ロウの塗り込まれた茶色い糸に編み込まれている。

 どうやら、ブレスレットのようだ。

 「いいのか?大切な物なのに……」

 セロが訊ねると、ケリーは大きく頷いた。

 「オレの代わりにセロたちを守ってくれって、一晩中祈っておいた。こいつが、おまえの力になってくれるはずだぜ」

 「ありがとう、ケリー」

 セロはお守りを受け取ろうとして、手を止めた。

 ヴェルーカがこちらをじっと見つめている。

 澄んだ瞳でブレスレットを見つめる馬の前で、セロとケリーは顔を見合わせた。

 「わかったぜ」

 ケリーはヴェルーカの頭絡に手を伸ばすと、左頬の革にブレスレットを括り付けた。絶対に解けないよう、力を込めて細いベルトに結ぶ。

 エダナのお守りをつけてもらったヴェルーカは、まるで『どう?』と訊ねるように二人へ目配せした。

 「よく似合ってるぜ、ヴェルーカ!なんか、良いとこのお馬さんって感じだぜ!」 

 「よかったな、ヴェルーカ。きっと、エダナも喜んでいるよ」

 満足そうに鼻を鳴らして、ヴェルーカは前に向き直った。馬が顔を動かすたびに、丸い宝石が紫色に瞬いている。

 「夜明けだな……」

 「……ああ、そうだな」

 山脈から顔を出す太陽に目を細めて、セロはケリーの呟きに頷いた。こうして並んでいると、たった一人で旅に出ることが嘘みたいだ。

 「……本当に行ってしまうんだな」

 「一緒に来るか?」

 セロの冗談に、ケリーはやれやれと首を振った。ついて行けないこと、連れて行けないことは、お互いにわかっている。

 しばらくして、ケリーはすっと顔を上げた。

 その顔には、いつもの明るい表情が浮かんでいる。

 「さてと……これ以上、大切な時間を無駄にする訳にはいかないな!」

 友達の不器用な気遣いに、セロは答えた。

 「行って来ます……必ず無事に帰るよ」

 ケリーは力強く頷いて、ヴェルーカのお尻を軽く叩いた。

 「ああ、行って来い!」

 まだ、ここにいたい……あと少しだけ、ケリーと話をしていたい。

 セロは寂しい気持ちをぐっと堪えて、ヴェルーカに進めの合図を送った。

 進み始めた馬の背で、セロがふり返ろうとした瞬間、親友の声が背後で響いた。

 「ふり返るな……絶対に!」

 行く先を見つめたまま、セロとヴェルーカは丘を下って行く。彼らの背中を見送るケリーが、袖で目を拭ったそのとき。

 セロが右手を高く掲げた。

 まるで、親友の期待に答えるかのように。
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