恋してしまった、それだけのこと

雄樹

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第五章【未来14歳/沙織26歳】

第60話 卒業式【未来14歳/沙織26歳】

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 3月の風は、まだ少し冷たかった。
 校門の傍にならんだ桜のつぼみも、春の気配に気づきながらも、まだ咲く勇気をためらっているように思える。

 冬でもなく、春でもない。
 そのはざまの、中途半端な季節。

 今の私と、同じ気持ちだった。

(今日は、中学の卒業式)

 そう思いながら、校門をくぐる。3年間通った中学生活。この校門をくぐるのもこれが最後になると思うと、感慨深くなるのも仕方がなかった。

(けれど)

 先ほどの桜の木をみながら、思う。

(卒業式は今日だけど、高校の合格発表は来週か…)

 卒業して中学生ではなくなったとしても、まだ高校生になれるわけではない。中学生と高校生との間の期間。冬でも春でもない今の季節にぴったりだった。

(あれだけ勉強したし…大丈夫…だよね)

 だと、思う。違いない、とも思う。
 でも、世の中に必ず失敗する物事がないように、必ず成功する物事だってないのだ。もしも落ちていたら…と考えると、心配で夜も眠れなくなってしまう。
 高校に落ちるのが怖いのではなく、沙織さんと離れ離れになったままなのが怖い。

(沙織さんと過ごせない高校三年間なんて…考えたくもない…)

 そんなことを考えながら、教室へと向かう。
 途中で、美月と合流する。いつも通り、美月の隣には颯真がいる。

「おはよう、美月、颯真」
「おはよう、未来ちゃん」
「おっす」

 思えば、小学生の時からこの3人はずっと一緒だった。私がこの街に引っ越してきて、一番最初にできた友人がこの2人で、最初の友人がこの2人でよかったと、このことだけは神様に感謝したいと思う。

「颯真はいいよね。推薦だから、もう高校決まっているし」
「そっちの試験の結果は来週だったっけ?未来なら大丈夫だろ?これからまた3年間、一緒にだな」
「…いいなぁ」

 私と颯真が盛り上がっている中、美月だけが少し寂しそうな顔をする。
 未来も、推薦で高校が決まっている。
 決まってはいるのだけど…それは私が狙っていて、颯真が決まっている高校とは別の高校だった。
 絵を描くのが得意な美月は、その実力を買われて芸術に力を入れている高校へと推薦が決まっていた。ただ、その高校は隣の県の高校であって、ずいぶん離れてしまうことになる。

「毎週帰ってくるから!だから、颯真…」

 浮気しちゃだめだよ、と涙ながらに訴える。
 当たり前だろ、となだめる颯真を見ていて、嬉しいような、少し寂しいような、そんな気持ちに襲われる。
 ただ一つはっきりしいるのは、小学校からずっと一緒だったこの3人という関係は、今日で終わるということだけだった。

 やっぱり、寂しいな、と思っていたら。

「だーれだ」

 と言って私の目を覆ってくるものがいた。

「どうせ葵でしょう?」

 と思って、言って、手を振り払ってみてみると。

「はずれ!私でした」

 そこにいたのは、凛だった。

「やっぱりふたごなんだね。凛の声なら毎日聞いているから分かるかと思ったんだけど、全然分からなかったよ」
「中学最後のサプライズだよ」

 凛はそう言って笑って、少し後ろを歩いていた葵の手をとった。

「だから、高校に入ってからもよろしくね、未来」
「受かっていれば、ね」
「大丈夫よ」

 未来が落ちているわけないじゃん、と、なぜか私よりも確信をもって凛が言ってきた。そして返す刀で、「ただ、葵はどうか分からないけどね~」と軽口をたたいて、「そんなことないよ。私も大丈夫だって。私が凛と離れるわけないでしょ?」と葵が口をとがらせている。

 ああ。
 いいなぁ。
 私、颯真、美月、凛、葵。
 この5人で過ごせたこの3年間…楽しかったな。

 教室の中に入ると、そこは花の香りと笑い声、そして少しの涙で一杯になっていた。
 黒板には、後輩が描いてくれたのか「卒業おめでとうございます」とチョークで文字が書かれていた。白いチョークの粉が、太陽の光を反射して淡く輝いている。

 この教室も、今日で最後なのか。
 私は自分の机に手をやって、感慨深く、目を閉じた。


■■■■■


 体育館へと移動して、卒業式が始まった。
 いつもは長くて辟易してしまう校長先生のお話も、卒業式という場で式辞として聞く今日は、いつもと違った響きで聞こえてくる。

 並べられている言葉はありふれたものであっても、中に込められた想いが違うとこんなにも心に響いてくるものなんだな、と中学時代最後の発見をすることになった。

 そして、在校生からの送辞。
 紙を見ながら一生懸命話をしてくれるその姿をみて、なぜか頑張ってね、と、保護者みたいな気持ちになる。

 答辞として壇上に立ったのは、凛だった。
 学年一位の成績なのだから、凛が選ばれるのに不思議なことはなかった。思い返してみれば、去年の答辞で壇上にあがったのは神見羅先輩だった。
 あの人、本来なら長くなる答辞をはしょって終わらせていたな…返す返す、とんでもない人だったように思う。

 凛の声は透き通っていて、名前のとおり、凛としていて、校長の式辞よりも、後輩からの送辞よりも、何倍も何倍も、私の心に響いてきた。

 気が付いたら、私は泣いていた。
 いろいろな思い出がよみがえってくる。
 いいことも、わるいことも、どちらもたくさんあった。
 でも、思い返してみたら、結局、残ったのは楽しい思い出だけだった。

 有難うございます。
 私は今日、この学校を…卒業します。



■■■■■


 式が終わると、校庭は花束と記念写真の嵐だった。
 桜はまだ咲いていないのに、まるで桜吹雪が舞い踊っているかのように華やかで温かい場だった。

「未来、こっち向いて笑って、写真とるよ。はい、チーズ」
「チーズって…古いよ、お父さん」

 そう言いながら、私は卒業証書を手にしたまま、要望通りのピースをした。
 お父さん、本当に嬉しそう。
 この場にお母さんがいないことだけが寂しかったけど、お母さんがいなくなったぶん、精一杯愛してくれたこのお父さんのことが、私は大好きで、誇らしく思っている。

「未来ちゃーーん!!」

 泣きながら抱き着いてきたのは美月だった。
 いつもなら何か一言いってくる凛も、今日だけはさすがに何も言わず、ただ黙ってその光景を見ていた。
 美月は今夜、もう隣の県へと引っ越しするらしい。
 早いとは思ったけど、先に寮生活にはいることになったという事だった。
 今までずっと一緒だったのに…やばい。
 涙、止まらない。

「離れていても、私たち、ずっとずっと、親友だからねっ」

 美月と手を取り合う。暖かい手。大好きな手。
 美月が描いてくれた私の絵は、今でもずっとうちの家に飾っている。
 これから先も、その絵を見るたびに、美月のことを絶対に思い出すんだろうな。

「美月」

 声をかけてきたのは、颯真だった。
 ボタンが…ない。
 全部のボタンを奪われてしまっていた…さすが、人気者。
 人気と言えば、自分で言うのもなんだけど、私だって後輩に人気はある…けれど、さすがに颯真みたいに全部のボタンをとられるというたぐいの人気ではなかった。

「ほら」

 そういって、颯真は手にしていた何かを美月へと渡した。
 私との逢瀬で涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた美月が、もうこれ以上顔がぐしゃぐしゃになるとは思っていなかった美月が…

「颯真ーーーー!」

 泣きながら、颯真へと飛びついていた。
 手にしていたのは、颯真から渡された、第二ボタン。
 卒業式の日に抱き合って、愛を確かめ合う2人を見て…ほんの少し、「いいなぁ」と嫉妬してしまった。

 いいなぁ。
 こうやって、人前で、堂々と付き合えるのって、いいなぁ。
 私の好きな人は…

 ね。



■■■■■


 ひとしきりみんなで別れを惜しんだ後、私はお父さんの車に乗って、家へと向かっていた。

 潮風が気持ちいい。
 思い返せば、この街に引っ越してきてから、もう6年になる。
 山奥の田舎から、海と山に挟まれたこの田舎に引っ越してきて、さまざまな出会いがあって、私は少し、成長できたようにも思える。

 かつて、お父さんの運転する車の助手席に座っていたのは、お母さんだった。
 今ではこの場所は、私の定位置になっていた。

 本当に、いろいろなことがあった。
 いろいろな人に出会えた。
 そして、今から帰る私の家に。

 私がこの田舎に引っ越してきて出会うことができた、私の初恋の人が待っていてくれるのだった。


 年代物の車が、ごとんごとんと揺れながら道を走り、私の家の前で止まった。

「無事に帰れてよかったよ」

 そう言いながら、笑って私は車を降りる。

「ローンももう終わってるし、まだまだ壊れるまでこの車には頑張ってもらわないといけないからね」

 と、お父さんが少しだけ情けないことを言う。新車に変えよう、と言わないのは、お母さんとの思い出が詰まっているからかな…それとも、ただたんにお金がないだけなのだろうか?

 そんなことを考えていたら。

「卒業おめでとう、未来」

 大好きな人の声が聞こえてきた。
 耳がとろけそうな、甘いあまい、私が世界で一番好きな声。
 黒髪で、私服姿の沙織さんが立っていた。

「ありがとう、沙織さん!」

 そう言って飛びつきたくなるけど、後ろにお父さんがいるのを思い出して、頑張って我慢した。
 なんか、恋人になってからの方が、お父さんの前では沙織さんに素直に近づくことができなくなってしまった気がする。
 昔なら、感情の赴くままにまっすぐに抱き着いていたものだったんだけど、ね。

「今日は有難うございます」
「そんな…とんでもないです」

 私に遅れてやってきたお父さんに向かって、沙織さんはにこっと笑って答える。
 そう、今日は私の卒業式だったから、その祝いを家族でしよということで、沙織さんにも来てもらっていたのだった。

「大変な時、助けて頂いて有難うございました」
「いえ、それが姉さんの望みでもありましたし…」

 ちらっと、沙織さんが私を見る。

「頑張ったね、未来」
「うんっ」

 笑顔で答える。
 沙織さんの瞳。今日は、お父さんの奥さんの妹という立場で来てくれている沙織さん。でも、その瞳の中に、ちゃんと私を恋人として見てくれている光を感じ取って、私は嬉しくなってしまう。
 お父さんは知らない。
 私だけが、それを知っているのだ。


■■■■■

 しばらく家で談笑した後、お父さんが時計を見た。

「もうこんな時間か…つむぎを迎えに行かなくちゃいけないな」

 そう言うと、大きく背伸びをする。
 たしかに、もう夕方で、外もだんだん暗くなってきている。

「それじゃあ、行ってくるので、留守番をお願いしてもいいですか?」
「もちろん、大丈夫ですよ」
「沙織さんと一緒に、大人しく待っているからね」

 私はそう言うと、にっこり笑って手を振った。
 別に、早くお父さんを追い出そうとしているわけではないのだけど…どうしても、心がそう動いてしまったのだ。

 玄関がしまる音がして、そしてしばらくして、車のエンジンがなる音がする。と思ったら、すぐ止まった。しばらくして、またエンジンがかかる。何度かそれを繰り返したのち、ようやく車は出発していった。
 本当に…もう変え時なのかもしれない。

 そうして、部屋の中が静かになる。
 テレビもつけていない。
 外の風の音と、時計の針の音と、そして私と沙織さんの、心臓の鼓動と息遣いの呼吸音だけが残される。

「…沙織さん」

 もう我慢できない。
 私は沙織さんに向かって振り向くと、立ち上がった。
 沙織さんはにっこりと笑って…穏やかに笑っているようにみえて、少し唇が震えているのを私は見逃さなかった。
 
(沙織さんも、私と)
(同じ気持ち…だったのかな)

 嬉しい。
 そう考えるだけで、背骨が溶けるくらい嬉しい。

「未来」

 沙織さんも立ち上がった。
 一歩、一歩。
 お互いの距離が近づく。
 そして。

「沙織さんっ」
「…未来」

 私たちは、ぎゅっと、抱き合った。
 沙織さんの匂い。ずっと、ずーっとかぎたかった、沙織さんの匂いに包まれる。
 だめ。
 もうこれだけで身体が溶けちゃいそうなのに、今日は、それだけじゃない。
 沙織さんの体温が、沙織さんの柔らかさが、全部直接、肌を通じて伝わってくる。

「…会いたかった」
「私も」

 私は頬を沙織さんの頬にこすりつけた。
 沙織さんの肌は暖かくて、吸い付きそうで、気持ちよくて。

「よく頑張ったね、未来」
「うん…沙織さんに、会いたかったから…」

 ぎゅーってしてもらう。
 ぎゅーってしかえす。
 気持ちいい。
 幸せ。脳が耳から溶けて零れちゃいそう。

「私、中学、卒業しました」
「うん。未来、もう中学生じゃないんだね」
「少しだけ、沙織さんに…近づけました」

 私の言葉を聞いて、沙織さんが私を抱きしめる力が強くなる。さっきより密着できて、沙織さんの匂いが強くなる。

「うん…背だって、そろそろ抜かされちゃいそう」
「私…もう子供じゃありません」

 力いっぱい、背伸びをする。
 沙織さんに言わせれば、私はまだまだ子供だろうけど…でも、それでも、少しでも近づいていきたいんだ。

 沙織さんが、そっと私の頬に手を触れる。
 心臓が、跳ねる。
 キス、したい。
 私、いま、すごく、キスしたい。

 潤んだ瞳で、沙織さんを見る。
 沙織さんも、私と同じ目をしている。
 なら、それなら。

(沙織さんも、私と同じこと、考えているのかな…)

 でも、沙織さんは、しばらく私の目を見つめた後、そっと身体を離した。私と沙織さんの間に空気の道が流れる。少し寂しいけど、私は沙織さんの残してくれた感触を身体に残していた。

「受験結果でるの、来週だね」
「はい…受かっていたら」

 私、沙織さんの高校に、行きます。
 もう、離れたく…ありません。

 まっすぐに、そう言う。
 沙織さんは、ちょっとだけ寂しそうに微笑んだ。

「…嬉しい。私を追ってきてくれるのは嬉しいんだけど…」
「けど?」
「高校にいるのは、あなたの沙織じゃなくって、水瀬先生、だよ」

 うん。
 分かってる。
 頭では、分かってる。

 何回も、何回も、何回だって、私は繰り返し思う。

 12歳差。
 女同士。
 叔母と姪っ子。

 この関係は、これから先ずっと、私たち2人が生きている間、変わることは決してないんだ。

(だって…だって沙織さんって…未来のお母さんの妹さんだろ?)
(家族じゃないか)
(沙織さん…女じゃないか)
(それに、歳の差だって…)
(…女同士で、家族で、歳の差あって、それって)
(…そういうのって…普通、じゃないよ)

 親友からつげられた言葉を思い出す。
 颯真。
 私の大事な、大事な親友。
 でも、その親友ですら、私の気持ちを知った時、最初にこぼしたのは祝福の言葉ではなく、困惑の言葉だった。

 親友ですら、そんな反応をするんだ。
 それが…関係のない他人だったら…どんな反応が返ってくるかだなんて。

 それが分からない歳では、私はもうなかった。

「お父さんにも…」
「うん、まだ…内緒にしておこうね」

 沙織さんが答える。
 分かっている。
 分かっているけど…

「寂しいです」
「うん」
「苦しいです」
「…うん」
「私が…私が沙織さんを好きだって気持ち、そんなに悪いことなんでしょうか…」
「ううん」

 沙織さんが、そっと、また、抱きしめてくれた。
 今度は優しく…包み込むように。

「悪いわけないよ。だって、未来のおかげで、私、こんなにも幸せなんだから」
「…本当ですか?」
「もちろん」

 ぎゅっと、今度は、強く。

「未来、好きだよ」
「…嬉しいです」
「私が未来のことを好きだって気持ち、悪いことだと思う?」
「そんなわけないですっ」

 そんなわけない。だって、私。
 沙織さんのこと考えるだけで、沙織さんの言葉を聞いているだけで、こんなに幸せな気持ちになれるんだもの。

「今は…まだ…内緒だけど…」
「はい」
「でも、いつか」
「…」
「ちゃんと話せる日が、絶対に来るから」

 唇は触れない。
 でも。
 私たちの心だけは…たしかに、触れ合っていた。



■■■■■


「たっだいまー!」

 玄関のドアが勢いよく開くと、とてとてとてーって音がして、つむぎが真っ先に私に向かって走りこんできた。

「ねーちゃー、おめでとー!」

 全力で抱き着いてくる。
 もう大きくなってきたつむぎの全力は、冗談抜きでちょっと痛い。

「つむぎ、有難うね」

 でも可愛い妹の愛情だから、私も頑張って全身で受け止める。

「保育園、楽しかった?」
「うん、たのしー!」

 満面の笑み。屈託のない笑み。
 愛さずにはいられない。

「あのね、あのね、きょーもあかねせんせい、いっしょにあそんでくれたの!」
「そうかー、よかったねー」

 可愛いなぁ。
 茜先生といえば、前、玲央くんに助けてもらったってお礼言えていなかったな。今度会った時に、改めてちゃんとお礼言っておかなくっちゃ。

「ねーちゃー」
「なに、つむぎ?」
「あかねせんせー、つむぎのおかーちゃーになってくれないの?」
「え?」
「まいにちあかねせんせーいてくれたら、すっごくたのしいよー」
「あはは」

 そうかー。そう来たかー。

「あのね、つむぎ。茜先生にも、茜先生の事情があるんだから、無理言っちゃいけないよ?」
「でも、でも、ねーちゃー」
「なに?」
「とーちゃも、たのしそうに、あかねせんせーとずっとおはなししてたよー」

 私は「え?」と声をあげて。
 沙織さんは「あらあら」とくすっと笑って。
 お父さんだけは…「え…あの、いや、その…」と、なぜかしどろもどろになりながら苦笑していた。


■■■■■


 私の中学卒業のお祝いは、それはそれは豪勢なものだった。
 お腹いっぱい食べて、笑って、楽しんで。
 私も笑っていて。
 つむぎも笑っていて。
 お父さんもにこやかで。
 沙織さんはほほ笑んでいて。
 壁にかけられたお母さんの写真も、心なしか笑っていてくれたような気がする。

 でも、楽しい時間はずっと続くことは無くて。
 やがて夜の帳もおりてきて、沙織さんが帰らなければならない時間がやってきていた。

「今日は楽しかったです」

 そう言いながらコートを羽織ると、沙織さんは玄関へと向かっていった。

「泊っていけばいいのに…」
「こら、未来。沙織さんにだってお仕事があるんだから、無理を言うんじゃないぞ」
「うー」

 お父さんにたしなめられて、私は唇を尖らせる。
 せっかく久々に沙織さんに会えたんだから、もっと沙織さん成分を補充しておきたかった。

「未来が高校に入学したら、毎日会えるから」

 そう言って、沙織さんは笑った。
 沙織さんは私が合格すると信じて疑っていないようだった。

「そう、だよね」

 毎日会える、その言葉が、胸にしみる。
 会える。会えるけど…でも、そこにいるのは、沙織さんじゃなくって、水瀬先生、だよね。
 扉が開かれる。
 吹き込んでくる風は、もう冷たかった。
 お父さんは手を振り、つむぎもぶんぶんと手を振っている。

 私も寂しいけど、手を振る。

「また、ね」
「うん、また」

 風が吹く。
 強い風で、お父さんとつむぎが、一瞬だけ顔を伏せた。
 その瞬間。
 私だけに聞こえるように、沙織さんが、唇を動かした。

(愛してる)

 その唇の動きを読み取って、私は、この時はじめて、ようやく、しっかりと。

 中学を卒業したんだな、と、思った。
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