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【四】
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おしのが重蔵に抱かれてから一年ほど経った頃、雪巻姉さんが遊郭を訪ねてこなくなった。客の噂話で、雪巻姉さんが別宅から放逐されたと知った。本宅の正妻に知られたことが原因らしい。庄右衛門は雪巻姉さんを庇うことなく、あっさり捨てたらしい。真鴨川で雪巻姉さんの水死体が上がったのはそれからすぐだった。身投げだろうというのが役人の見立てだった。
所詮は遊女上がりの囲い者だ。本妻と争ってまで守るつもりなど、さらさら無かったのだろう。おしのは優しく笑う雪巻姉さんを瞼に浮かべながら、夢など見まいと固く誓った。
それから二年余り。重蔵は変わらず春秋に坂巻に来た。他の客とは何かが違うと思いながら、それでもおしのはあくまで客としての重蔵に抱かれた。これからもずっとそれが続くと思っていた。
「今年、俺は船頭になった。船頭は船主の商いの他に自分の荷を積んで、自分の儲けを出すことが許されている。蝦夷で仕入れた鰊粕が思いのほか高く売れて、望外の金を手にすることができた。俺はこの金でお前を身請けしようと思う。一緒に大阪まで船に乗って欲しい」
突然のことに、おしのはすぐに意味が分からなかった。
「あたしを囲いたいの?」
裸の重蔵の肩に顎を乗せておしのは尋ねた。
「囲う? 馬鹿なことを言うな。女房になれと言ってるんだ」
「あたしを?」
「そうだ。お前をだ」
あたしが重蔵さんの女房になる? そんな夢みたいなこと……本当のはずがない。きっと聞き間違いに違いない。そうでなければ優しい冗談よね。ありがとう、重蔵さん。あたしはこのままでいいの。夢は見ない。
「重蔵さん、嬉しい。でもそんな嘘をつかなくていいの。あたしは今のままで十分。こうして会えればそれでいい。いつものようにあたしを抱いて。そしてまた春に会いに来て」
おしのは重蔵にのしかかり、唇を吸った。
翌朝、おしのの見送りを受けて店を出る重蔵が振り向いて言った。
「来年の春また来る。その時もう一度、返事を聞かせて欲しい」
荒れる冬の日本海に船は通わない。大阪へ戻った北前船は、そのまま囲い場に繋がれて冬を越す。水主たちは歩いて故郷に帰り、翌年の春にまた歩いて大阪に集まる。
坂巻の町からも水主の姿は消えるが、代わって農村からの出稼ぎ人夫が増える。冬の間に行われる築港の拡張・改修工事に人手が要るためだ。北前船の季節には及ばないが、雪に覆われた町もそれなりに賑わう。彼らは貧しい生活の足しにするために働くのだが、地元では見るはずもない色街の華やかさに酔って散財する者も多かった。だから冬の間もおしの達遊女は暇ではなかった。
そうやって忙しく働いている間も、おしのは重蔵の言葉を忘れることはなかったが、春までに決めればよいのだからと、答えを先延ばしにしていた。
所詮は遊女上がりの囲い者だ。本妻と争ってまで守るつもりなど、さらさら無かったのだろう。おしのは優しく笑う雪巻姉さんを瞼に浮かべながら、夢など見まいと固く誓った。
それから二年余り。重蔵は変わらず春秋に坂巻に来た。他の客とは何かが違うと思いながら、それでもおしのはあくまで客としての重蔵に抱かれた。これからもずっとそれが続くと思っていた。
「今年、俺は船頭になった。船頭は船主の商いの他に自分の荷を積んで、自分の儲けを出すことが許されている。蝦夷で仕入れた鰊粕が思いのほか高く売れて、望外の金を手にすることができた。俺はこの金でお前を身請けしようと思う。一緒に大阪まで船に乗って欲しい」
突然のことに、おしのはすぐに意味が分からなかった。
「あたしを囲いたいの?」
裸の重蔵の肩に顎を乗せておしのは尋ねた。
「囲う? 馬鹿なことを言うな。女房になれと言ってるんだ」
「あたしを?」
「そうだ。お前をだ」
あたしが重蔵さんの女房になる? そんな夢みたいなこと……本当のはずがない。きっと聞き間違いに違いない。そうでなければ優しい冗談よね。ありがとう、重蔵さん。あたしはこのままでいいの。夢は見ない。
「重蔵さん、嬉しい。でもそんな嘘をつかなくていいの。あたしは今のままで十分。こうして会えればそれでいい。いつものようにあたしを抱いて。そしてまた春に会いに来て」
おしのは重蔵にのしかかり、唇を吸った。
翌朝、おしのの見送りを受けて店を出る重蔵が振り向いて言った。
「来年の春また来る。その時もう一度、返事を聞かせて欲しい」
荒れる冬の日本海に船は通わない。大阪へ戻った北前船は、そのまま囲い場に繋がれて冬を越す。水主たちは歩いて故郷に帰り、翌年の春にまた歩いて大阪に集まる。
坂巻の町からも水主の姿は消えるが、代わって農村からの出稼ぎ人夫が増える。冬の間に行われる築港の拡張・改修工事に人手が要るためだ。北前船の季節には及ばないが、雪に覆われた町もそれなりに賑わう。彼らは貧しい生活の足しにするために働くのだが、地元では見るはずもない色街の華やかさに酔って散財する者も多かった。だから冬の間もおしの達遊女は暇ではなかった。
そうやって忙しく働いている間も、おしのは重蔵の言葉を忘れることはなかったが、春までに決めればよいのだからと、答えを先延ばしにしていた。
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