奴隷魔族の私に、幸せは訪れない〜救いを求めた少女が、世界の敵になるまで〜

鹿の子

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勝てない

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金属音が鳴り響き、真紅の茨が宙を舞う。

リリスは歯を食いしばり、眼前の敵を見据えた。

黒い革鎧に身を包んだ「黒牙」の男は、人間離れした速度で左右に揺れ動きながら、魔導鎖鎌を振るう。

鎌の刃が不可視の風を纏い、リリスの茨を次々と切り裂いていく。

再生が追いつかない。

血を吸って強化されたはずの茨が、まるで枯れ枝のように容易く断たれる。

「遅い」

男が短く吐き捨て、鎌を振り下ろす。

リリスは半身を引いて躱すが、頬に鋭い痛みが走る。

皮一枚を裂かれた。

この男は強い。

これまでの魔物とは次元が違う。

殺すためだけに研ぎ澄まされた、純粋な暴力の具現だ。

リリスは焦りを募らせる。

この男一人に手一杯になれば、誰がエヴァを守るのか。

その懸念は、最悪の形で現実となる。

リリスが鎌の一撃を受け流した瞬間、彼女の視界の端を二つの黒い影が過った。

残る二人の「黒牙」だ。

彼らはリリスを無視し、一直線に後方のエヴァへと向かう。

「しまっ……!」

リリスが叫ぼうとした刹那、眼前の男が踏み込み、強烈な蹴りを放つ。

ドガッという音と共に、リリスの腹部に衝撃が走る。

息が詰まり、体がくの字に折れる。

「余所見とは余裕だな」

男が追撃の構えを取る。

だが、リリスは痛みを無視し、地面を転がって距離を取った。

自分の命などどうでもいい。

視線の先では、二つの影がエヴァの展開する【聖域の盾】の死角、瓦礫によって結界が薄くなっている一点へと殺到していた。

エヴァは気丈に盾を維持していたが、迫りくる死神の気配に顔色を変えた。

「貫け――【影縫いの刃】」

黒牙の一人が詠唱と共に、漆黒の魔力を纏った短剣を投擲する。

それは物理的な障壁を透過する呪いを帯び、エヴァの心臓へと吸い込まれるように飛翔する。

もう一人は、掌に圧縮した闇の魔力を凝縮させ、至近距離から爆発的な破壊魔法を放つ体勢に入る。

「消えろ、術者」

無慈悲な宣告。

エヴァは杖を構えるが、反応速度が違いすぎる。

死が、確定した未来として目前に迫る。

思考する時間はなかった。

リリスは背後の敵に無防備な背中を晒し、全力で跳躍した。

足の筋肉が断裂するほどの力で地面を蹴る。

「エヴァさんッ!!」

彼女は空中で身体を捻り、エヴァと死の刃の間に割り込んだ。

茨を展開する余裕はない。

あるのは、己の肉体という盾のみ。

リリスはエヴァを強く抱きしめ、彼女の視界を自分の体で覆い隠した。

ドン。

重く、鈍い衝撃がリリスの背中を襲った。

短剣が背骨の脇を深々と貫通する。

続いて、闇の魔弾が直撃し、リリスの背中の肉を抉り、肋骨を粉砕する。

「がっ、はぁ……ッ!」

リリスの口から大量の血が噴き出し、エヴァの亜麻色の髪を赤く染める。

時は止まったかのようだった。

リリスの体から力が抜ける。

支えを失った人形のように、彼女はエヴァの胸の中へと崩れ落ちた。

背中からは黒い煙が上がり、傷口からはどす黒い呪いの紋様が広がっていく。

再生能力が働かない。

呪いが傷を塞ぐことを拒絶し、生命力を急速に蝕んでいく。

「……リ、リス……?」

エヴァの震える声が聞こえる。

リリスは薄れる意識の中で、エヴァの顔を見上げようとした。

視界が暗い。

何も見えない。

ただ、エヴァの温かい体温だけが感じられる。

守れた。

その安堵と共に、リリスの手から力が抜け、床に力なく落ちた。

周囲で、黒牙たちの冷酷な足音が近づいてくるのが聞こえた。
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