92 / 97
兵には兵を、王には王を
しおりを挟む
オーギュストは大剣「断崖」を石畳に突き立て、荒い息を吐いた。
肩が大きく上下し、額から滴る汗が血と混ざり合って顎を伝う。
足元の瓦礫の中には、魔導級暗殺者「黒牙」たちの肉塊が散らばっている。
彼らを一撃で屠った膂力は、同時にオーギュスト自身の肉体をも限界へと追い込んでいた。
筋肉が痙攣し、古傷の左膝が悲鳴を上げている。
視界が揺らぐ。
肺が焼け付くように熱い。
「……はっ、はぁ……」
彼は背後を振り返る余裕すらなかったが、気配でエヴァとリリスの無事を感じ取る。
リリスは倒れ、エヴァは彼女に覆いかぶさるようにして守っている。
まだ、守り切れていない。
敵の主力は未だ健在であり、増援の足音は聞こえない。
オーギュストは震える手で大剣の柄を握り直し、己の身体に鞭を打って立ち上がろうとした。
その時、戦場の騒音が不自然に遠のいた。
風が止まる。
空気の密度が変わり、肌を刺すような重圧がホール全体を支配する。
オーギュストの生存本能が警鐘を鳴らし、彼は顔を上げた。
砕け散ったギルドの入口、積み上げられた瓦礫の頂き。
そこに、二つの影が立っていた。
一人は、漆黒のコートを纏い、ねじれた角を持つ青年。
もう一人は、蒼白い氷の鎧を着込み、細身の長剣を帯びた長身の男。
青年が、ゆっくりと歩を進める。
足元の瓦礫が音もなく粉砕され、空間そのものが彼に道を譲るかのように歪む。
メルクリウスである。
その瞳には、燃えるような復讐の炎と、冷徹な理性が同居していた。
「見事だ、老兵」
静かな声だったが、戦場の轟音をかき消してオーギュストの耳に届いた。
「魔力なき身で、我が精鋭黒牙を屠るとは。敬意に値する」
メルクリウスは瓦礫を降り、オーギュストの正面十メートルの位置で立ち止まった。
副官と思われる氷鎧の男が、無言でその斜め後ろに控える。
「だが、理(ことわり)は覆らない」
メルクリウスが掌を広げると、周囲の空間がきしりという音を立てた。
「兵には兵を。王には王を。それが戦場の礼儀というものだ」
彼はオーギュストを指差した。
「さあ、吾らの強みを、思い知らせてやろう」
宣告と共に、副官が一歩前に出た。
「我が名はゼクス。メルクリウス様の剣、蒼氷の咎剣なり」
ゼクスが腰の長剣を抜く。
刀身は透き通るような蒼い氷で形成されており、触れる大気中の水分を瞬時に凍結させ、白い霧を生み出す。
「命令により、貴様の首を貰い受ける」
感情のない声。
その身から放たれる魔力は、先ほどの「黒牙」たちを遥かに凌駕する融合級のそれであった。
オーギュストは口元を歪め、血の混じった唾を吐き捨てた。
「融合級が二人か。豪勢な葬列だ」
彼は大剣を引き抜き、切っ先を二人に向けた。
勝てる道理はない。
万全の状態でも勝算の薄い相手が、二人同時に現れたのだ。
今の彼にあるのは、ただの鉄塊と、老いた肉体のみ。
だが、彼は一歩も退かなかった。
背後には、未来がある。
血を流し、命を削って守ろうとした少女たちがいる。
「名乗りなど不要だ、魔族。俺の名はオーギュスト。鉄槌と坩堝の主にして、ここを守る壁だ」
オーギュストは右足を踏み込み、腰を落として構えを取った。
筋肉が軋み、骨が悲鳴を上げる。
それでも、その瞳だけは、猛禽のように鋭く敵を射抜いていた。
「通るつもりなら、俺の死体を踏んで行け」
肩が大きく上下し、額から滴る汗が血と混ざり合って顎を伝う。
足元の瓦礫の中には、魔導級暗殺者「黒牙」たちの肉塊が散らばっている。
彼らを一撃で屠った膂力は、同時にオーギュスト自身の肉体をも限界へと追い込んでいた。
筋肉が痙攣し、古傷の左膝が悲鳴を上げている。
視界が揺らぐ。
肺が焼け付くように熱い。
「……はっ、はぁ……」
彼は背後を振り返る余裕すらなかったが、気配でエヴァとリリスの無事を感じ取る。
リリスは倒れ、エヴァは彼女に覆いかぶさるようにして守っている。
まだ、守り切れていない。
敵の主力は未だ健在であり、増援の足音は聞こえない。
オーギュストは震える手で大剣の柄を握り直し、己の身体に鞭を打って立ち上がろうとした。
その時、戦場の騒音が不自然に遠のいた。
風が止まる。
空気の密度が変わり、肌を刺すような重圧がホール全体を支配する。
オーギュストの生存本能が警鐘を鳴らし、彼は顔を上げた。
砕け散ったギルドの入口、積み上げられた瓦礫の頂き。
そこに、二つの影が立っていた。
一人は、漆黒のコートを纏い、ねじれた角を持つ青年。
もう一人は、蒼白い氷の鎧を着込み、細身の長剣を帯びた長身の男。
青年が、ゆっくりと歩を進める。
足元の瓦礫が音もなく粉砕され、空間そのものが彼に道を譲るかのように歪む。
メルクリウスである。
その瞳には、燃えるような復讐の炎と、冷徹な理性が同居していた。
「見事だ、老兵」
静かな声だったが、戦場の轟音をかき消してオーギュストの耳に届いた。
「魔力なき身で、我が精鋭黒牙を屠るとは。敬意に値する」
メルクリウスは瓦礫を降り、オーギュストの正面十メートルの位置で立ち止まった。
副官と思われる氷鎧の男が、無言でその斜め後ろに控える。
「だが、理(ことわり)は覆らない」
メルクリウスが掌を広げると、周囲の空間がきしりという音を立てた。
「兵には兵を。王には王を。それが戦場の礼儀というものだ」
彼はオーギュストを指差した。
「さあ、吾らの強みを、思い知らせてやろう」
宣告と共に、副官が一歩前に出た。
「我が名はゼクス。メルクリウス様の剣、蒼氷の咎剣なり」
ゼクスが腰の長剣を抜く。
刀身は透き通るような蒼い氷で形成されており、触れる大気中の水分を瞬時に凍結させ、白い霧を生み出す。
「命令により、貴様の首を貰い受ける」
感情のない声。
その身から放たれる魔力は、先ほどの「黒牙」たちを遥かに凌駕する融合級のそれであった。
オーギュストは口元を歪め、血の混じった唾を吐き捨てた。
「融合級が二人か。豪勢な葬列だ」
彼は大剣を引き抜き、切っ先を二人に向けた。
勝てる道理はない。
万全の状態でも勝算の薄い相手が、二人同時に現れたのだ。
今の彼にあるのは、ただの鉄塊と、老いた肉体のみ。
だが、彼は一歩も退かなかった。
背後には、未来がある。
血を流し、命を削って守ろうとした少女たちがいる。
「名乗りなど不要だ、魔族。俺の名はオーギュスト。鉄槌と坩堝の主にして、ここを守る壁だ」
オーギュストは右足を踏み込み、腰を落として構えを取った。
筋肉が軋み、骨が悲鳴を上げる。
それでも、その瞳だけは、猛禽のように鋭く敵を射抜いていた。
「通るつもりなら、俺の死体を踏んで行け」
0
あなたにおすすめの小説
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
復讐の悪女になるはずが、天使系義兄からピュアな執着と溺愛で邪魔されてます!
鈴宮(すずみや)
恋愛
サウジェリアンナ王国の王女エルシャは、不幸だった前世の記憶を持って生まれてきた。現世ではみんなから愛され、幸せになれると信じていたエルシャだったが、生後五ヶ月で城が襲撃されてしまう。
絶体絶命かと思いきや、エルシャは魔術師の男性から救出された上『リビー』という新たな名前を与えられ、養女として生きることに。
襲撃がジルヴィロスキー王国によるものと気づいたリビーは、復讐のため王太子妃になることを思いつく。けれど、義理の兄であるゼリックがあまりにもリビーを溺愛するため、せっかく王太子アインハードに近づくことに成功しても、無邪気に邪魔され計画がうまく進まない。
ゼリックの干渉を減らすためリビーは彼の婚約者を探したり、ゼリック抜きでアインハードとお茶をして復讐を成功させようと画策する。
そんな中、十六歳に成長したリビーはアインハードと同じ学園に入学し、本格的なアプローチを開始する。しかし、ゼリックが講師として学園へ来てしまい、チャンスをことごとく潰されてしまう。
(わたしは復讐がしたいのに!)
そう思うリビーだったが、ゼリックから溺愛される日々はとても幸せで……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる