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シャルル=ヘイストンの華麗なる事情 【side B】
シャルルの事情 ㉔
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「無いって…一体どういう事なの?姉さま」
僕は蟀谷を押さえながら姉さまに尋ねた。
姉さまは頬をぷくぷく艶々させ、妊娠7ヶ月のそのまん丸なお腹を付き出しながら僕へと言った。
「だ・か・ら――あんたの寝る客間の寝室が無いのよ、天井の雨漏りのせいで。一昨日迄の雨のせいで客間一体が全滅しちゃったのよ」
「なんで早く連絡をくれないんだよ。分かっていたら引き返したのに」
「おかしいわね、昨日連絡用の馬車は町の方から送ったわよ?
まあ…でもヘイストンで使っている馬車みたいに性能が良いわけじゃないから。もしかして山道の何処かで脱輪をして滑って、そのまま…かもね」
僕は淡々と云う姉さまの顔を見てから、深くため息をついた。
「平気な顔で怖い事を言わないでおくれよ…全く」
++++++
ジョシュア様へ王国からの支度金の横領について持ち帰った資料だけでも莫大な金額に上ると分かり、僕とデヴィッドはその犯罪の証拠帳簿の確定への洗い出しに多くの時間と手間をかける事になった。
また現陛下や王太子殿下の近接になっていない多くの王子様・姫君と(特に今回の貴族グループが関わっていたであろう方々)または庶子に至る方々まで、『一度全ての支度金の行方を確認した方が良かろう』と、『陛下からの直々の命』にて僕等ヘイストン家を筆頭とした『金脈の門番・国庫の番人』と呼ばれる金融に強い貴族等で、莫大な量に上る帳簿とのにらめっこをする事になったのである。
姉さまの我が家への告発から発覚とした事件とは言え、政界や金融界を揺るがさんばかりの大事件に発展したのは間違いが無い。
しかも王太子であられるヘンリー殿下は、彼の側近の一人が以前の高等科の生徒会長だった事もあり、事前に僕の話も聞いていたのだろう…妙な親近感を持っている様だった。
また我がヘイストン家から嫁いだ姉が『帳簿を一発で見抜いて告発をした』という件がお気に入りなのか、双子の弟である僕にもいささか過剰な期待を寄せて…いや、多くの期待をして下さるのは素晴らしい事なのだろう、多分。
しかしこの渋いビジュアルの王太子殿下…40歳近いだろうに、性欲もナニもまだバキバキなのか仕事以外の時間で僕とコミュニケーションを取る際、(僕の為に良かれと勘違いしているのか)上手にぼかしつつも自分の妻達との閨の話や新しい愛人との変わったプレイの内容(僕にとってはマジでどうでも良い話である)を振ってくるのが、大変厄介な御仁である。
ただし女性関連の話を延々としてくる…いや、して下さる辺り殿下は僕がゲイだとは知らないのだろう。(元生徒会長は口が堅いのだ)
先日も殿下の話が余りにもくだらない…いや高尚過ぎて、僕が別の事を考えつつ微笑み適当に相槌をしている最中、殿下にふと質問をされたのを一瞬気付かなかった。
「シャルル君は好きなタイプの女の子はいるのか?」
「――は?…はい?…ええと、殿下それはどういった意味で…」
丁度その時、先日の観劇の最中の…お気に入りの美青年の尻を思い出していた僕はいきなり現実に引き戻され、殿下の質問の意味が分からず思わず聞き直した。
「いや、俺の娘のうちの何人かがそろそろ学園の中等部に上がるのだ。
どうかと思ってね」
何年かぶりに――僕の頭は真っ白になった。
「…は、いえ、僕――ええと、僕実はずっと想っている女性がおりまして…」
僕は無意識にそんな事を言っていた。
「ほう、君がか…?そうなのか?それは興味があるな。
一体どんな女性なのだ?」
「…美しく可愛らしく…機転も利くとても頭の良い女性です。
優しく潔くけれど、僕の…いえ、大事な物を必死で守ろうとする女性です」
「ほう…」
粛々とつかえつかえに話しをする僕を殿下は驚いた様に見つめていたが、その後はうんうんと深く頷いた。
「それはなかなかの…君は貴重な女性に出会ったのだな」
「…そうですね。本当にそう思います」
++++++
姉さまがジョシュア様と結婚するためにリンドン領へと旅立った後の事だ。
視察からヘイストン家に戻った僕は、姉さまが『ジョシュア様の所へ嫁ぐために早々にヘイストンを出た』と聞き、姉さまの馬車を追いかけようとした。
それを珍しく厳しい声で止めたのは…父上だった。
エントランスでトーマスへと馬車の準備をさせていたら、父上がやって来て僕へと重々しく告げたのだ。
「止めなさい、シャルル…儂はアリシアと約束をしているのだよ」
「や…約束?…姉さまとですか?」
「そうだ――当主争いに負けたら…シャルルを諦めて嫁に行くという約束だ」
「僕を?…諦める?…」
(何だ、それは…聞いていない)
僕は――聞いていない。
『お前が当主争いにそこまで拘る理由はなんだ?』
父上も…僕と同じ疑問を抱いたのだろう、姉さまにそう尋ねた。
『正当な当主継承者がいるのに、何故ヘイストン侯爵家に拘るのか?』
「王立学園に入る直前位の話だ。あれの…デビュタントの事もあったからな。その時儂はアリシアとしっかりと話しをする機会を設けたのだ」
父上は姉上に違う領地を与えそこで女当主に成る事も薦めたらしいのだが、姉さまは首を縦に振らなかったらしい。
「アリシアは…『ヘイストン家を出たくない』と言っておった。
泣きながら『シャルルの側を…離れたくない』とな」
僕は呆然と――父上の顔を見つめた。
僕はその時に思い出した。
姉さまのベッドの枕元のあった『ロマンス小説』の――僕に似た姿の男達を。
『姉さまはそんな昔からずっと…僕を好きだったのか』
「それからこうも言っておったぞ、シャルル」
『わたしはとても諦めが悪いのです、お父様。
わたしは男の子ではないけれど、もし女当主になれば…堂々とヘイストン家に居られるでしょう。
そうすればシャルルの側に居て、何かあれば彼を助ける事も出来る。
亡きお母様が、昔わたしに頼んだ様に』
「亡きお母様の件が何の事やらが、儂には教えてくれんかったが…」
父上のその言葉に僕は心当たりがあった。
自分の性癖の事を直に相談したのは――母上だけだ。
グルグルと思考だけが回り、僕の全身はぶるぶると震えた。
その場で手の平を強く握り締め、唇を強く噛み締めた口の中では血の味がする。
そうでもしないとその場で大声で叫んでしまいそうだった。
『姉さまはずっと昔から僕がゲイだと知っていた。知っていて…僕を愛していた』
『…だからか』
突然啓示がおりてきた様に、僕は覚った。
(だからあの時、姉さまは泣いたのだ)
僕が姉さまの部屋で本を取り上げた日の事だ。
僕がゲイだと知っていたのに、あの『ロマンス小説』を持っていたのが僕にバレてしまった。
(姉さまは…堪らない気持ちになったのに違いない)
『あの時も…ダニエラ=フィリプスの時もその気持ちを秘めつつずっと…僕とヘイストン家を守る為に一人で…』
くぐもった声を発しながら、その場で瘧に掛かった様にただ身体を震わせる僕を見て、父上は更に言った。
「アリシアはこうも言った。『立つ鳥は跡を濁さずです。シャルルにはどうぞ負けた者は打ち捨てて、前へ進む様にとお伝えください』とな。
だからアリシアを追いかけてはならぬ」
もう――限界だった。
僕は何かを(自分でも覚えていない)叫びながら――エントランスにあった花の活けてある花瓶を床に投げつけ、入口扉近くに飾ってある甲冑を引き倒し、コンソールの上に飾ってあった燭台や置物を全て床へ払い落とした。
目に見えるもの全てを壊して、それでも収まらず…ありとあらゆる家具を蹴り、床を踏み鳴らし――使用人は遠巻きに僕の行動を吃驚した様にひそひそと話していたが、父上は僕の中の嵐の様に吹き荒れる感情が収まるのをじっと見つめながら待っていた。
「シャルル…」
激しく息切れをしながらその場に立ち尽くす僕を、父上は本当に何年かぶりに抱きしめた。
「済まなかった…シャルル。お前達姉弟にそんな思いまでさせて…当主争いなどさせるべきでは無かった」
(ああ…僕はいつの間にか父上の身長も越してしまっていた)
優しく背中を撫でる父上の手を感じながら、僕は声を上げて泣いた。
そんな風に声を上げて激しく泣くのは母上の葬儀以来の事だったのだ。
++++++
「くそ…」
(こんなところで眠れるか…!)
――僕は雨漏りの酷いと言われる客間の寝室部屋を見上げた。
古い造りの城だと云うのは見ればすぐ分かる。
以前はそれ程まじまじとは見なかったが、壁紙を良くみれば黴の様な黒っぽいシミが出来ていた。
以前から雨漏りはあったのかもしれない。
じめじめとした室内の天上からポタポタと水滴が落ちて来て、ツルツルとこれまた滑りそうな床には花瓶や鍋や大きなカップが受け皿のごとく並んでいるのを見て、流石に僕の気持ちは萎えた。
「…あれ?シャルル様、やっぱりそこの部屋で泊まるんですかい?」
僕の後ろで男の低い声が聞こえた。
振り向くとコック望を指先で回したジャドー=エロイーズ=ルディが、明るい褐色の髪をさらりと揺らしながら立っている。
こいつはデヴィッドの同級生の為か、僕に妙な敬語を使うから何だかやり難い。
「やっぱりって…どういう意味なんだい?」
「だって…今夜はアリシア奥様と同じ寝室で寝る様にいわれたんでしょう?」
「そんな事出来る訳が無いだろう…!?残りの帳簿と資料も馬車に積んだし、デヴィッドが戻ったら僕は直ぐに帰るよ」
そうなのだ。
到着早々、使える大きな客間用寝室が無いという事で、恐ろしい事だが――姉さまからそんな話が出た。
(勿論僕は直ぐに拒否をした)
ジャドー=エロイーズ=ルディは頷きながら僕へと言った。
「成程、そうっすよねー…。
でもブレナー子爵は今日城へ戻って来るのが難しいみたいですよ?」
僕は蟀谷を押さえながら姉さまに尋ねた。
姉さまは頬をぷくぷく艶々させ、妊娠7ヶ月のそのまん丸なお腹を付き出しながら僕へと言った。
「だ・か・ら――あんたの寝る客間の寝室が無いのよ、天井の雨漏りのせいで。一昨日迄の雨のせいで客間一体が全滅しちゃったのよ」
「なんで早く連絡をくれないんだよ。分かっていたら引き返したのに」
「おかしいわね、昨日連絡用の馬車は町の方から送ったわよ?
まあ…でもヘイストンで使っている馬車みたいに性能が良いわけじゃないから。もしかして山道の何処かで脱輪をして滑って、そのまま…かもね」
僕は淡々と云う姉さまの顔を見てから、深くため息をついた。
「平気な顔で怖い事を言わないでおくれよ…全く」
++++++
ジョシュア様へ王国からの支度金の横領について持ち帰った資料だけでも莫大な金額に上ると分かり、僕とデヴィッドはその犯罪の証拠帳簿の確定への洗い出しに多くの時間と手間をかける事になった。
また現陛下や王太子殿下の近接になっていない多くの王子様・姫君と(特に今回の貴族グループが関わっていたであろう方々)または庶子に至る方々まで、『一度全ての支度金の行方を確認した方が良かろう』と、『陛下からの直々の命』にて僕等ヘイストン家を筆頭とした『金脈の門番・国庫の番人』と呼ばれる金融に強い貴族等で、莫大な量に上る帳簿とのにらめっこをする事になったのである。
姉さまの我が家への告発から発覚とした事件とは言え、政界や金融界を揺るがさんばかりの大事件に発展したのは間違いが無い。
しかも王太子であられるヘンリー殿下は、彼の側近の一人が以前の高等科の生徒会長だった事もあり、事前に僕の話も聞いていたのだろう…妙な親近感を持っている様だった。
また我がヘイストン家から嫁いだ姉が『帳簿を一発で見抜いて告発をした』という件がお気に入りなのか、双子の弟である僕にもいささか過剰な期待を寄せて…いや、多くの期待をして下さるのは素晴らしい事なのだろう、多分。
しかしこの渋いビジュアルの王太子殿下…40歳近いだろうに、性欲もナニもまだバキバキなのか仕事以外の時間で僕とコミュニケーションを取る際、(僕の為に良かれと勘違いしているのか)上手にぼかしつつも自分の妻達との閨の話や新しい愛人との変わったプレイの内容(僕にとってはマジでどうでも良い話である)を振ってくるのが、大変厄介な御仁である。
ただし女性関連の話を延々としてくる…いや、して下さる辺り殿下は僕がゲイだとは知らないのだろう。(元生徒会長は口が堅いのだ)
先日も殿下の話が余りにもくだらない…いや高尚過ぎて、僕が別の事を考えつつ微笑み適当に相槌をしている最中、殿下にふと質問をされたのを一瞬気付かなかった。
「シャルル君は好きなタイプの女の子はいるのか?」
「――は?…はい?…ええと、殿下それはどういった意味で…」
丁度その時、先日の観劇の最中の…お気に入りの美青年の尻を思い出していた僕はいきなり現実に引き戻され、殿下の質問の意味が分からず思わず聞き直した。
「いや、俺の娘のうちの何人かがそろそろ学園の中等部に上がるのだ。
どうかと思ってね」
何年かぶりに――僕の頭は真っ白になった。
「…は、いえ、僕――ええと、僕実はずっと想っている女性がおりまして…」
僕は無意識にそんな事を言っていた。
「ほう、君がか…?そうなのか?それは興味があるな。
一体どんな女性なのだ?」
「…美しく可愛らしく…機転も利くとても頭の良い女性です。
優しく潔くけれど、僕の…いえ、大事な物を必死で守ろうとする女性です」
「ほう…」
粛々とつかえつかえに話しをする僕を殿下は驚いた様に見つめていたが、その後はうんうんと深く頷いた。
「それはなかなかの…君は貴重な女性に出会ったのだな」
「…そうですね。本当にそう思います」
++++++
姉さまがジョシュア様と結婚するためにリンドン領へと旅立った後の事だ。
視察からヘイストン家に戻った僕は、姉さまが『ジョシュア様の所へ嫁ぐために早々にヘイストンを出た』と聞き、姉さまの馬車を追いかけようとした。
それを珍しく厳しい声で止めたのは…父上だった。
エントランスでトーマスへと馬車の準備をさせていたら、父上がやって来て僕へと重々しく告げたのだ。
「止めなさい、シャルル…儂はアリシアと約束をしているのだよ」
「や…約束?…姉さまとですか?」
「そうだ――当主争いに負けたら…シャルルを諦めて嫁に行くという約束だ」
「僕を?…諦める?…」
(何だ、それは…聞いていない)
僕は――聞いていない。
『お前が当主争いにそこまで拘る理由はなんだ?』
父上も…僕と同じ疑問を抱いたのだろう、姉さまにそう尋ねた。
『正当な当主継承者がいるのに、何故ヘイストン侯爵家に拘るのか?』
「王立学園に入る直前位の話だ。あれの…デビュタントの事もあったからな。その時儂はアリシアとしっかりと話しをする機会を設けたのだ」
父上は姉上に違う領地を与えそこで女当主に成る事も薦めたらしいのだが、姉さまは首を縦に振らなかったらしい。
「アリシアは…『ヘイストン家を出たくない』と言っておった。
泣きながら『シャルルの側を…離れたくない』とな」
僕は呆然と――父上の顔を見つめた。
僕はその時に思い出した。
姉さまのベッドの枕元のあった『ロマンス小説』の――僕に似た姿の男達を。
『姉さまはそんな昔からずっと…僕を好きだったのか』
「それからこうも言っておったぞ、シャルル」
『わたしはとても諦めが悪いのです、お父様。
わたしは男の子ではないけれど、もし女当主になれば…堂々とヘイストン家に居られるでしょう。
そうすればシャルルの側に居て、何かあれば彼を助ける事も出来る。
亡きお母様が、昔わたしに頼んだ様に』
「亡きお母様の件が何の事やらが、儂には教えてくれんかったが…」
父上のその言葉に僕は心当たりがあった。
自分の性癖の事を直に相談したのは――母上だけだ。
グルグルと思考だけが回り、僕の全身はぶるぶると震えた。
その場で手の平を強く握り締め、唇を強く噛み締めた口の中では血の味がする。
そうでもしないとその場で大声で叫んでしまいそうだった。
『姉さまはずっと昔から僕がゲイだと知っていた。知っていて…僕を愛していた』
『…だからか』
突然啓示がおりてきた様に、僕は覚った。
(だからあの時、姉さまは泣いたのだ)
僕が姉さまの部屋で本を取り上げた日の事だ。
僕がゲイだと知っていたのに、あの『ロマンス小説』を持っていたのが僕にバレてしまった。
(姉さまは…堪らない気持ちになったのに違いない)
『あの時も…ダニエラ=フィリプスの時もその気持ちを秘めつつずっと…僕とヘイストン家を守る為に一人で…』
くぐもった声を発しながら、その場で瘧に掛かった様にただ身体を震わせる僕を見て、父上は更に言った。
「アリシアはこうも言った。『立つ鳥は跡を濁さずです。シャルルにはどうぞ負けた者は打ち捨てて、前へ進む様にとお伝えください』とな。
だからアリシアを追いかけてはならぬ」
もう――限界だった。
僕は何かを(自分でも覚えていない)叫びながら――エントランスにあった花の活けてある花瓶を床に投げつけ、入口扉近くに飾ってある甲冑を引き倒し、コンソールの上に飾ってあった燭台や置物を全て床へ払い落とした。
目に見えるもの全てを壊して、それでも収まらず…ありとあらゆる家具を蹴り、床を踏み鳴らし――使用人は遠巻きに僕の行動を吃驚した様にひそひそと話していたが、父上は僕の中の嵐の様に吹き荒れる感情が収まるのをじっと見つめながら待っていた。
「シャルル…」
激しく息切れをしながらその場に立ち尽くす僕を、父上は本当に何年かぶりに抱きしめた。
「済まなかった…シャルル。お前達姉弟にそんな思いまでさせて…当主争いなどさせるべきでは無かった」
(ああ…僕はいつの間にか父上の身長も越してしまっていた)
優しく背中を撫でる父上の手を感じながら、僕は声を上げて泣いた。
そんな風に声を上げて激しく泣くのは母上の葬儀以来の事だったのだ。
++++++
「くそ…」
(こんなところで眠れるか…!)
――僕は雨漏りの酷いと言われる客間の寝室部屋を見上げた。
古い造りの城だと云うのは見ればすぐ分かる。
以前はそれ程まじまじとは見なかったが、壁紙を良くみれば黴の様な黒っぽいシミが出来ていた。
以前から雨漏りはあったのかもしれない。
じめじめとした室内の天上からポタポタと水滴が落ちて来て、ツルツルとこれまた滑りそうな床には花瓶や鍋や大きなカップが受け皿のごとく並んでいるのを見て、流石に僕の気持ちは萎えた。
「…あれ?シャルル様、やっぱりそこの部屋で泊まるんですかい?」
僕の後ろで男の低い声が聞こえた。
振り向くとコック望を指先で回したジャドー=エロイーズ=ルディが、明るい褐色の髪をさらりと揺らしながら立っている。
こいつはデヴィッドの同級生の為か、僕に妙な敬語を使うから何だかやり難い。
「やっぱりって…どういう意味なんだい?」
「だって…今夜はアリシア奥様と同じ寝室で寝る様にいわれたんでしょう?」
「そんな事出来る訳が無いだろう…!?残りの帳簿と資料も馬車に積んだし、デヴィッドが戻ったら僕は直ぐに帰るよ」
そうなのだ。
到着早々、使える大きな客間用寝室が無いという事で、恐ろしい事だが――姉さまからそんな話が出た。
(勿論僕は直ぐに拒否をした)
ジャドー=エロイーズ=ルディは頷きながら僕へと言った。
「成程、そうっすよねー…。
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