『不幸体質』の子豚令嬢ですが怪物少年侯爵に美味しくいただかれるのは遠慮させていただきます

花月

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18 ダニエル様の吸血化 ①

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「…ううっ…はっ…」
ダニエル様は地面に伏せたまま、苦しみの声を上げていた。

「ダ、ダニエル様っ!」

わたしは慌てて魔方陣から出てダニエル様の所へ駆け寄ろうとした。
すると直ぐに鋭いダニエル様の声が響く。

「…ダメだ!その魔方陣から出ないで!キャロル…っああっ…!」
「で、でも…ダニエル様っ…」

ダニエル様が地面にうつ伏せで転がったまま苦しむ様子を、黙って見ているだけなんていられない。

その時ダニエル様の側に走って来たミハエル神父が、ダニエル様の側に膝をついた。
「…ダニエル…、くそっ…魔法陣から魔力を抜かれ、生気のない状態で呪いを吸い込んだせいで、急速な吸血化が進んでいる…」

「…あっ…うぅ…っは…ミハエル、早く、何とかしろ…」

ダニエル様の身体は、今や不思議な事に伸び縮み繰り返している様だった。

黒髪と銀髪にくっきりと分かれていた髪は、見る見るうちに銀色の髪に変わり、苦しみの余り地面に立てた爪がメリメリと長く伸びて来ている。

小さな少年の身体は長く引き伸ばされ、時折背の高い青年の姿になったかと思えば、また少年の姿に戻るのを繰り返していた。
何だか不思議な手品の術を見せられているかのようだ。

「何とかしろってな…」
ミハエル神父は、ちッとまた小さく舌打ちをした。

「くそ…今のお前の姿では、俺の清められた生気は吸えないだろうが。お前が完全に吸血化したら、俺がそのまま退治せにゃならんのだぞ、馬鹿が…」

忌々しそうに言ったミハエル神父は、ふと顔をあげるとわたしの方を見た。

そしてそのまま――視線を止めて目を細め、暫くわたしを見つめてから…口を開いた。
「……おい…あんた、キャロルだっけ?あんた、確かダニエルの嫁になるんだろ?」

 +++++

『ダニエルの嫁になるんだろ?』
ミハエル神父にそう言われて、わたしは一瞬身体と思考が固まった。

わたしの実家…イーデン伯爵家ではどう思っていたんだっけ。
結婚して『餌の様に頂かれる』と思っていたイーデン家での話を、わたしは思い出していた。

『黙って餌になるなんて、嫌だわ』
簡単に美味しくいただかれるのはご免だわと思っていた。
『隙あらば逃げていいかな』…とも思う位だったのだ。

それが、何だか拍子抜けする程、事情が変わっていて。

警戒しながらモルゴール侯爵邸にやって来たわたしは、まずわたしの秘かな推し『ラインハルト少年』そっくりなダニエル様の姿にびっくりしてしまって。

それからドレスのボタンを吹っ飛ばす珍事件を起こした令嬢らしからぬわたしへ、丁寧に対応してくれるダニエル様の態度に拍子抜けしてしまって。

そんなダニエル様は、わたしの『不健康』の原因(ミハエル神父によると『古い魔女の呪』だというけれど)を探して何とか治そうと手を尽くして下さって。

商店街では姿を消した(迷子になったと思ったらしいけれど)わたしを捜して下さって。

哀しい歴史を持つモルゴール家の成り立ちを、わざわざわたしに『分かち合って貰いたい』と真摯に向き合って話をして下さって。

そして今は――わたしを庇って、わたしの呪いを身体に受けて苦しんでいらっしゃるのだ。

『どうしたらいいの?』

けれど、ダニエル様が今苦しんでいるのは――元はと云えばわたしのせいだ。
ミハエル神父にあんなに注意されていたのに、うっかりわたしが魔方陣から出てしまったからだ。

ダニエル様が今苦しんでいるのは、わたしの『呪い』をわたしの代わりに受けたからなのだ。

だからわたしは。
喉をゴクリと鳴らしてから、ミハエル神父に震える声で答えた。

「…はい、そうです。ダニエル様の奥様になる為にきました…」

 +++++

「なら、そこの魔方陣から出て来い」

ミハエル神父は、忙しなく姿がかわるダニエル様を見つめながら、何処までも冷静な声でわたしへと云った。

途端にダニエル様から抗議の声が上がる。

「止めろ!…通常ならともかく、今の僕の状態で生気を吸うのを彼女の身体が耐えられるか分からないんだぞ」

「何言ってんだ、ダニエル。目ざといお前の事だ。見て直ぐにあの娘の体質を見抜いたろう?生気をタンクの様に無尽蔵に溜められるからこそあの娘を気に入ったんだろう?」

「…え…?」
(わたしの体質?)

ミハエル神父の究極のノンデリ発言に、わたしの足の歩みは止まった。

『…生気が無尽蔵に溜められる?』

「そ、そうなんですか…?それでダニエル様は…?」

(『好きなだけ、生気を吸う事が出来る』って事?)

やっぱりわたしを『餌』だと思っていたという事なのか。

わたしは思わず、じり…と、一歩魔方陣の中央へ戻ってしまった。

(当り前じゃない。そう言って陛下にお願いをしたんだから)

分かり切っている筈の事なのに、何故かわたしの胸はチクリと痛んだ。

ダニエル様はじっと地面に顔を伏せたまま黙っていたけれど、暫くしてから苦しそうに小さく言葉を吐いた。

「そうだよ…だから、お願いだ。キャロル、君はその魔方陣から出てはいけない。僕の事は…自分で何とかするから…ミハエル、頼む…うっ……」

もうすでに少年の姿はとどめてはおけないのだろう、地面に長く伸びた爪を食い込ませ、完全に青年の姿に完全に戻ったダニエル様は、真っ黒なマントを纏っている様にも見える。

「馬鹿野郎!こんな時にやせ我慢してる場合か!?」

とうとう我慢出来ないと云った様にいきなり立ち上がったミハエル神父は、ダニエル様へ向かって怒鳴った。
そして、そのまま手に持っていた剣を地面に伏せて藻掻くダニエル様にスッと突き付ける。

「――このままお前が完全に吸血化したら、準備の無い俺では完全に封じれん。逃がしてしまえば、確実に街の人間の二百人やそこらは殺して生気を吸うだろう。もしも、そうなったら…問題はこの領土内だけでは済まなくなるぞ」

ミハエル神父の空色の美しい瞳は、ぞっとする程冷え冷えと光っている。

その瞳を見た途端、先程の黒いうねうね雲を見た時よりも、恐怖でわたしの背筋は凍りつきそうになった。

「このモルゴール家の完全な取り潰しだけでは終わらん。帝国内の…他にも怪しいと云われる魔人系家系にも影響が出る。下手すりゃ、昔の様な魔女狩りが始まるぞ。そうなる前にいっそ、今…お前を殺した方がいいかもな」

その言葉を聞いた瞬間――わたしは思わず魔方陣から外へと転ぶ様に、飛び出していた。

「待って!…待ってください…!」
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