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41 卒業
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三学期はすでに始まっていた。
一月末から女学校や各種学校の入学試験が始まった。六年生の教室に全員そろうことは希になった。
私も生徒の書類作成や自分の試験の準備で忙しくなった。
来年度から制度が新しくなり、代用教員は勤務先の学校に籍を置いたまま師範学校か大学の昼間の教員養成課程で二年間必要単位を履修すれば正教員の資格を取得できるようになった。その間、不足する人員を補充するための人件費が国から学校に補助されることも決まった。
国の立法を司る上院(公家・大名・旗本・僧侶・神職の代表者)と下院(各地方ごとに選挙で選ばれた町人の代表者)で可決決定された翌日、制度の利用を校長に相談すると受理された。
私は府内の女子大の国文科のコースを受験するため小論文試験の準備を始めた。
夫も今の総務省の仕事や引継ぎで多忙だった。さらには西の丸での小姓勤めに備えて城に泊まりこみで研修を受けることになった。小姓勤めは将軍御一家のプライバシーに関わる特殊な仕事だからということだった。
また会えない日々が続く。でも、前とは違う。私と夫には絆がある。心と体が結びついた強力な絆が。
屋敷替えも決まった。西の丸に近く大名・旗本屋敷の多い地域である。
母上はリフォームした屋敷が人手に渡るとショックを受けていた。先々代から同じ場所に住んでいたので転居することになるとは思っていなかったから好きに改築したのだと言う。通常屋敷替えになったら前の状態に戻さねばならず経済的にも痛手だった。
ところが、うちの屋敷に住むことになる新たな住人はこのままでいいと言う。腰の悪い隠居が今まで住んでいた和式の家だと不便だからということだった。確かに洋式の御不浄のほうが腰の悪い老人には使いやすかろう。
それに転居先の屋敷も最新式の洋式の御不浄やIHヒーターのある台所があり、下見をした母は悪くないと思ったようだった。何より、ちゃんとした車庫があった。普通車が二台入る大きさだった。ずいぶん羽振りのいい人が住んでいたものと思っていると、前の住人は昌平黌の入試不正事件で子息を不正に入学させた旗本で職を辞し小普請組入りしたのだった。
引っ越しの準備も加わり、私達は大忙しだった。夫が研修でいないということで、日本橋の伯父上が引っ越し配送業者を手配してくれた。おかげで引っ越し当日は助かった。
あっという間に卒業式の日となった。
梅組の生徒たち全員の進路が決まった。入試に関しては第一志望に落ちた生徒が三人いたが二人は第二志望に合格、一人は補欠入学の知らせが届いた。就職は全員合格。私が卒業した定時制女学校に合格した生徒は私が勤めていた弁当屋への就職も決まった。
式典はつつがなく終わった。
教室へ戻り一人一人に卒業証書を手渡した。
健康に気を付けて、それぞれの進路先で一生懸命勉強し働き、まわりの人と協力し合い、幸せな将来を築いて欲しいと話した後、組長の由岐子さんが立ち上がった。
先生とお父さんお母さん、組の仲間に感謝の気持ちを込めて唄いますと言うと生徒全員が立ち上がって唄い始めた。歌は二十世紀の末に秩父の学校の教員が作ったもので卒業式で広く歌われている。この学校では卒業式は「仰げば尊し」と「蛍の光」と決まっているので、式典では唄われない。生徒たちはこの時のために練習してくれたのだろう。
翼を広げて大空へ飛び立っていく生徒たちのしっかりした歌声に、私は涙ぐみそうになったが堪えた。旅立ちに涙は禁物だった。微笑んで見送らねば。
最後のフレーズが終わって数秒遅れて保護者から拍手が巻き起こった。私も両の手でしっかり拍手を送った。
「ありがとう」
自然に言葉が湧き出た。未熟な私を先生と呼んでくれた皆がいたから、私は先生でいられた。ありがとう。
卒業式の後数日は喜びの中にも魂の一部が抜けたような感じがした。
が、ぼうっとしているわけにはいかない。
卒業式の前の日曜日に受験した女子大の結果次第で四月からの計画が変わってしまうのだ。合格すれば昼間の課程で二年間勉強して正教員になれる。不合格だったら、一年学校で勤務しながら翌年の試験の勉強をすることになる。小論文試験は学校での勤務経験があれば比較的論述しやすい設問だったけれど、他の受験生も私同様に勤務経験があるのだから、有利とは言えなかった。
発表はネット上だった。職員室で残務整理をしていても落ち着かない気分だった。
時間になった。
職員室の他の先生方も見守る中、パーソナルコンピューターの閲覧ソフトを立ち上げ、受験票にあるアドレスを入力すると、合格者発表のページが開いた。もう逃げも隠れもできない。
受験番号を目で追った。3、5、9、12、17……23!
あった!
私は思わず立ち上がっていた。
「ありがとうございます」
傍にいた同僚たちの祝福を受けた後、校長室に行き報告した。
校長も喜んでくれた。早速、来年度の手続きの打ち合わせとなった。
話を終え、職員室に戻った後で、夫と母上にメールを送った。すぐに夫から返信があった。
『おめでとう。仕事が終わったら学校まで迎えに行く。どこかで食事をしよう。母上には夕食の用意はいらないとメールした』
二人で食事。まるでデートだと思い、気付いた。私達は結婚する前もしてからも二人だけで外食をしたことがなかった。
浮き立つ心を抑え、私は仕事にとりかかった。残務整理はまだまだ残っている。
一月末から女学校や各種学校の入学試験が始まった。六年生の教室に全員そろうことは希になった。
私も生徒の書類作成や自分の試験の準備で忙しくなった。
来年度から制度が新しくなり、代用教員は勤務先の学校に籍を置いたまま師範学校か大学の昼間の教員養成課程で二年間必要単位を履修すれば正教員の資格を取得できるようになった。その間、不足する人員を補充するための人件費が国から学校に補助されることも決まった。
国の立法を司る上院(公家・大名・旗本・僧侶・神職の代表者)と下院(各地方ごとに選挙で選ばれた町人の代表者)で可決決定された翌日、制度の利用を校長に相談すると受理された。
私は府内の女子大の国文科のコースを受験するため小論文試験の準備を始めた。
夫も今の総務省の仕事や引継ぎで多忙だった。さらには西の丸での小姓勤めに備えて城に泊まりこみで研修を受けることになった。小姓勤めは将軍御一家のプライバシーに関わる特殊な仕事だからということだった。
また会えない日々が続く。でも、前とは違う。私と夫には絆がある。心と体が結びついた強力な絆が。
屋敷替えも決まった。西の丸に近く大名・旗本屋敷の多い地域である。
母上はリフォームした屋敷が人手に渡るとショックを受けていた。先々代から同じ場所に住んでいたので転居することになるとは思っていなかったから好きに改築したのだと言う。通常屋敷替えになったら前の状態に戻さねばならず経済的にも痛手だった。
ところが、うちの屋敷に住むことになる新たな住人はこのままでいいと言う。腰の悪い隠居が今まで住んでいた和式の家だと不便だからということだった。確かに洋式の御不浄のほうが腰の悪い老人には使いやすかろう。
それに転居先の屋敷も最新式の洋式の御不浄やIHヒーターのある台所があり、下見をした母は悪くないと思ったようだった。何より、ちゃんとした車庫があった。普通車が二台入る大きさだった。ずいぶん羽振りのいい人が住んでいたものと思っていると、前の住人は昌平黌の入試不正事件で子息を不正に入学させた旗本で職を辞し小普請組入りしたのだった。
引っ越しの準備も加わり、私達は大忙しだった。夫が研修でいないということで、日本橋の伯父上が引っ越し配送業者を手配してくれた。おかげで引っ越し当日は助かった。
あっという間に卒業式の日となった。
梅組の生徒たち全員の進路が決まった。入試に関しては第一志望に落ちた生徒が三人いたが二人は第二志望に合格、一人は補欠入学の知らせが届いた。就職は全員合格。私が卒業した定時制女学校に合格した生徒は私が勤めていた弁当屋への就職も決まった。
式典はつつがなく終わった。
教室へ戻り一人一人に卒業証書を手渡した。
健康に気を付けて、それぞれの進路先で一生懸命勉強し働き、まわりの人と協力し合い、幸せな将来を築いて欲しいと話した後、組長の由岐子さんが立ち上がった。
先生とお父さんお母さん、組の仲間に感謝の気持ちを込めて唄いますと言うと生徒全員が立ち上がって唄い始めた。歌は二十世紀の末に秩父の学校の教員が作ったもので卒業式で広く歌われている。この学校では卒業式は「仰げば尊し」と「蛍の光」と決まっているので、式典では唄われない。生徒たちはこの時のために練習してくれたのだろう。
翼を広げて大空へ飛び立っていく生徒たちのしっかりした歌声に、私は涙ぐみそうになったが堪えた。旅立ちに涙は禁物だった。微笑んで見送らねば。
最後のフレーズが終わって数秒遅れて保護者から拍手が巻き起こった。私も両の手でしっかり拍手を送った。
「ありがとう」
自然に言葉が湧き出た。未熟な私を先生と呼んでくれた皆がいたから、私は先生でいられた。ありがとう。
卒業式の後数日は喜びの中にも魂の一部が抜けたような感じがした。
が、ぼうっとしているわけにはいかない。
卒業式の前の日曜日に受験した女子大の結果次第で四月からの計画が変わってしまうのだ。合格すれば昼間の課程で二年間勉強して正教員になれる。不合格だったら、一年学校で勤務しながら翌年の試験の勉強をすることになる。小論文試験は学校での勤務経験があれば比較的論述しやすい設問だったけれど、他の受験生も私同様に勤務経験があるのだから、有利とは言えなかった。
発表はネット上だった。職員室で残務整理をしていても落ち着かない気分だった。
時間になった。
職員室の他の先生方も見守る中、パーソナルコンピューターの閲覧ソフトを立ち上げ、受験票にあるアドレスを入力すると、合格者発表のページが開いた。もう逃げも隠れもできない。
受験番号を目で追った。3、5、9、12、17……23!
あった!
私は思わず立ち上がっていた。
「ありがとうございます」
傍にいた同僚たちの祝福を受けた後、校長室に行き報告した。
校長も喜んでくれた。早速、来年度の手続きの打ち合わせとなった。
話を終え、職員室に戻った後で、夫と母上にメールを送った。すぐに夫から返信があった。
『おめでとう。仕事が終わったら学校まで迎えに行く。どこかで食事をしよう。母上には夕食の用意はいらないとメールした』
二人で食事。まるでデートだと思い、気付いた。私達は結婚する前もしてからも二人だけで外食をしたことがなかった。
浮き立つ心を抑え、私は仕事にとりかかった。残務整理はまだまだ残っている。
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◆◇◆◇◆◇◆
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