フレキ=ゲー編ガップ民話集

神光寺かをり

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最初の夫婦と最初の娘たちの話

この世で一番最初の詩人

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 この世で最初にお母さんのお腹を裂いて取り出された赤ん坊のヌトは、いったい自分が何をしたらよいのか判らなくなりました。
 家族はみんな自分の役割を知っていて、自分の仕事をしており、みんなの役に立っています。
 ヌトは自分が何もできないことが悲しく辛くなりました。あんまり悲しく辛いので、悲しく辛い気持ちを心の中に納めておくことができなくなりました。
 この世で最初の夫婦のこの世で最後の娘は、天を仰いで声を上げました。

「嗚呼悲しい、嗚呼辛い。
 私はここにいるのに、私はここにいない。
 私は家族といるのに、私は独りでいる。
 嗚呼悲しい、嗚呼寂しい」

 お腹の底から絞り出した声は、胸の奥から湧き出てきた呼気の風に乗って、地の果て天の果て、耳を持つ総ての生き物と、耳を持たぬ総ての生き物との心の奥に響きました。地にあって肉を着た総ての人と、天にあって肉を着ない総ての天使たちの魂に響きました。
 畑にいたお父さんが、くわを掴んだまま駆けてきました。

「今歌ったのはお前かい? なんて美しい声だろう! 私の心が揺れるようだ」

 それから作業場にいたお母さんが、つむを掴んだまま駆けてきました。

「今歌ったのはあなたなの? なんて素敵な調べでしょう! 私の心が揺れるよう」

 それから調剤部屋にいたフッラが、乳棒を掴んだまま駆けてきました。

「今歌ったのはあなたなの? なんて綺麗な言葉でしょう! 私の心が揺れるよう」

 それから草原にいたマッハが、弓を掴んだまま駆けてきました。

「今歌ったのはあなたなの? なんて素晴らしい声量でしょう! 私の心が揺れるよう」

 それから厨房にいたジョカが、包丁を掴んだまま駆けてきました。

「今歌ったのはあなたなの? なんて素敵な拍子でしょう! 私の心が踊るよう」

 それから工房にいたポイベが、鋏を掴んだまま駆けてきました。

「今歌ったのはあなたなの? なんて見事な響きでしょう! 私の心が揺れるよう」

 それから牧場にいたディーヴィが、杖を掴んだまま駆けてきました。

「今歌ったのはあなたなの? なんて遠くまで届く声でしょう! 私の心が揺れるよう」

 それから屋根の上にいたティアマトが、木槌を掴んだまま駆けてきました。

「今歌ったのはあなたなの? なんて素晴らしい歌でしょう! 私の心が揺れるよう」

 そうして、家族みんなが揃って言いました。

「さあもっと歌っておくれ。悲しい歌ばかりでなく楽しい歌も。辛い歌ばかりでなく嬉しい歌も。寂しい歌ばかりでなく幸せな歌も」

 こうしてこの世で最初にお母さんのお腹を裂いて取り出された赤ん坊のヌトは、この世で最初の詩人になりました。

 しかし何分この世で最初の詩人さんですから、どの言葉が心に響いて、どの音程が聞くに心地よいのか判りません。
 どのような旋律を付ければよいのか、どれほどの音量で歌えば良いのか判りません。
 何もかも一人で全部やらなければならないのです。何しろこの世に詩人さんは一人きりしかいないのですからね。
 誰も知らぬことをこの世で最初に試すのですから、間違って聞くに堪えない歌を作ることもありました。間違って喉を潰してしまうこともありました。

 そういったわけで、この世で最初のお母さんのお腹を裂いて取り出された赤ん坊のヌトは、繊細な人になりました。
 この世で最初の詩人さんのヌトは、少しずつ美しい言葉を重ねることを憶え、心地よく聞こえる旋律の紡ぎ方を覚え、遠くまで聞こえる歌い方を憶え、みなをよろこばせる音楽の作り方を憶えました。
 ヌトは家族が聞き惚れる詩をたくさん作りますと、毎日みんなのために歌いました。


 こうして、この世で最初の夫婦と、この世で最初の夫婦から生まれた子供たちは、それぞれにそれぞれやるべき事を見付けて、それぞれに働くようになったのです。
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