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この世で一番最初の娘たちと、その婿たちの話。
狩人のマッハと、強薬のガドレエル。
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さてその日、この世で最初の狩人さんのマッハは、蜜の入った小さな壺と水を汲む小さな瓢と、パン種の入っていない薄焼きパンを持って出かけました。
マッハは両親と姉妹たちの夕餉に饗する、良い魚を獲るために、良い清水の流れる川へ向かいました。
すると川原には赤い服を着た、今までに見たことのない人がいました。
もっとも、この世にはマッハと姉妹たちと両親以外の人がおりませんから、それ以外の人はみな見たことのない見知らぬ人なのですけれども。
赤い服の人は背丈が高く、手足が長く、額から角のように尖った光が輝き出でていました。
マッハは大変驚いて地面にひれ伏しました。すると赤い服の人は言いました。
「顔を上げなさい。私を拝んではいけません。私はこの世で最も尊い御方の使徒です」
そのお声がとても優しいので、マッハは言われたとおりに顔を上げました。
「この世で最も尊い御方の使徒のあなたが、大地に何の御用でおいでなのですか?」
恐る恐る訊ねますと、赤い服の人はにっこりと笑いました。
「あなたとあなたの姉妹たちの良い夫となるためです」
その笑顔がとても優しいので、マッハは体を起こして立ち上がりました。
「あなたは私の姉妹のうちの、誰の夫となるためにおいでになったのですか?」
恐る恐る訊ねますと、赤い服の人はにっこりと笑いました。
「私はあなたの夫となるために、銀の雲の神殿から、あなたに最も相応しい結納の品を持って下ってきました」
赤い服の人はそういいますと、マッハの顔の前で一つの包みを開きました。マッハには包みの中のものが尖った光に見えました。
しかし赤い服の人は、
「これは星鋼の剣です。この剣は美しい獲物を美しく仕留めることができます。この剣を見て美しいと思うなら、その人は美しい人でしょう。美しいと思えないのなら、その人は美しくない人でしょう」
と言いました。
マッハは剣という物を知りませんでした。この世にはまだ鋼を鍛えた剣が無かったのです。なにしろこの世には人が九人しかおりませんでしたし、その九人が九人とも剣を作る仕事をしていなかったのですから、仕方がありません。
マッハはそっと剣を手に取りました。磨き上げられた刃を見ていると、どのような獣にも負けない強い気持ちになりました。
「まあ、なんて不思議な刃物でしょう。私は今までに、こんなに研ぎ澄まされた刃物を見たことはありません。……そうこれは、まるで私のお父さんの八重歯にそっくりです」
マッハが心から驚いた様子で、大きな声で言いました。何分、マッハは初めて鋼の剣を見たものですから、その美しさを自分が一番鋭いと思っている物に例えるより他に褒め称える術を知らなかったのです。
マッハは赤い服の人が素晴らしい贈り物をしてくれましたので、たいそう嬉しくなりました。赤い服の人もマッハが自分の贈り物を喜んでくれたので、たいそう嬉しくなりました。
赤い服の人は、剣を眺めるマッハに言いました。
「どうか私をあなたの両親の所へ連れていってください。あなたと私の結婚を許して貰いたいから」
「ですが私はあなたのことを少しも知りません。少しも知らない人を両親の所に連れていっても、両親はきっと良いと言ってはくれないでしょう」
そう言っているうちに、マッハは悲しくなりました。マッハが悲しそうにしているのを見ていると、赤い服の人も悲しくなってきました。
「あなたの言うとうりです。私はあなたに私の名前の秘密を教えましょう。私の名前には力があります。名前を知っている人は私の力と同じ力を得るでしょう。それは私の総てを知るのと同じ事です」
マッハは涙を拭って訊ねました。
「あなたの名前は何というのですか?」
「私はガドレエル。強い薬のごとき者です」
赤い服のガドレエルの名前を聞いた途端、マッハの全身に力と希望が湧いてきました。
「愛しい方、すぐに行きましょう。あなたのような力強い方であれば、きっと父も母も喜んで結婚を許してくれれるでしょう」
マッハは家を出るときに持ってきた蜜の壺と水の瓢とパンの包みをその場に投げ出すと、お酒の壺を胸に押し抱いて駆け出しました。
さて、赤い服のガドレエルはマッハに案内されて、この世で最初の家族の住む家にやってきました。
この世で最初のお父さんは紫の服のアシズエルと黄緑の服のムルキブエルと灰赤い服のコカバイエルと黄色の服のガドリエルの五人で石ころだらけの畑を耕していました。赤い服のガドレエルはこの世で最初のお父さんの前の乾いた土に膝を突いて頭を下げました。
この世で最初のお父さんには、この人が人の子でないことがすぐにわかりました。紫の服のアシズエルがあと六人の兄弟が来ると言っていましたし、黄緑の服のムルキブエルもあと五人の兄弟が来ると言っていましたし、灰赤い服のコカバイエルもあと四人の兄弟が来ると言っていましたし、黄色の服のガドリエルもあと三人の兄弟が来ると言っていましたし、褐色の服のニスロクエルもあと二人の兄弟が来ると言っていましたから、この人も彼と同じように御使いの一人に違いないのです。
この世で最初のお父さんは赤い服の人にたずねました。
「人の子でないあなたが、何故人の子を娶ろうとするのですか?」
赤い服のガドレエルは答えました。
「天で最も尊い御方が大地に人が満ちるようにと命ぜられたのに、この世には娘たちの夫となる人間が生まれてきません。ですから私たちが来たのです。どうか私をあなたの娘御の夫に迎えてください」
この世で最初のお父さんは、赤い服のガドレエルが言うことは尤も正しいと思いました。天の御使い以上に娘に相応しい夫はいないとも思いました。
ですがこの世で最初のお父さんは、首を横に振りました。
「マッハは私の二番目の娘で、この上に一人の姉がいます。上の娘より先に下の娘を嫁がせる訳には行きません。どうか上の娘に良い夫が現れるまで待ってください」
赤い服のガドレエルは、この世で最初のお父さんが言うことは尤も正しいと思いました。物事の順序は正さないといけないとも思いました。
そこで赤い服のガドレエルは言いました。
「私にはあと一人の兄弟がいます。きっと彼等は私の妻の姉妹にとって良い夫となるでしょう」
この世で最初のお父さんは答えて言いました。
「それならばあなたはあなたの兄弟が来て、あと一人の私の娘が結婚するまで、私の仕事を手伝って働くことになります。そうでなければ、あなたはマッハの夫にはなれません」
赤い服のガドレエルはどうしてもマッハを奥さんにしたかったので、この世で最初のお父さんの言うとおり、畑の仕事を手伝おうと考えました。
マッハは両親と姉妹たちの夕餉に饗する、良い魚を獲るために、良い清水の流れる川へ向かいました。
すると川原には赤い服を着た、今までに見たことのない人がいました。
もっとも、この世にはマッハと姉妹たちと両親以外の人がおりませんから、それ以外の人はみな見たことのない見知らぬ人なのですけれども。
赤い服の人は背丈が高く、手足が長く、額から角のように尖った光が輝き出でていました。
マッハは大変驚いて地面にひれ伏しました。すると赤い服の人は言いました。
「顔を上げなさい。私を拝んではいけません。私はこの世で最も尊い御方の使徒です」
そのお声がとても優しいので、マッハは言われたとおりに顔を上げました。
「この世で最も尊い御方の使徒のあなたが、大地に何の御用でおいでなのですか?」
恐る恐る訊ねますと、赤い服の人はにっこりと笑いました。
「あなたとあなたの姉妹たちの良い夫となるためです」
その笑顔がとても優しいので、マッハは体を起こして立ち上がりました。
「あなたは私の姉妹のうちの、誰の夫となるためにおいでになったのですか?」
恐る恐る訊ねますと、赤い服の人はにっこりと笑いました。
「私はあなたの夫となるために、銀の雲の神殿から、あなたに最も相応しい結納の品を持って下ってきました」
赤い服の人はそういいますと、マッハの顔の前で一つの包みを開きました。マッハには包みの中のものが尖った光に見えました。
しかし赤い服の人は、
「これは星鋼の剣です。この剣は美しい獲物を美しく仕留めることができます。この剣を見て美しいと思うなら、その人は美しい人でしょう。美しいと思えないのなら、その人は美しくない人でしょう」
と言いました。
マッハは剣という物を知りませんでした。この世にはまだ鋼を鍛えた剣が無かったのです。なにしろこの世には人が九人しかおりませんでしたし、その九人が九人とも剣を作る仕事をしていなかったのですから、仕方がありません。
マッハはそっと剣を手に取りました。磨き上げられた刃を見ていると、どのような獣にも負けない強い気持ちになりました。
「まあ、なんて不思議な刃物でしょう。私は今までに、こんなに研ぎ澄まされた刃物を見たことはありません。……そうこれは、まるで私のお父さんの八重歯にそっくりです」
マッハが心から驚いた様子で、大きな声で言いました。何分、マッハは初めて鋼の剣を見たものですから、その美しさを自分が一番鋭いと思っている物に例えるより他に褒め称える術を知らなかったのです。
マッハは赤い服の人が素晴らしい贈り物をしてくれましたので、たいそう嬉しくなりました。赤い服の人もマッハが自分の贈り物を喜んでくれたので、たいそう嬉しくなりました。
赤い服の人は、剣を眺めるマッハに言いました。
「どうか私をあなたの両親の所へ連れていってください。あなたと私の結婚を許して貰いたいから」
「ですが私はあなたのことを少しも知りません。少しも知らない人を両親の所に連れていっても、両親はきっと良いと言ってはくれないでしょう」
そう言っているうちに、マッハは悲しくなりました。マッハが悲しそうにしているのを見ていると、赤い服の人も悲しくなってきました。
「あなたの言うとうりです。私はあなたに私の名前の秘密を教えましょう。私の名前には力があります。名前を知っている人は私の力と同じ力を得るでしょう。それは私の総てを知るのと同じ事です」
マッハは涙を拭って訊ねました。
「あなたの名前は何というのですか?」
「私はガドレエル。強い薬のごとき者です」
赤い服のガドレエルの名前を聞いた途端、マッハの全身に力と希望が湧いてきました。
「愛しい方、すぐに行きましょう。あなたのような力強い方であれば、きっと父も母も喜んで結婚を許してくれれるでしょう」
マッハは家を出るときに持ってきた蜜の壺と水の瓢とパンの包みをその場に投げ出すと、お酒の壺を胸に押し抱いて駆け出しました。
さて、赤い服のガドレエルはマッハに案内されて、この世で最初の家族の住む家にやってきました。
この世で最初のお父さんは紫の服のアシズエルと黄緑の服のムルキブエルと灰赤い服のコカバイエルと黄色の服のガドリエルの五人で石ころだらけの畑を耕していました。赤い服のガドレエルはこの世で最初のお父さんの前の乾いた土に膝を突いて頭を下げました。
この世で最初のお父さんには、この人が人の子でないことがすぐにわかりました。紫の服のアシズエルがあと六人の兄弟が来ると言っていましたし、黄緑の服のムルキブエルもあと五人の兄弟が来ると言っていましたし、灰赤い服のコカバイエルもあと四人の兄弟が来ると言っていましたし、黄色の服のガドリエルもあと三人の兄弟が来ると言っていましたし、褐色の服のニスロクエルもあと二人の兄弟が来ると言っていましたから、この人も彼と同じように御使いの一人に違いないのです。
この世で最初のお父さんは赤い服の人にたずねました。
「人の子でないあなたが、何故人の子を娶ろうとするのですか?」
赤い服のガドレエルは答えました。
「天で最も尊い御方が大地に人が満ちるようにと命ぜられたのに、この世には娘たちの夫となる人間が生まれてきません。ですから私たちが来たのです。どうか私をあなたの娘御の夫に迎えてください」
この世で最初のお父さんは、赤い服のガドレエルが言うことは尤も正しいと思いました。天の御使い以上に娘に相応しい夫はいないとも思いました。
ですがこの世で最初のお父さんは、首を横に振りました。
「マッハは私の二番目の娘で、この上に一人の姉がいます。上の娘より先に下の娘を嫁がせる訳には行きません。どうか上の娘に良い夫が現れるまで待ってください」
赤い服のガドレエルは、この世で最初のお父さんが言うことは尤も正しいと思いました。物事の順序は正さないといけないとも思いました。
そこで赤い服のガドレエルは言いました。
「私にはあと一人の兄弟がいます。きっと彼等は私の妻の姉妹にとって良い夫となるでしょう」
この世で最初のお父さんは答えて言いました。
「それならばあなたはあなたの兄弟が来て、あと一人の私の娘が結婚するまで、私の仕事を手伝って働くことになります。そうでなければ、あなたはマッハの夫にはなれません」
赤い服のガドレエルはどうしてもマッハを奥さんにしたかったので、この世で最初のお父さんの言うとおり、畑の仕事を手伝おうと考えました。
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