子檀嶺城始末―こまゆみじょうしまつ―

神光寺かをり

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碁盤の上

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「父上、源二郎の身は、この後いかがなさいますか」

 真田源三郎信幸が、大柄な見た目に似合わないおとなしげな声で言う。
 丸子まるこの山城の北、本郭ほんくるわより幾分下がった高台にある城主居館で、真田安房守あわのかみ昌幸まさゆき丸子まるこ三左衛門さんざえもんきょうじていた。

 徳川軍は、上田城下からも丸子城下からも撤退した。それ以外の場所での小競り合いは、今後も起きるやも知れないが、それは大勢に影響を及ぼすものではないだろう。

 昌幸は、戸口でややうつむき気味に座している源三郎を一瞥いちべつすることもせず、盤面ごばんに目を落としたまま、

「一応は越後えちごに帰ってもらう」

 昌幸の次男であり、源三郎信幸の長弟である源二郎信繁は、上杉景勝に対して従属の証人人質として差し出れている身だ。この度の戦で上杉からの援軍を率いるという口実で上田まで来たわけだが、戦が終わったからには越後の上杉家へ帰さなければならない。
 そのことが判らぬ源三郎ではなかった。ただ、狡猾こうかつな策士である実父が、なにがしか思惑を持って源二郎という「手駒」を使う可能性がないとは言えぬ。源三郎は確認しなければいられなかった。

「では三十郎も?」

 矢沢三十郎頼康よりやすは昌幸の従兄弟いとこだ。
 三十郎の父親で薩摩守さつまのかみを称する頼綱よりつなは、昌幸からすると父方の叔父おじに当たる。昌幸の子である源三郎から見れば大叔父おおおじということになる。
 ただ、頼綱が昌幸に臣従しんじゅうしているという関係上、三十郎も真田本家の家臣である。若殿様たる源三郎は、父より年上の従兄弟叔父いとこおじを通名で呼び捨てにする必要がある。

「いや、あれには沼田のの所へ行かせる。
 またぞろ北条の者共がを出しているそうでな」

 昌幸は頼綱のことを――特に本人がいないところで――「沼田にいる隠居いんきょ」だとか「矢沢の年寄としより」だとか「ご老体ろうたい」だとか、からかい気味に呼ぶのだが、その実は信頼することはなはだしい。

 真田昌幸は比較的若い頃に父や兄達と死に別れしている。父の弟である頼綱は、数少ない「自分に苦言を呈してくれる年上の親族」だった。
 昌幸に深く信頼されているがゆえに、この頃の頼綱は、主君である昌幸がいる東信濃ではなく、上州じょうしゅう沼田ぬまたの領地運営と守備を任せられていた。

 この沼田領が、この度の上田・神川かんがわ合戦の直接の原因だ。
 北条と真田がこの地をめぐって争いになり、徳川が仲介役となって交渉こうしょうをした。
 それが決裂した。
 怒った徳川は上田城へ、北条は沼田城へ攻め込んだ。
 徳川による上田城攻めは失敗した。
 北条による沼田城攻めも成功していない。
 城代・矢沢頼綱が守る沼田城を、北条方は何度攻めても落とせない。

うかがっております。大叔父上が存分にお働きだとのことですが」

「うむ。だがやはり手数てかずは多い方が良かろう。下手な者を送り付けるより、実のせがれに来てもう方が、隠居も気安いに違いあるまい」

「では浜松勢の押さえはように?」

「さぁて……誰に任せたものかな」

「……小諸こもろ穴城あなじろには、大久保の忠世・忠教ご兄弟殿が残ったとのことですが」

 武田信玄による東信州支配の為に建てられた小諸城は、大手門、三の丸、二の丸、と進むに連れて標高が下がってゆく造りになっている。本丸は街道筋から高さ十丈三十メートルも低い所にあった。
 穴城の呼び名はこの珍しい構造に由来する。

「お主、小諸へ出向きたいのか?」

 昌幸は碁盤ごばんから目を離さない。
 昌幸と向かい合っている丸子三左衛門の目の方は、盤面と昌幸の頭の天辺てっぺんと源三郎の顔の三点を順繰りに動きまわっている。
 父の問いかけに、源三郎は短く、

「いいえ」

 と答えた。
 昌幸の頭が持ち上がった。手をこまねいて天井を仰ぐ。

「ふぅん。ならば誰をやろうか。
 さて、適任者は……ちょもんかの。うむ、あれはあのあたりの地勢に詳しい」

 上を向いたまま、口の中でぼそぼそと言っている。
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