クレール 光の伝説:いにしえの【世界】

神光寺かをり

文字の大きさ
77 / 158
【第三幕】

回り舞台

しおりを挟む
 舞台の上から減った人数は、失われた命の数だ。義勇兵は多く殺し、多く殺された。
 彼は服喪を意味する黒い薄布を頭から被り顔を覆った。なげきを黙劇マイムで表現しながら、ゆっくりと歩く。

 人気ひとけのない観客席には、悲しげな音楽とその中に埋没している木が軋むかすかな音が聞こえた。
 回り舞台が、勝利に沸く義勇兵の一団を観客の視界の外側に押し出す。
 たった独りで北の果ての小城へ向かっているノアール・ハーンだけが舞台上に残された。
 血なまぐさい戦場を表現していた背景幕は、静まりかえった暗い城内を描いたそれに変わり、大きく波打って揺れている。
 柱を表現しているのであろう細い布が、幾枚も下がっている。黒い布をなびかせながら、初代皇帝は柱の間を縫い進んだ。

「ふふん」

 突如、鼻笑いを聞いたクレールは、笑い声の主の方に目を移した。
 視線に気付いたブライトは、小声で一言、

「早変わり」

 顎で舞台の上を指す。
 クレールは眼を見開き、慌てて再度舞台に目を移した。
 未熟を嘆き焦燥する若い男が、ぶつけどころのない怒りと悲しみを、力強い舞踏で表現している。

「あ……」

 クレールは気付いた。

「違う。あれはシルヴィーではない」

 背格好は似ている。だが躍動する手足の筋肉は、どう見ても、

「男性です。あれは本物の男の方です」

「……さて、ここ問題です。アレは一体誰でしょう?」

 ブライトの口ぶりは大分悪童じみていた。

「マイヤー・マイヨール、ですね」

「ご名答」

「では、シルヴィーはどこへ?」

「さて、本来の姿にでも戻っているンじゃないかね」

「本来……?」

 音楽が変わった。若い男の憤りと同じメロディは、オクターブが上がり、調が変わることによって、別の人間の嘆きを表現し始める。
 舞台上に薄いカーテンが引かれた。
 逆光の照明が、カーテンに人の影を映す。

 クレールは概視感に襲われた。

 前の幕に似た演出があった。
 似ているが、しかし違う。
 筋張ってはいるが、どことなく丸く柔らかな体つき。指先のその先までも神経を行き届けさせている、しなやかな仕草。
 薄布の向こうには、悲しみにくれる非力な女性が居る。

「早変わり……それにしても、いつの間にシルヴィーとマイヨールはすり替わったというの?」

 疑問の形で口にしたが、クレールは大凡理解していた。
 三幕が終わってから今までの間に、マイヨールは衣裳を若き日の初代皇帝のそれに替え、回り舞台の裏側に潜む。
 無力を嘆く若者の独演ソロが始まってすぐ、柱を模した細い布の後ろへ入ったシルヴィーは、観客の視線の陰を利用して舞台裏か舞台袖へ消え、入れ替わりにマイヨールが踊り出る。
 彼が黒布で顔を隠し、怒りと悲しみを爆発させながら激しく踊る、その僅かな時間に衣裳を替えたシルヴィーが、今、カーテンの裏で舞っている。

「まるで手際の良い手爪てづまのよう」

 クレールは嘆息した。

「早変わりやら入れ替わりやら凝った仕掛け舞台が得意な連中は、大概はそこを誇張した外連味が売りの派手な興行をブつもンだが、あの阿呆は何を思ったか、手前ぇらの技量をひた隠しに隠して『普通の芝居』に見せかけてやがる。
 何とも厭味いやみじゃないか。チビ助め、そうとう後ろ頭が出っ張ってるな」

 後頭部の骨に極端な突出があることを叛骨はんこつと言う。人相学によれば、こういった相の人物は生まれながらに反体制的・レジスタンス的気質を持つのだという。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~

かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。 望んで召喚などしたわけでもない。 ただ、落ちただけ。 異世界から落ちて来た落ち人。 それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。 望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。 だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど…… 中に男が混じっている!? 帰りたいと、それだけを望む者も居る。 護衛騎士という名の監視もつけられて……  でも、私はもう大切な人は作らない。  どうせ、無くしてしまうのだから。 異世界に落ちた五人。 五人が五人共、色々な思わくもあり…… だけれど、私はただ流れに流され…… ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

処理中です...