134 / 158
現実の世界
現世の【月】
しおりを挟む
「哀れな人」
クレールがぽつりとこぼした。
自分が体験したのではない「昔の思い出」から醒めた彼女の、潤んだ緑色の瞳から涙が雫となってあふれ、白い頬をつたって流れ落ちる。
怪我と埃にまみれたこの乙女の顔を見た【月】は、
「そう……哀れな男の、つまらない昔話よ」
薄い唇で大きな弧を描き、続ける。
「ねぇ、アタシと同じように、男の服を着せられて育った、可哀相なエル坊や。アナタもそうだったのでしょう?
男の子が欲しかった、男であれば良かった、女など要らない……そう親に言われて育った不憫な鬼子。
そんなお前だもの、そんな女の子のような綺麗な顔は要らないでしょう?」
落ちくぼんだ眼窩の中で【月】は目玉を見開いた。
「要らない姿なら、アタシに映し盗られたって、ちっとも構わないじゃないの?
ああ、かわいそうな坊や。
アタシと同じなのにアタシよりも綺麗な坊や。
お願いだから、もっとしっかり見せて頂戴。その目も、髪も、体も声も、全部よ」
姿を写して、写し盗る――得物の顔貌姿形を、己に映し、己の姿とするために、【月】はエル=クレールを睨め付けた。
彼女の涙に潤んだ緑色の瞳の中に、痩せた中年男のような顔をした老嬢の、落ちくぼんだ灰色の目玉が映った。
【月】にとって、それはこの世で一番見たくないものだった。
だが、見えてしまった。
広い額に尖った鼻、眼差し鋭い三白眼、中年男のような痩せた体つき。
黒く曇った赤鉄鉱の古鏡のような【月】の体が――中年の旗持ちの肉体から突き出た上半身と、そこから離れたところにぽつりと立ち尽くしている下半身が、変形した。
「何故!」
【月】は叫び、顔をそらした。
頬のこけた横顔が驚愕と恐怖に震えている。クレールはささやくように言った。
「あなたは私を
『親から男として生まれなかったことを憾まれ、親に男の服を着ることを強いられ、親によって男のように育てられた、不幸な女』
だと思いこんでいる。
……いいえ、あなたは私がそういう「哀れな子供」であることを願っているのです。
でもそれは違う。
あなたが見ているのは、自分に都合良く、勝手に解釈した私の上辺。
あなたが自分の勝手に思い込み、哀れな子供と貶んでいるのは、あなた自身の姿ではありませんか」
クレールの首に巻き付いた『腕』の力が強くなった。
金属をこすったような音、文字通りの金切り声を、【月】が発する。
「憎たらしい子! 形を映し盗ったあとも、おまえを生かしておいてあげようと思っていたのに! アタシの欠片を植え付けた、綺麗なお人形にしてあげるつもりでいたものを!」
クレールがぽつりとこぼした。
自分が体験したのではない「昔の思い出」から醒めた彼女の、潤んだ緑色の瞳から涙が雫となってあふれ、白い頬をつたって流れ落ちる。
怪我と埃にまみれたこの乙女の顔を見た【月】は、
「そう……哀れな男の、つまらない昔話よ」
薄い唇で大きな弧を描き、続ける。
「ねぇ、アタシと同じように、男の服を着せられて育った、可哀相なエル坊や。アナタもそうだったのでしょう?
男の子が欲しかった、男であれば良かった、女など要らない……そう親に言われて育った不憫な鬼子。
そんなお前だもの、そんな女の子のような綺麗な顔は要らないでしょう?」
落ちくぼんだ眼窩の中で【月】は目玉を見開いた。
「要らない姿なら、アタシに映し盗られたって、ちっとも構わないじゃないの?
ああ、かわいそうな坊や。
アタシと同じなのにアタシよりも綺麗な坊や。
お願いだから、もっとしっかり見せて頂戴。その目も、髪も、体も声も、全部よ」
姿を写して、写し盗る――得物の顔貌姿形を、己に映し、己の姿とするために、【月】はエル=クレールを睨め付けた。
彼女の涙に潤んだ緑色の瞳の中に、痩せた中年男のような顔をした老嬢の、落ちくぼんだ灰色の目玉が映った。
【月】にとって、それはこの世で一番見たくないものだった。
だが、見えてしまった。
広い額に尖った鼻、眼差し鋭い三白眼、中年男のような痩せた体つき。
黒く曇った赤鉄鉱の古鏡のような【月】の体が――中年の旗持ちの肉体から突き出た上半身と、そこから離れたところにぽつりと立ち尽くしている下半身が、変形した。
「何故!」
【月】は叫び、顔をそらした。
頬のこけた横顔が驚愕と恐怖に震えている。クレールはささやくように言った。
「あなたは私を
『親から男として生まれなかったことを憾まれ、親に男の服を着ることを強いられ、親によって男のように育てられた、不幸な女』
だと思いこんでいる。
……いいえ、あなたは私がそういう「哀れな子供」であることを願っているのです。
でもそれは違う。
あなたが見ているのは、自分に都合良く、勝手に解釈した私の上辺。
あなたが自分の勝手に思い込み、哀れな子供と貶んでいるのは、あなた自身の姿ではありませんか」
クレールの首に巻き付いた『腕』の力が強くなった。
金属をこすったような音、文字通りの金切り声を、【月】が発する。
「憎たらしい子! 形を映し盗ったあとも、おまえを生かしておいてあげようと思っていたのに! アタシの欠片を植え付けた、綺麗なお人形にしてあげるつもりでいたものを!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
安全第一異世界生活
朋
ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん)
新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる