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現実の世界
蘇った力
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【月】の総身から殺意が噴き出ている。
肉のそげた黒い腕に締め付けられたクレールの気道は狭まり、頸動脈が圧迫された。
声を上げることもできない。気が遠くなってゆく。
「憎らしいから殺してあげる。
ああそうだ。命がなくなったら体は要らなくなるでしょうね。
エルな坊や、おまえの体は全部もらうわよ」
【月】の顔の眉間のあたりに、赤い色がにじみ出した。
黒く濁った赤は、ひび割れ欠けた円の形をしている。
やがて円は高さを帯び、見る間に半球の盛り上がりになった。
その半球体に顔らしいモノが写っている。【月】の顔つきだ。
ひび割れた半球の中でよどんだ水の濁りのような何かが揺れうごめいている。
表面に浮かぶ女の顔のような男の顔のような獣の顔のような黒い影の、口らしき部分が歪んだ笑顔を作った。
クレールは水に溺れた者が水面で喘ぐようにして息を吸い込んだ。
右腕は動かない。
左の掌で左の腰に触れた。
クレールはそこに確かな「力」を感じた。
『戻ってきた』
何が戻ってきたというのか。
つい先ほど、突然手の中から消えてしまった「力」、戦うための武器が、再び力を取り戻して、そこに存在する。
対峙していた「敵」の中に「守るべき娘」――あるいは「失った妻」――の虚像を見たその時、惑わされたのか、あるいは何か他に「思うところ」でもあったのか、刃を向けることを拒んだ【正義】は、敵の姿が別のモノに変化したことで、それを「彼」が愛し慈しむ女性でないこと知ったのだろう。
そして、
『再び私の手に戻ってきた』
のである。
クレールはその名を呼んだ。
「我が愛する正義の士よ。赫き力となりて我を護りたまえ……【正義】!」
而して、一条の赤い光がクレールの身体から溢れ出でた。彼女は左手でその光を掴んだ。
光は一筋の細身の剣に変じた。
左手につかんだ剣を、クレールは下から上へ跳ね上げる。赤く輝く刃が、クレールの首を締め付けていた【月】の両腕を切断した。
その腕の張りで自らの体を支えていた形の【月】の上半身は、支えを失いバランスを崩した。仰向けに体を反らし、よたよたと後ろへ下がりながら、どうにか立っている。
クレールは追撃するべきだった。彼女はそのつもりだった。
だが、できない。
クレールの崩れた体勢のその足に、何かがからみついている。
人の形をしたものだ。
足を取られたクレールは、仰向けに倒れつつ、その何かの顔を見た。
「君は……!?」
イーヴァンだった。
青白い顔に脂汗を浮かべ、肩で息をし、地面に這い蹲った若者の細い指が、クレールの足首を掴んでいる。
弱り果てた彼の姿からは想像できない程の握力が、クレールの自由を封じていた。
予想だにしない出来事だった。驚きのあまり、彼女は受け身をとることを忘れた。
運の悪いことに、彼女の体は骨の折れた右腕の側へ向かって傾いていた。
肉のそげた黒い腕に締め付けられたクレールの気道は狭まり、頸動脈が圧迫された。
声を上げることもできない。気が遠くなってゆく。
「憎らしいから殺してあげる。
ああそうだ。命がなくなったら体は要らなくなるでしょうね。
エルな坊や、おまえの体は全部もらうわよ」
【月】の顔の眉間のあたりに、赤い色がにじみ出した。
黒く濁った赤は、ひび割れ欠けた円の形をしている。
やがて円は高さを帯び、見る間に半球の盛り上がりになった。
その半球体に顔らしいモノが写っている。【月】の顔つきだ。
ひび割れた半球の中でよどんだ水の濁りのような何かが揺れうごめいている。
表面に浮かぶ女の顔のような男の顔のような獣の顔のような黒い影の、口らしき部分が歪んだ笑顔を作った。
クレールは水に溺れた者が水面で喘ぐようにして息を吸い込んだ。
右腕は動かない。
左の掌で左の腰に触れた。
クレールはそこに確かな「力」を感じた。
『戻ってきた』
何が戻ってきたというのか。
つい先ほど、突然手の中から消えてしまった「力」、戦うための武器が、再び力を取り戻して、そこに存在する。
対峙していた「敵」の中に「守るべき娘」――あるいは「失った妻」――の虚像を見たその時、惑わされたのか、あるいは何か他に「思うところ」でもあったのか、刃を向けることを拒んだ【正義】は、敵の姿が別のモノに変化したことで、それを「彼」が愛し慈しむ女性でないこと知ったのだろう。
そして、
『再び私の手に戻ってきた』
のである。
クレールはその名を呼んだ。
「我が愛する正義の士よ。赫き力となりて我を護りたまえ……【正義】!」
而して、一条の赤い光がクレールの身体から溢れ出でた。彼女は左手でその光を掴んだ。
光は一筋の細身の剣に変じた。
左手につかんだ剣を、クレールは下から上へ跳ね上げる。赤く輝く刃が、クレールの首を締め付けていた【月】の両腕を切断した。
その腕の張りで自らの体を支えていた形の【月】の上半身は、支えを失いバランスを崩した。仰向けに体を反らし、よたよたと後ろへ下がりながら、どうにか立っている。
クレールは追撃するべきだった。彼女はそのつもりだった。
だが、できない。
クレールの崩れた体勢のその足に、何かがからみついている。
人の形をしたものだ。
足を取られたクレールは、仰向けに倒れつつ、その何かの顔を見た。
「君は……!?」
イーヴァンだった。
青白い顔に脂汗を浮かべ、肩で息をし、地面に這い蹲った若者の細い指が、クレールの足首を掴んでいる。
弱り果てた彼の姿からは想像できない程の握力が、クレールの自由を封じていた。
予想だにしない出来事だった。驚きのあまり、彼女は受け身をとることを忘れた。
運の悪いことに、彼女の体は骨の折れた右腕の側へ向かって傾いていた。
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