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第1話 黒方
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桐材に描かれていた洲浜型の文様が、薄ぼんやりとかすれてしまった火桶に、小さな炭が埋め火にされている。
富士霊峰の形に盛り上げられた灰の中の、目に見えない熱源の真上に、雲母の薄板がそっと乗せられた。
源五郎は太刀の柄ほどの太さの木材を櫓に組んだものを取り出して、火桶をまたがせた。
櫓の幅はおおよそ二尺、高さも同じ程だ。
玄人が作ったものでないことは、誰の目にも知れる……そんな、よく言えば簡素な、悪く言えば不格好な、急ごしらえの櫓だった。
しばらくの間、源五郎は櫓と火桶を各々押したり戻したり、忙しなく動かしていたが、やがてどうやら位置が決まったらしく、薄く――それが笑顔であるとは誰も気付かぬほどに――微笑した。
永禄六年(西暦一五六三年)の暮れも押し詰まっている。
年が明ければ、源五郎は十八歳となる。
『せめて来年の間は、何事も起きなければ良いな』
源五郎の頬に、今度は誰にもそう見えるほどにはっきりした笑みが浮かんだ。
いや、笑みという穏やかな言葉で表せるものではない。
にやけている。口元がだらしなく緩んでいる。
甲州、躑躅ヶ崎館の西曲輪内に建て込まれた屋敷の一室であった。
御長屋と呼ばれるこの屋敷には、信濃国人衆が甲斐武田家に従属するに際して差し出した証人達が、幾人も、幾家族も、棲み暮らしている。
真田源五郎昌幸は証人である。
先頃剃髪して一徳斎・幸隆と名乗りを変えた父・真田幸綱によって、すぐ下の弟の源次郎とともに、武田晴信、すなわち法性院信玄の元に送られたのは、二人がまだ七歳の頃だった。
すぐに近習衆に取り立てられて信玄の傍近くに仕えることになったが、これは「才を見込まれて」の事ではなかった。真田幸綱と信濃衆の離反を防ぐために「すぐに喉笛を掻き切ることが出来る程の近さ」に置いたに過ぎない。
少なくとも、最初の内はそうだった。
はじめは疑念の針で刺す様だった信玄の目つきが、厳しくも暖かい、期待のこもった眼差しへ変わるのに、長い年月は必要なかった。
気に入られたのだ。
十歳になる頃には、甲斐衆の名門の子等に混じって奥近習六人衆に抜擢された。武田家の将来を担う一個の武士としての素質を見いだされたということに他ならない。
十五歳で元服し、足軽大将に任ぜられて、川中島・八幡原での上杉勢との戦いで初陣を飾る頃には、信玄も重臣の一人として扱うようになった。戦となれば、源五郎は必ず信玄の傍らに置かれていた。
それでも彼は証人だった。
人質である彼の出世は、信濃国人の真田家を甲斐に縛り付けておくのに、十分すぎる理由付けとして効力を発揮している。
平時は弟と二人、躑躅ヶ崎の曲輪内に住み暮らすことを命じられ、曲輪外に住まう親兄弟を訪うに当たっては、必ず信玄の許可を必要とした。
源五郎は小ぶりな木組みの櫓に、一枚の小袖を掛けた。
目に鮮やかな、流水に菊花が散る文様が描かれている。
あまり物のない部屋が、ふっと明るくなった。
武人としては実に小柄な源五郎が着たなら、袖も裾も余るに違いない大柄な作りだ。
小袖は、先の戦の折にめざましく働いた彼へ、恰幅の良い主君が身につけていたものをその場で脱ぎ、下されたものだ。
その襟を持ち上げて、源五郎は櫓の中に頭を入れ込む。
懐から油紙の包みを取り出し、そっと、丁寧に慎重に開く。
大豆ほどの黒い塊が三つ、転げ出た。
数種類の香料を配合したものを、蔦の樹液を煮詰めた甘葛という蜜で練り固めた、薫物とも呼ばれる練香の一種である。
その一つを埋め火の上の雲母に乗せた。
薫物にも色々と処方がある。源五郎がさもありがたげに、大切に懐に抱いていたこの小さな粒の処方は、黒方と名付けられている。
沈香に丁子、白檀、薫陸、それに麝香がふんだんに使われているというから、出世したとは言えど足軽大将ほどの身の上の源五郎にとっては、おいそれと火にくべる訳に行かない代物であろう。
雲母の上の小さな粒が、ほのかに甘い匂いをたて始めた。
木組みの中から頭を抜き取った源五郎は、小袖の文様を眺めるともなく眺めた。
美しい小袖だった。
『来年は何事もなく過ごしたいものだ』
何事もなければよい。
ことに戦などは起きなければよい。
戦が起きれば、戦場に出なければならない。
戦場に出たなら、命をかけて働かねばならぬ。
命をかけて働けば、命を落としかねない。
命は落としたくない。
つい先日まではそのような弱気を覚えることはなかった。それが、このところは生きることばかり考えている。
『この俺が、嫁を貰うというだけで、これほど死ぬのを恐れる様になってしまうものか』
年が明ければ、源五郎はこの証人屋敷を出ることになっている。
同時に妻帯することも決まっている。
歌人としても名高い武藤三郎左衛門尉信堯の嗣子・竹千代丸が早世したのは、この年のはじめのことだった。
三郎左衛門尉は武田信玄の生母・大井の方の縁戚である。それ故に武藤家を絶やすに忍びないと考えた信玄は、養子を入れて家を残すことを決めた。
そして選ばれたのが真田源五郎である。
異例の抜擢といって良い。
来年早々、源五郎は名乗りも武藤喜兵衛尉昌幸と改めることになっている。躑躅ヶ崎館の内にある御長屋からも出なければならない。新居は武家町の武藤屋敷だ。そのほかに、府中の西方に位置する武藤家の所領には、立派な居館もあるそうな。
主君の縁戚に繋がる武藤家の家格は、源五郎の実家である真田家よりも高い。
それに信濃先方衆ではなく、甲斐国人衆という扱いになる。
隠居と称して信濃の砥石城に引っ込んでいる父や、その後を継いで信濃の所領と甲斐とを行き来している長兄・源太郎、甲府の真田屋敷を守る次兄・徳次郎などは、場合によっては一歩下がって頭を下げねばならなくなる。
たいした出世だ。
しかし、だ。
家を持てば家来を抱えることになる。家来にはその家族がいる。領地には領民がいる。
『今までは、お屋形様を……武田家をお守りする気構えを持てばよいだけであったのに、年が明ければ、途端に、おのれが家と嫁殿と家人と領民たちも、一切合切背負わなければならなくなる』
殿様が守るべきものは多い。
背筋を反り返るほどに伸ばした。顔は真上を向いている。すすけた天井が見えた。見る先を定めていない視野の端には、薄暗い壁と、僅かに明るい戸障子も入り込んでいる。
源五郎は息を吐いた。
「死ねぬなぁ」
思わず声が出た。
心細げなその声の、弱々しくもある語尾の音に、別の声が被さってきた。
「誰が死ぬだと!?」
富士霊峰の形に盛り上げられた灰の中の、目に見えない熱源の真上に、雲母の薄板がそっと乗せられた。
源五郎は太刀の柄ほどの太さの木材を櫓に組んだものを取り出して、火桶をまたがせた。
櫓の幅はおおよそ二尺、高さも同じ程だ。
玄人が作ったものでないことは、誰の目にも知れる……そんな、よく言えば簡素な、悪く言えば不格好な、急ごしらえの櫓だった。
しばらくの間、源五郎は櫓と火桶を各々押したり戻したり、忙しなく動かしていたが、やがてどうやら位置が決まったらしく、薄く――それが笑顔であるとは誰も気付かぬほどに――微笑した。
永禄六年(西暦一五六三年)の暮れも押し詰まっている。
年が明ければ、源五郎は十八歳となる。
『せめて来年の間は、何事も起きなければ良いな』
源五郎の頬に、今度は誰にもそう見えるほどにはっきりした笑みが浮かんだ。
いや、笑みという穏やかな言葉で表せるものではない。
にやけている。口元がだらしなく緩んでいる。
甲州、躑躅ヶ崎館の西曲輪内に建て込まれた屋敷の一室であった。
御長屋と呼ばれるこの屋敷には、信濃国人衆が甲斐武田家に従属するに際して差し出した証人達が、幾人も、幾家族も、棲み暮らしている。
真田源五郎昌幸は証人である。
先頃剃髪して一徳斎・幸隆と名乗りを変えた父・真田幸綱によって、すぐ下の弟の源次郎とともに、武田晴信、すなわち法性院信玄の元に送られたのは、二人がまだ七歳の頃だった。
すぐに近習衆に取り立てられて信玄の傍近くに仕えることになったが、これは「才を見込まれて」の事ではなかった。真田幸綱と信濃衆の離反を防ぐために「すぐに喉笛を掻き切ることが出来る程の近さ」に置いたに過ぎない。
少なくとも、最初の内はそうだった。
はじめは疑念の針で刺す様だった信玄の目つきが、厳しくも暖かい、期待のこもった眼差しへ変わるのに、長い年月は必要なかった。
気に入られたのだ。
十歳になる頃には、甲斐衆の名門の子等に混じって奥近習六人衆に抜擢された。武田家の将来を担う一個の武士としての素質を見いだされたということに他ならない。
十五歳で元服し、足軽大将に任ぜられて、川中島・八幡原での上杉勢との戦いで初陣を飾る頃には、信玄も重臣の一人として扱うようになった。戦となれば、源五郎は必ず信玄の傍らに置かれていた。
それでも彼は証人だった。
人質である彼の出世は、信濃国人の真田家を甲斐に縛り付けておくのに、十分すぎる理由付けとして効力を発揮している。
平時は弟と二人、躑躅ヶ崎の曲輪内に住み暮らすことを命じられ、曲輪外に住まう親兄弟を訪うに当たっては、必ず信玄の許可を必要とした。
源五郎は小ぶりな木組みの櫓に、一枚の小袖を掛けた。
目に鮮やかな、流水に菊花が散る文様が描かれている。
あまり物のない部屋が、ふっと明るくなった。
武人としては実に小柄な源五郎が着たなら、袖も裾も余るに違いない大柄な作りだ。
小袖は、先の戦の折にめざましく働いた彼へ、恰幅の良い主君が身につけていたものをその場で脱ぎ、下されたものだ。
その襟を持ち上げて、源五郎は櫓の中に頭を入れ込む。
懐から油紙の包みを取り出し、そっと、丁寧に慎重に開く。
大豆ほどの黒い塊が三つ、転げ出た。
数種類の香料を配合したものを、蔦の樹液を煮詰めた甘葛という蜜で練り固めた、薫物とも呼ばれる練香の一種である。
その一つを埋め火の上の雲母に乗せた。
薫物にも色々と処方がある。源五郎がさもありがたげに、大切に懐に抱いていたこの小さな粒の処方は、黒方と名付けられている。
沈香に丁子、白檀、薫陸、それに麝香がふんだんに使われているというから、出世したとは言えど足軽大将ほどの身の上の源五郎にとっては、おいそれと火にくべる訳に行かない代物であろう。
雲母の上の小さな粒が、ほのかに甘い匂いをたて始めた。
木組みの中から頭を抜き取った源五郎は、小袖の文様を眺めるともなく眺めた。
美しい小袖だった。
『来年は何事もなく過ごしたいものだ』
何事もなければよい。
ことに戦などは起きなければよい。
戦が起きれば、戦場に出なければならない。
戦場に出たなら、命をかけて働かねばならぬ。
命をかけて働けば、命を落としかねない。
命は落としたくない。
つい先日まではそのような弱気を覚えることはなかった。それが、このところは生きることばかり考えている。
『この俺が、嫁を貰うというだけで、これほど死ぬのを恐れる様になってしまうものか』
年が明ければ、源五郎はこの証人屋敷を出ることになっている。
同時に妻帯することも決まっている。
歌人としても名高い武藤三郎左衛門尉信堯の嗣子・竹千代丸が早世したのは、この年のはじめのことだった。
三郎左衛門尉は武田信玄の生母・大井の方の縁戚である。それ故に武藤家を絶やすに忍びないと考えた信玄は、養子を入れて家を残すことを決めた。
そして選ばれたのが真田源五郎である。
異例の抜擢といって良い。
来年早々、源五郎は名乗りも武藤喜兵衛尉昌幸と改めることになっている。躑躅ヶ崎館の内にある御長屋からも出なければならない。新居は武家町の武藤屋敷だ。そのほかに、府中の西方に位置する武藤家の所領には、立派な居館もあるそうな。
主君の縁戚に繋がる武藤家の家格は、源五郎の実家である真田家よりも高い。
それに信濃先方衆ではなく、甲斐国人衆という扱いになる。
隠居と称して信濃の砥石城に引っ込んでいる父や、その後を継いで信濃の所領と甲斐とを行き来している長兄・源太郎、甲府の真田屋敷を守る次兄・徳次郎などは、場合によっては一歩下がって頭を下げねばならなくなる。
たいした出世だ。
しかし、だ。
家を持てば家来を抱えることになる。家来にはその家族がいる。領地には領民がいる。
『今までは、お屋形様を……武田家をお守りする気構えを持てばよいだけであったのに、年が明ければ、途端に、おのれが家と嫁殿と家人と領民たちも、一切合切背負わなければならなくなる』
殿様が守るべきものは多い。
背筋を反り返るほどに伸ばした。顔は真上を向いている。すすけた天井が見えた。見る先を定めていない視野の端には、薄暗い壁と、僅かに明るい戸障子も入り込んでいる。
源五郎は息を吐いた。
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思わず声が出た。
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