婚約破棄された悪役令嬢の甘い世界征服!

苺マカロン

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「えっ……? 買えない、のですか?」

王都の一等地にある高級ブティック『ローズ・マリー』。

最新の流行を取り入れたドレスが並ぶ店内で、ミント男爵令嬢の甲高い声が響いた。

彼女の手には、繊細なレースがあしらわれたピンク色のドレスが握られている。

お値段、金貨五十枚。

平民なら一生遊んで暮らせる金額だ。

「申し訳ございません、ミント様」

店長が慇懃無礼な態度で頭を下げる。

「お客様のツケ払いは、現在利用停止となっております」

「利用停止!? どういうことですの! 私は次期王妃になる女ですわよ!?」

ミントは瞳を潤ませ、可愛らしく(計算済み)抗議した。

「お店のシステムのエラーじゃありませんの~? アレク様にお願いすれば、こんなお店、すぐに潰せますわよ?」

脅し文句も、語尾を伸ばせば可愛く聞こえると思っている節がある。

しかし、店長は動じない。

「システムのエラーではございません。これまでミント様のお買い物代金は、全てショコラ公爵家……つまり、スイート様の口座から引き落とされておりました」

「は……?」

ミントの動きが止まった。

「ですが、先日公爵家より『今後、一切の支払いを停止する』との正式な通達がございまして。……それに伴い、ミント様の未払い分も含めて、現在は全額現金での即時決済をお願いしております」

「そ、そんな……」

ミントは青ざめた。

スイートの金で買い物をしていた自覚はあった。

だが、まさかこれほど即座に、容赦なく切られるとは思っていなかったのだ。

「アレク様ぁ~!」

ミントは、試着室の前で待っていたアレクサンドル王子に泣きついた。

「ひどいですぅ! お店の人が意地悪するんですぅ! このドレス、買えないって……」

「なんだと? 不敬な!」

王子が立ち上がる。

「僕の愛するミントを悲しませるとは! 金ならある! 王家のツケで回しておけ!」

「……殿下」

背後に控えていた王宮の財務官が、冷ややかな声で割り込んだ。

「王家の予算からは出せません」

「なっ、なぜだ! 僕は王太子だぞ!」

「王太子費は、すでに今月分の上限を超えております。……そのほとんどが、ミント様の宝石やドレス代、そして高級レストランでの食事代に消えましたが」

財務官が分厚い帳簿をパラパラとめくる。

「それに、これまではスイート様が『未来の投資』として、ご自身の私財から王子の交際費を補填してくださっておりました。その支援がなくなった今、殿下が使えるお金は……そうですね、このハンカチ一枚買えるかどうかです」

「は、ハンカチ一枚……?」

王子の顔が引きつる。

「嘘だろう? 僕が……この国の王子である僕が、貧乏だと言うのか!?」

「貧乏ではありません。身の丈に合わない浪費を繰り返していただけでございます」

財務官は冷酷に告げた。

「これ以上の支出をご希望であれば、国王陛下の決裁が必要になりますが……申請なさいますか? 『愛人のドレス代』として」

「うぐっ……!」

今の父王にそんな申請を出せば、即座に廃嫡だ。

王子は唇を噛み締め、ミントに向き直った。

「ミ、ミント……すまない。今日のところは我慢してくれないか? 来月になれば、また予算が入るから……」

「……え?」

ミントの瞳から、スッと「可愛らしさ」が消えた。

ほんの一瞬、ゴミを見るような目が王子に向けられる。

「(は? 金がない? 使えない男ね……)」

心の声が漏れそうになるのを、彼女は必死の演技力で押し殺した。

「そ、そうですかぁ……。残念ですぅ……。でも、アレク様がそう仰るなら……」

「ああ、わかってくれて嬉しいよ! やはり君は優しいな!」

王子は安堵の表情を浮かべるが、ミントの内面は嵐だった。

   *   *   *

その日の帰り道。

王宮への馬車の中で、ミントは窓の外を眺めながら、ギリギリと爪を噛んでいた。

(計算が狂ったわ)

彼女は、ただの天真爛漫な少女ではない。

地方の貧乏男爵家に生まれ、這い上がるために「可愛さ」という武器を磨き上げてきた、野心家である。

王子に近づいたのも、愛などではなく、将来の王妃の座と、贅沢な暮らしが目的だった。

邪魔なスイートを追い出し、ようやくその座を手に入れたと思ったのに。

(まさか、あの堅物女が「金ヅル」だったなんて……)

スイートは地味で、可愛げがなく、いつも仏頂面だった。

だから侮っていた。

しかし、彼女の実家であるショコラ公爵家は、国内有数の資産家だ。

そしてスイート自身も、王妃教育で培った経営手腕で、資産を増やしていたらしい。

(アレクサンドル王子は、ただの飾り。実質的な権力と財力を持っていたのはスイート……。それを追い出した私は、ただの『金食い虫』として、これから王家のお荷物になる……?)

まずい。

非常にまずい。

このままでは、贅沢どころか、国王の怒りを買って処刑される未来すらあり得る。

「……ねえ、アレク様」

ミントは猫なで声を出した。

「なぁに? ミント」

「スイート様のことなんですけどぉ……。やっぱり、戻ってきていただいた方がいいんじゃないですかぁ?」

「えっ? でも君は、あいつのことが嫌いじゃ……」

「嫌いですわ! でもぉ、アレク様がお仕事で困っているのを見てると、私が辛いんですぅ」

ミントは嘘泣きをしてみせた。

「それに、スイート様だって、強がっているだけかもしれません。本当はアレク様の元に戻りたくて、枕を濡らしているかも……」

「そ、そうだな! そうに違いない!」

単純な王子は、すぐにその気になった。

「やはり、僕が迎えに行ってやるべきなのだ! 王命を持ってな!」

「ええ、ええ! ぜひそうしてくださいまし! ……そして、たっぷりと慰謝料……じゃなくて、結納金を持ってこさせましょう!」

ミントの目が、邪悪に光った。

(戻ってきたら、あの女を徹底的にこき使ってやるわ。私は王子の寵愛を受けながら贅沢三昧。スイートは裏方で馬車馬のように働き、金を稼ぐ。……うん、それがいいわ!)

「よし、善は急げだ! すぐに準備をさせよう!」

王子は窓を開け、御者に叫んだ。

「進路変更! 騎士団を招集しろ! 再びあの森へ向かうぞ!」

馬車が大きく揺れ、王都の石畳を駆け抜ける。

愚かな二人。

彼らはまだ知らない。

今度の相手は、ただの「お菓子作りが好きな令嬢」だけではないことを。

その背後には、「国最強の騎士団長」という、とんでもない番犬がついていることを。

そして何より、スイート本人が「婚約破棄されて清々している」という事実を。

「(ふふふ、待っててねスイート様。私の新しい財布にしてあげるわ!)」

ミントの歪んだ野望を乗せて、馬車は北へと向かった。

   *   *   *

一方その頃、カフェ『シュガー・ドリーム』。

「ハックション!」

「おや、風邪か?」

店内でくつろいでいたガナッシュ様が、心配そうに顔を上げた。

「いえ、誰かが私の噂をしているようです」

私は鼻をこすり、焼き上がったばかりの新作クッキーを缶に詰めていた。

「悪い噂でなければいいが」

「ふふ、どうでしょうね。……もしかしたら、『もっと美味しいお菓子を作れ』という、神様からの催促かもしれません」

私は楽天的に笑い、ガナッシュ様に試作品を差し出した。

「ところでガナッシュ様、スパイスの効いたジンジャークッキーはお好きですか?」

「……貴殿の作るものなら、泥団子でも食う覚悟はある」

「泥団子は作りませんよ」

平和な午後。

しかし、その平穏を破る足音は、着実に近づいていた。
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