婚約破棄された悪役令嬢の甘い世界征服!

苺マカロン

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「よし、着いたぞ! ここだ!」

森の静寂を切り裂くように、アレクサンドル王子の声が響いた。

カフェ『シュガー・ドリーム』の前。

再び現れた王家の馬車から、王子とミント、そして今回は十名ほどの近衛騎士たちが降り立つ。

彼らは完全武装していた。

たかが元婚約者を連れ戻すのに、過剰な戦力である。

「いいか、お前たち! スイートは抵抗するかもしれない! その時は実力行使も辞さない構えでいけ! ただし、顔は傷つけるなよ、商品価値が下がる!」

王子が最低な指示を飛ばす。

「は、はい……しかし殿下、本当に騎士団まで動員してよろしいのですか?」

近衛騎士隊長が不安そうに尋ねる。

「うるさい! これは王命だ! ……それに、前回はあのガナッシュとかいう化け物がいたから引いただけだ。今日はいないはずだ!」

王子は鼻息を荒くした。

「さあ行くぞ! 今日こそあの生意気な女をひざまずかせてやる!」

「きゃーん、頼もしいですわアレク様ぁ~!」

ミントが黄色い声を上げる。

二人は勝利を確信し、意気揚々とカフェの扉に手をかけた。

「スイート! 迎えに来てやったぞ! 感謝しろ!」

バーン!!

王子は勢いよく扉を開け放ち、店内に踏み込んだ。

「さあ、泣いて喜べ! そして僕の靴にキスを……」

そこまで叫んで、王子の言葉が止まった。

「……ん?」

店内の空気が、おかしい。

静かすぎる。

そして、妙に「圧」がある。

王子はゆっくりと店内を見渡した。

そこには、可愛らしいテーブルと椅子が並び、甘いお菓子の香りが漂っている。

だが。

その席を埋め尽くしている「客」たちが、異常だった。

「……なんだ、こいつらは」

そこにいたのは、全員が身長一八〇センチ超え。

丸太のような腕、岩のような筋肉、そして全身から滲み出る歴戦の殺気。

顔には古傷、眼光は鋭く、中には眼帯をしている者もいる。

どう見ても、山賊か、あるいは獄中から脱走してきた凶悪犯の集団だ。

彼らは、小さなティーカップを指先でつまみ、小指を立てながら優雅に紅茶を啜っていた。

そして、王子の侵入と同時に、全員の動きがピタリと止まっていた。

ギロリ。

数十個の眼球が一斉に動き、入り口の王子たちを捉える。

「「「…………」」」

無言の圧力が、津波のように王子たちを襲った。

「ひっ……!?」

後ろにいた近衛騎士たちが、情けない悲鳴を上げて後退る。

「な、なんだここは!? アジトか!? 悪の組織のアジトなのか!?」

王子がパニックになるのも無理はない。

だが、彼らはただの客だ。

非番を利用して、「団長が絶賛していた店」に押しかけた、辺境騎士団の精鋭たちである。

「……おい」

一番近くの席に座っていた、スキンヘッドの大男が口を開いた。

その口元には、粉砂糖がついている。

「うるせぇぞ、小僧。……せっかくの『スフレチーズケーキ』が萎んじまったじゃねぇか」

ドス!

男がフォークをテーブルに突き立てた。

「あ……」

王子は完全に腰が引けている。

「い、いや、僕は……その……」

「なんだ? 俺たちの至福の時間を邪魔しに来たのか? あぁ?」

別の席から、赤髪の男が立ち上がる。

「やっと……やっとありつけたんだ。団長が自慢げに見せびらかしていた、この『幻のクッキー』に……」

男の手には、クマさんクッキーが握られている。

「それを……貴様の大声のせいで、味わう集中力が削がれた」

ゴゴゴゴゴ……。

店内に、どす黒いオーラが充満していく。

彼らは飢えていた。

甘いものに、そして癒やしに。

それを邪魔する者は、たとえ王族であろうと許さない。それが「地獄の番犬」たちの流儀だ。

「ヒッ、ヒィィッ! こ、近衛騎士! やれ! こいつらを排除しろ!」

王子が裏返った声で命令する。

しかし。

「む、無理です殿下! あいつら……辺境騎士団の『鉄の爪』部隊ですよ!?」

近衛騎士隊長が震え上がっている。

「王都の温室育ちの我々が勝てる相手じゃありません! あいつら、素手でドラゴンを絞め殺すって噂の連中ですよ!?」

「な、なんだと……!?」

その時。

厨房の奥から、私がひょっこりと顔を出した。

「あら、いらっしゃいませ。……まあ、随分と賑やかですこと」

私はトレイに焼きたてのタルトを乗せて現れた。

その瞬間、騎士たちの殺気が霧散し、キラキラとした瞳(当社比)に変わる。

「お嬢! 待ってました!」

「うおおお! いい匂いだ!」

「俺のタルト! 俺のベリータルト!」

野獣たちが、餌を待つ犬のように尻尾を振り始めた(幻覚)。

「お待たせしました。本日のスペシャル、『森の果実のタルト』ですわ」

私がテーブルにタルトを置くと、彼らは拝むように手を合わせ、そして幸せそうに頬張り始めた。

「んん~っ! 甘酸っぺぇ~!」

「サクサクだ! 生地がサクサクしてやがる!」

「母ちゃん……俺、生きててよかった……」

カオスだ。

地獄絵図なのか天国なのかわからない光景が広がっている。

私は入り口で固まっている王子たちに向き直った。

「で? 殿下。また何か御用ですか?」

「ス、スイート! き、貴様、こんな野蛮な連中を集めて何を……!」

「お客様を野蛮人呼ばわりとは失礼ですね。彼らは当店の大事な常連様です。マナーも素晴らしいですよ? 食べた後のお皿は、ちゃんとカウンターまで下げてくださいますし」

私はニッコリと微笑んだ。

「それで、ご注文は? ないならお帰りください。見ての通り満席ですので」

「ふ、ふざけるな! 僕は君を連れ戻しに……」

王子が一歩踏み込もうとした、その時。

ガタンッ!

一人の騎士が、わざとらしく椅子を引いて立ち上がった。

それは、先ほどのスキンヘッドの男だ。

「おい、お嬢」

「はい、何でしょう?」

「そこの金ピカの野郎がうるさくて、タルトの味がわからねぇんだが。……つまみ出してもいいか?」

男がボキボキと指を鳴らす。

それに呼応するように、他の騎士たちもゆらりと立ち上がった。

「俺たちの聖域(カフェ)を汚す奴は許さねぇ」

「団長のシマを荒らす気か?」

「お嬢を泣かす奴は、俺たちが泣かす」

十人の巨漢たちが、王子を取り囲むように壁を作った。

その壁は、王都の城壁よりも高く、分厚く見えた。

「ひぃっ!?」

王子とミントが抱き合って震える。

「わ、わかった! 帰る! 帰るから睨むな!」

王子は涙目になりながら叫んだ。

「覚えてろよスイート! こんな……こんな筋肉だらけの店、すぐに潰れるに決まってる!」

「あら、筋肉は代謝を上げるので、甘いものを食べるのに最適なんですよ?」

私の切り返しなど聞く余裕もなく、王子たちは転がるように店を飛び出した。

「撤収! 撤収だーッ!!」

馬車の音が遠ざかっていく。

二度目の撃退。

しかも今回は、私は指一本動かしていない。

「……ふぅ。静かになったな」

スキンヘッドの騎士が、何事もなかったように席に戻る。

「さて、続きだ。……うん、冷めてもうめぇ」

「ありがとうございます。お詫びに、紅茶のおかわりはいかがですか?」

「お、いいのか? じゃあミルクたっぷりで頼む」

「俺は砂糖三つで!」

「俺はストレートで! 通ぶらせてくれ!」

再び平和な時間が戻ってきた。

私は厨房に戻りながら、クスクスと笑った。

(殿下。残念でしたね。私には今、最強の『親衛隊』がいるんです)

彼らの胃袋を掴んでいる限り、私の安全は保障されたも同然だ。

「さて、次は彼らのために、腹持ちのいい『ミートパイ』でも試作してみようかしら」

甘いものと塩っぱいものの無限ループ。

それこそが、彼らをこの店に縛り付ける最強の鎖となるだろう。

私は悪役令嬢らしい悪い顔で、パイ生地を練り始めた。

一方、逃げ帰った王子たちは、馬車の中で恐怖と屈辱に震えていた。

「なんなのよアレぇぇぇ!」

ミントが髪を振り乱して叫ぶ。

「あんなの反則じゃない! どうしてスイート様が、あんなゴロツキたちと仲良くなってるのよぉ!」

「くそっ……! 辺境騎士団め……! 王族に楯突いたこと、後悔させてやる!」

王子は爪を噛んだ。

「こうなったら……正攻法だ」

「正攻法?」

「ああ。あいつの店の『評判』を落としてやる。……衛生管理や脱税の疑惑をでっち上げて、営業停止処分にしてやるんだ!」

「さっすがアレク様ぁ! 賢いですわぁ!」

懲りない二人。

彼らはまだ気づいていない。

その「評判」を落とそうと画策した相手が、今や国の国防を担う騎士団の「最重要補給基地」となっていることに。

店に手を出せば、国中の武闘派を敵に回すことになるという事実に。
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