婚約破棄された悪役令嬢の甘い世界征服!

苺マカロン

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「たのもう!!」

平穏な朝のカフェ『シュガー・ドリーム』。

その静寂を破ったのは、ドアベルの音ではなく、腹の底から響くような大音声だった。

バンッ!

入り口のドアが開け放たれる。

そこに立っていたのは、真っ白なコックコートを着崩し、腰に巨大な麺棒を帯びた、異国の男だった。

「ここが『大陸最強の菓子職人』がいるという店か! 俺は『東方の大国』から来た、餡子(あんこ)の錬金術師、アズキ・ビーンズだ!」

男がビシッと私を指差す。

「スイート・フォン・ショコラ! 貴様と勝負しに来た! 俺の練り切りと、貴様の洋菓子、どちらが上か白黒つけようぜ!」

「……はぁ」

私はカウンターの中で、気だるげに頬杖をついた。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「話を聞け! 客じゃない、挑戦者だ!」

「当店では、商品を注文しない方の滞在はお断りしております」

「ぐっ……! な、なら一番安いコーヒーを頼む!」

「かしこまりました。お席へどうぞ」

これが、今朝から五件目の「道場破り」だった。

   *   *   *

ここ数日、私の店には世界中からパティシエたちが押し寄せていた。

原因は明白だ。

スパイシー帝国のスパイ、カイエンが持ち帰った『悪魔の石畳』のレシピ。

そして、テオドール国王陛下が発した「余のパティシエは世界一である」という公式声明。

これらが尾ひれをつけて拡散され、世界中の料理人たちのプライドを刺激してしまったらしい。

『打倒スイート!』
『奴を倒せば世界一の称号が手に入る!』

そんな野望を抱いた菓子職人たちが、聖地巡礼のようにこの森へ集結しているのだ。

「まったく、迷惑な話だな」

テーブル席で、ガナッシュ様が大量の「試供品」を食べながら言った。

「だが、悪くない」

「ガナッシュ様、食べ過ぎです」

彼の目の前には、挑戦者たちが置いていった「自慢のスイーツ」が山積みになっていた。

・南国フルーツ使いの『マンゴー・タルト』
・北国のアイス職人の『極寒ジェラート』
・芸術の都の『飴細工の薔薇』

挑戦者たちは「俺の菓子を食ってみろ!」と置いていくのだが、私が一口味見した後、残りは全てガナッシュ様(と騎士団員たち)の胃袋に収まっている。

「さて、アズキさんでしたっけ」

私は、コーヒーとセットで提供された彼の『至高の練り切り』を前に座った。

見た目は美しい。

季節の花を模した、繊細な細工が施されている。

「食ってみろ。小豆の皮を極限まで取り除き、三日三晩練り上げた究極の漉し餡だ。貴様のバターたっぷりの菓子など、この雅(みやび)な味の前では無粋な泥団子よ!」

アズキ氏が腕を組んで鼻を鳴らす。

私は黒文字(菓子切り)で一口分を切り、口に入れた。

……なるほど。

「甘いですね」

「当たり前だ! 菓子だからな!」

「いいえ。甘さの『質』の話です」

私はお茶を一口飲んで、口を開いた。

「小豆の風味は素晴らしい。ですが、砂糖の甘さが強すぎて、後味に雑味が残っています。……おそらく、煮詰める時の温度が高すぎて、糖がわずかに焦げているのでは?」

「なっ……!?」

アズキ氏が目を見開く。

「な、なぜそれを……! 俺はほんの一瞬、目を離しただけだぞ!?」

「その一瞬が命取りです。和菓子は水と火の芸術。……貴方の焦りは、餡子に伝わっていますよ」

私は優しく、しかし容赦なく指摘した。

「それと、このコーヒー。当店のオリジナルブレンドですが、深煎りの苦味が餡子の甘さを引き立てているでしょう? ……つまり、貴方の菓子は『単体では完成されていない』ということです」

「ぐうぅぅ……!」

アズキ氏が膝をついた。

「か、完敗だ……。まさか一口で、俺の迷いまで見抜かれるとは……」

「精進してください。……お会計はコーヒー代、金貨一枚になります」

「高い!? いや、授業料と思えば安いものか……」

アズキ氏は涙を拭い、金貨を置いて去っていった。

「ありがとうございましたー」

私は金貨をチャリンとレジに入れた。

「……お嬢、えげつねぇな」

騎士団員の一人が呆れている。

「来るもの拒まず、去る者からは金を取る。完全なる『搾取システム』じゃねぇか」

「失礼な。技術指導(コンサルティング)ですよ」

私が澄ましていると、店の外からまた騒がしい声が聞こえてきた。

「どけえぇぇぇ! 道を開けろぉぉぉ!」

今度は馬車の音だ。

しかも、かなり大規模な。

「……またか?」

ガナッシュ様が警戒して窓を見る。

そこに現れたのは、黄金に輝く馬車……ではなく、派手な装飾が施された移動式ステージのような巨大な車両だった。

車体には大きく『世界洋菓子協会(WPA)』の文字。

そして、その屋根の上には――。

「ハーッハッハッハ! 見つけたぞ、宿敵スイート!」

高笑いと共に現れたのは、例の「カップケーキ着ぐるみ」を着た……いや、今は脱いでいるが、なぜか頭に「ホイップクリーム型の帽子」を被ったアレクサンドル王子だった。

「……殿下、その帽子は何ですか?」

私が店から出て尋ねると、王子はバサッとマントを翻した。

「ふふん、これは『世界洋菓子協会・名誉会長』の証だ!」

「会長? いつの間に?」

「金で買った! ……じゃなくて、僕の情熱が認められたのだ!」

王子はタラップを降りてきた。

その後ろには、厳めしい顔をした数名の審査員風の男たちと、ミント男爵令嬢が続いている。

「スイートよ。貴様の店に、世界中の職人が集まっていることは知っている。……だが、こんな田舎の店で小競り合いをしていても、真の『世界一』は決まらん!」

王子が宣言する。

「そこで! 僕が公式な舞台を用意してやったぞ!」

王子が指を鳴らすと、従者が巨大なポスターを広げた。

『第一回・天下一洋菓子武闘会(スイーツ・コロシアム) in 王都』

『優勝賞品:王家の料理番の地位 & どんな願いも一つ叶える権利』

「どんな願いも?」

私が反応すると、王子はニヤリと笑った。

「そうだ。もし貴様が勝てば、僕が以前配ったチラシの残り……あと九千枚を配ってやってもいい」

「一〇〇〇枚じゃなかったんですか?」

「増刷したんだよ! ……だが、もし貴様が負ければ!」

王子の目がギラリと光った。

「貴様の店を没収し、僕の専用おやつ工場にする! もちろん、貴様はタダ働きだ!」

なんてセコい野望だ。

しかし、「どんな願いも叶える」というのは魅力的だ。

もし勝てば、王家の権力を使って、世界中の希少食材を独占ルートで仕入れることも可能になるかもしれない。

「……面白いですね」

私はポスターを見た。

開催地は王都の闘技場。

参加資格はプロ・アマ問わず。

ルールは無用(毒以外)。

「受けて立ちましょう」

「ほ、本当か!?」

王子が驚いた顔をする。

「ええ。ちょうど、道場破りの相手をするのも飽きてきたところです。まとめて相手をして差し上げますわ」

私は腕まくりをした。

「それに、世界の技を見るのは勉強になりますから」

「ふ、ふん! 余裕だな! だが今回は、前回のような『買収された審査員』ではないぞ!」

王子が胸を張る。

「審査員は、国民全員だ!」

「国民?」

「そうだ! 闘技場に集まった一万人の観客が試食し、投票を行う! 貴様の小細工は通用しない!」

なるほど。

一万人の試食。

つまり、一万個のお菓子を作る必要があるということか。

これは単なる味の勝負ではない。

「生産能力(オペレーション)」と「スタミナ」の勝負だ。

「望むところです。……大量生産は、給食当番で鍛えられていますから」

「くくく……楽しみにしていろ! 地獄を見るぞ!」

王子は捨て台詞を残し、巨大な馬車に乗って去っていった。

「……一万個か」

ガナッシュ様が、深刻な顔で私の隣に立った。

「一人で作る量ではないぞ。……助手が必要か?」

「いえ、大丈夫です」

私はニヤリと笑った。

「私には、優秀な『下ごしらえ部隊』がいますから」

「……まさか」

ガナッシュ様が、店内でくつろぐ騎士団員たちを振り返る。

彼らは「ん?」「お代わりか?」と呑気な顔をしている。

「彼らの筋肉(パワー)があれば、メレンゲの泡立ても、生地の練り込みも一瞬です。……ふふふ、地獄の特訓を始めますよ」

私はゴムベラを掲げた。

「総員、注目! これより『作戦名:一万人を糖尿病予備軍にする計画』を発動する!」

「「「イエッサー!!!」」」

騎士たちの野太い声が森に響く。

こうして、カフェ『シュガー・ドリーム』は、一時的に『スイーツ強化合宿所』へと変貌を遂げた。

決戦の日は近い。

私のゴムベラが、王都の闘技場で火を噴く時が来たのだ。
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