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「声が小さい! 気合を入れなさい! メレンゲは空気を含むことを『呼吸』しているのよ!」
「「「イ、イエッサー!!!」」」
カフェ『シュガー・ドリーム』の裏庭。
そこは現在、この世の地獄と化していた。
上半身裸の筋骨隆々な男たち――辺境騎士団の精鋭五十名が、巨大なボウルを抱え、鬼の形相で右手を高速回転させているのだ。
シャカシャカシャカシャカッ!!
金属音が森に木霊する。
彼らが挑んでいるのは、魔獣討伐ではない。
「手動泡立て(ホイップ)」だ。
「第三小隊、遅れているわよ! 乳脂肪分四十七パーセントの生クリームは、温度が上がると分離するわ! 氷水で冷やしながら、脇を締めて、手首のスナップを効かせるの!」
私は指揮台(ビールケース)の上から、麺棒を振り回して檄を飛ばした。
「そこのスキンヘッド! 力が強すぎる! ボウルの底が抜けそうよ! もっと優しく、かつ激しく!」
「くっ、くそぉぉぉ! ドラゴンの鱗を剥ぐより難しいぜぇぇぇ!」
騎士の一人が悲鳴を上げる。
彼らの腕は、連日の特訓でパンパンに膨れ上がっていた。
だが、私のスパルタ指導は止まらない。
一万個のシュークリームを作るには、機械(ミキサー)では追いつかない。
頼れるのは、彼らの無尽蔵のスタミナと、握力だけなのだ。
「団長ぉぉぉ! 助けてください! お嬢が……お嬢が鬼に見えます!」
騎士が泣きついた先には、優雅にパイプ椅子に座り、完成したクリームの味見をしているガナッシュ様がいた。
「諦めろ」
ガナッシュ様は、スプーンを舐めながら冷酷に告げた。
「これは『戦(いくさ)』だ。戦場で上官の命令に背けば、即ち死(おやつ抜き)を意味する」
「そ、そんなぁ……!」
「それに、見ろ。貴様らが必死に泡立てたクリームは……驚くほどコシが強く、滑らかだ」
ガナッシュ様が目を細める。
「筋肉こそが、最高の隠し味になるのだな」
「その通りです」
私はニヤリと笑った。
「さあ、次はシュー生地の絞り出しよ! 握力八十キロの力で、均一な大きさに一万個絞り出すの! 一個でもサイズが違ったら、最初からやり直しだからね!」
「「「ヒィィィィッ!!!」」」
騎士たちの絶叫が、秋の空に吸い込まれていった。
* * *
そして、決戦当日。
王都、王立闘技場(コロシアム)。
かつては剣闘士たちが血を流したこの場所に、今日はお菓子好きの市民一万人が集結していた。
「さあ、集まりいただいた甘党諸君! これより『第一回・天下一洋菓子武闘会』を開催する!」
アレクサンドル王子(今日は普通の服)の実況が響き渡る。
「ルールは簡単! 制限時間五時間以内に、一万個のお菓子を用意し、観客全員に配ること! 最も美味かった方に投票せよ!」
ワァァァァァァッ!!
観客の歓声と共に、南側のゲートが開いた。
「まずは、王家代表! 世界中から集められた一流パティシエ軍団、『ロイヤル・スイーツ・ナイツ』の入場だーッ!」
煌びやかなファンファーレと共に現れたのは、白いコックコートを着た百人のシェフたち。
彼らは最新式の魔法調理器具を押し、洗練された動きで行進してくる。
「おおーっ! すごそう!」
「王家の威信をかけてるな!」
観客が沸く。
王子は勝ち誇った顔でマイクを握った。
「そして! 北側のゲートから現れるのは……まあ、言わなくてもわかるな! 田舎のカフェの店主と、その手下どもだ!」
ブブーッという低いブーイングのような音が鳴り、北ゲートが開く。
ズシン、ズシン、ズシン……。
地響きと共に現れたのは、黒いエプロンをつけた、五十人の巨漢たちだった。
「……え?」
「な、なんだあれ……」
観客がざわつく。
彼らの顔には無数の古傷。
腕には今にもはち切れんばかりの筋肉。
手には、凶器のように巨大な泡立て器や麺棒。
そして、その中心を歩くのは――真っ赤なエプロンをなびかせ、不敵な笑みを浮かべた私、スイート・フォン・ショコラ。
「……殺し屋集団か?」
「いや、山賊だろ」
「あの泡立て器で、人を殴るんじゃ……」
恐怖におののく観客たち。
王子が笑う。
「ハハハ! 見ろ、あのむさ苦しい集団を! あんな連中が作った菓子など、誰も食べたがらないぞ!」
「そうですわねぇ~。汗臭そうですもの~」
ミントも横で鼻をつまむ。
私は、闘技場の中央で足を止めた。
そして、隣に立つガナッシュ様(今日はヘッドシェフ代理)に目配せをした。
「ガナッシュ様、皆様への挨拶をお願いします」
「うむ」
ガナッシュ様が一歩前に出た。
そして、肺一杯に空気を吸い込み、雷のような大音声で叫んだ。
「野郎どもぉぉぉッ!!!」
「「「オウッ!!!」」」
騎士たちが野太い声で応える。
「我々の任務はなんだ!」
「「「客の胃袋を制圧することデアリマス!!!」」」
「我々の武器はなんだ!」
「「「愛と! 筋肉と! 生クリームデアリマス!!!」」」
「よろしい! ならば見せてやれ! 地獄の合宿を生き残った、貴様らの『女子力(物理)』を!!」
「「「イエッサーーーッ!!!」」」
ドォォォォォン!!
騎士たちが一斉に調理台に手を叩きつけた。
その迫力に、観客たちは度肝を抜かれ、そして次の瞬間、爆笑と拍手が巻き起こった。
「なんだあれ! 面白すぎる!」
「女子力(物理)ってなんだよ!」
「意外と美味そうなもん作りそうだぞ!」
掴みはオッケーだ。
私はニヤリと笑い、王子を睨みつけた。
「(見ていなさい。貴方が集めたエリート集団と、私の『筋肉パティシエ軍団』。……どちらが上か、教えてあげるわ)」
「両者、位置につけ!」
審判の合図で、私たちは配置についた。
今回の私の武器。
一万個を焼き上げ、かつ焼きたての香りで会場を支配する、最強の焼き菓子。
『爆弾・クッキーシュークリーム』。
「レディー……ゴーッ!!」
開始のゴングが鳴った瞬間。
私の号令が飛んだ。
「第一班、生地投入! 第二班、カスタード装填! 第三班、オーブン予熱最大!」
「オラオラオラァァァッ!!」
騎士たちが目にも止まらぬ速さで動き出した。
その速度は、王家のシェフたちを遥かに凌駕していた。
なぜなら、彼らは「速く作らなければ、おやつ抜き」という恐怖によって駆動されているからだ。
さあ、開戦だ。
王都のど真ん中で、甘くて暑苦しい戦いが幕を開けた。
「「「イ、イエッサー!!!」」」
カフェ『シュガー・ドリーム』の裏庭。
そこは現在、この世の地獄と化していた。
上半身裸の筋骨隆々な男たち――辺境騎士団の精鋭五十名が、巨大なボウルを抱え、鬼の形相で右手を高速回転させているのだ。
シャカシャカシャカシャカッ!!
金属音が森に木霊する。
彼らが挑んでいるのは、魔獣討伐ではない。
「手動泡立て(ホイップ)」だ。
「第三小隊、遅れているわよ! 乳脂肪分四十七パーセントの生クリームは、温度が上がると分離するわ! 氷水で冷やしながら、脇を締めて、手首のスナップを効かせるの!」
私は指揮台(ビールケース)の上から、麺棒を振り回して檄を飛ばした。
「そこのスキンヘッド! 力が強すぎる! ボウルの底が抜けそうよ! もっと優しく、かつ激しく!」
「くっ、くそぉぉぉ! ドラゴンの鱗を剥ぐより難しいぜぇぇぇ!」
騎士の一人が悲鳴を上げる。
彼らの腕は、連日の特訓でパンパンに膨れ上がっていた。
だが、私のスパルタ指導は止まらない。
一万個のシュークリームを作るには、機械(ミキサー)では追いつかない。
頼れるのは、彼らの無尽蔵のスタミナと、握力だけなのだ。
「団長ぉぉぉ! 助けてください! お嬢が……お嬢が鬼に見えます!」
騎士が泣きついた先には、優雅にパイプ椅子に座り、完成したクリームの味見をしているガナッシュ様がいた。
「諦めろ」
ガナッシュ様は、スプーンを舐めながら冷酷に告げた。
「これは『戦(いくさ)』だ。戦場で上官の命令に背けば、即ち死(おやつ抜き)を意味する」
「そ、そんなぁ……!」
「それに、見ろ。貴様らが必死に泡立てたクリームは……驚くほどコシが強く、滑らかだ」
ガナッシュ様が目を細める。
「筋肉こそが、最高の隠し味になるのだな」
「その通りです」
私はニヤリと笑った。
「さあ、次はシュー生地の絞り出しよ! 握力八十キロの力で、均一な大きさに一万個絞り出すの! 一個でもサイズが違ったら、最初からやり直しだからね!」
「「「ヒィィィィッ!!!」」」
騎士たちの絶叫が、秋の空に吸い込まれていった。
* * *
そして、決戦当日。
王都、王立闘技場(コロシアム)。
かつては剣闘士たちが血を流したこの場所に、今日はお菓子好きの市民一万人が集結していた。
「さあ、集まりいただいた甘党諸君! これより『第一回・天下一洋菓子武闘会』を開催する!」
アレクサンドル王子(今日は普通の服)の実況が響き渡る。
「ルールは簡単! 制限時間五時間以内に、一万個のお菓子を用意し、観客全員に配ること! 最も美味かった方に投票せよ!」
ワァァァァァァッ!!
観客の歓声と共に、南側のゲートが開いた。
「まずは、王家代表! 世界中から集められた一流パティシエ軍団、『ロイヤル・スイーツ・ナイツ』の入場だーッ!」
煌びやかなファンファーレと共に現れたのは、白いコックコートを着た百人のシェフたち。
彼らは最新式の魔法調理器具を押し、洗練された動きで行進してくる。
「おおーっ! すごそう!」
「王家の威信をかけてるな!」
観客が沸く。
王子は勝ち誇った顔でマイクを握った。
「そして! 北側のゲートから現れるのは……まあ、言わなくてもわかるな! 田舎のカフェの店主と、その手下どもだ!」
ブブーッという低いブーイングのような音が鳴り、北ゲートが開く。
ズシン、ズシン、ズシン……。
地響きと共に現れたのは、黒いエプロンをつけた、五十人の巨漢たちだった。
「……え?」
「な、なんだあれ……」
観客がざわつく。
彼らの顔には無数の古傷。
腕には今にもはち切れんばかりの筋肉。
手には、凶器のように巨大な泡立て器や麺棒。
そして、その中心を歩くのは――真っ赤なエプロンをなびかせ、不敵な笑みを浮かべた私、スイート・フォン・ショコラ。
「……殺し屋集団か?」
「いや、山賊だろ」
「あの泡立て器で、人を殴るんじゃ……」
恐怖におののく観客たち。
王子が笑う。
「ハハハ! 見ろ、あのむさ苦しい集団を! あんな連中が作った菓子など、誰も食べたがらないぞ!」
「そうですわねぇ~。汗臭そうですもの~」
ミントも横で鼻をつまむ。
私は、闘技場の中央で足を止めた。
そして、隣に立つガナッシュ様(今日はヘッドシェフ代理)に目配せをした。
「ガナッシュ様、皆様への挨拶をお願いします」
「うむ」
ガナッシュ様が一歩前に出た。
そして、肺一杯に空気を吸い込み、雷のような大音声で叫んだ。
「野郎どもぉぉぉッ!!!」
「「「オウッ!!!」」」
騎士たちが野太い声で応える。
「我々の任務はなんだ!」
「「「客の胃袋を制圧することデアリマス!!!」」」
「我々の武器はなんだ!」
「「「愛と! 筋肉と! 生クリームデアリマス!!!」」」
「よろしい! ならば見せてやれ! 地獄の合宿を生き残った、貴様らの『女子力(物理)』を!!」
「「「イエッサーーーッ!!!」」」
ドォォォォォン!!
騎士たちが一斉に調理台に手を叩きつけた。
その迫力に、観客たちは度肝を抜かれ、そして次の瞬間、爆笑と拍手が巻き起こった。
「なんだあれ! 面白すぎる!」
「女子力(物理)ってなんだよ!」
「意外と美味そうなもん作りそうだぞ!」
掴みはオッケーだ。
私はニヤリと笑い、王子を睨みつけた。
「(見ていなさい。貴方が集めたエリート集団と、私の『筋肉パティシエ軍団』。……どちらが上か、教えてあげるわ)」
「両者、位置につけ!」
審判の合図で、私たちは配置についた。
今回の私の武器。
一万個を焼き上げ、かつ焼きたての香りで会場を支配する、最強の焼き菓子。
『爆弾・クッキーシュークリーム』。
「レディー……ゴーッ!!」
開始のゴングが鳴った瞬間。
私の号令が飛んだ。
「第一班、生地投入! 第二班、カスタード装填! 第三班、オーブン予熱最大!」
「オラオラオラァァァッ!!」
騎士たちが目にも止まらぬ速さで動き出した。
その速度は、王家のシェフたちを遥かに凌駕していた。
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