婚約破棄された悪役令嬢の甘い世界征服!

苺マカロン

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「見よ! 我が王家シェフ団の華麗なる魔法調理を!」

闘技場の南側。

アレクサンドル王子の自慢げな声と共に、王家チームの調理が始まった。

「ウィンド・カッター(風の刃)!」

シェフが杖を振ると、風の魔法が発動し、フルーツが空中で均等にスライスされていく。

「ファイア・ボール(火の玉)!」

別のシェフが指を鳴らすと、宙に浮いたフライパンが自動で加熱され、クレープ生地が焼かれていく。

優雅だ。

洗練されている。

汗ひとつかかず、まるでオーケストラの指揮者のように菓子を作り上げていく様は、まさに王家の威光そのものだった。

観客たちも「おおっ……!」「魔法ってすげぇ!」と感嘆の声を上げている。

対して、北側――私の陣地。

「オラァァァァッ!!」

「フンッ! フンッ! フンッ!」

聞こえてくるのは、野獣の咆哮と、筋肉が軋む音だけだった。

「粉ふるい部隊、ペースを上げろ! 上腕二頭筋を意識して、遠心力で粉を舞わせるんだ!」

「カスタード部隊、鍋底を焦がすな! 大胸筋で鍋を固定し、広背筋を使ってヘラを回せ!」

私が拡声器で指示を飛ばすたびに、騎士たちの動きが加速する。

彼らに魔法などない。

あるのは、日々の鍛錬で培った「物理(フィジカル)」のみ。

ドガガガガガッ!!

手動泡立て器が音速を超え、ボウルの中の生クリームが一瞬で角を立てる。

バキィッ!!

素手で卵を割る速度が速すぎて、残像が見える。

「……野蛮だ」

対岸で見ていた王家チームの料理長が、蔑みの笑みを浮かべた。

「あんな力任せの調理で、繊細な菓子が作れるわけがない。所詮は田舎の力仕事よ」

「そうですねぇ。きっと、ゴムのような生地が焼き上がるに決まってますわ」

ミントも余裕の表情で紅茶を飲んでいる。

しかし。

勝負開始から二時間後。

先に異変が起きたのは、観客席だった。

「……くんくん」

「おい、なんだこの匂い」

「甘い……焼きたてのクッキーと、バターの焦げる匂いがするぞ……!」

観客たちが鼻をひくつかせ始めた。

その香りの発生源は、魔法を使っている南側ではない。

原始的な薪オーブンをフル稼働させている、北側だった。

「焼き上がり五秒前! 総員、排出準備!」

私のカウントダウンが響く。

「5、4、3、2、1……オープンッ!!」

ギィィィィ……!

巨大なオーブンの扉が一斉に開かれた。

ボワァァァァッ!!!!

猛烈な熱気と共に、暴力的なまでに甘く、香ばしい香りが闘技場全体に爆発的に広がった。

「うおぉぉぉぉッ!?」

観客席からどよめきが起こる。

天板の上に並んでいたのは、一万個の『クッキーシュー』。

表面に乗せたクッキー生地がオーブンの熱でひび割れ、ザクザクとした黄金色の鎧を纏っている。

その大きさは、大人の拳骨(げんこつ)サイズ。

「よし! シュー皮の膨らみは完璧よ!」

私は熱々の天板を確認し、ニヤリと笑った。

「ここからはスピード勝負! 皮が湿気る前に、冷たいカスタードを注入するのよ!」

「「「イエッサー!!!」」」

騎士たちが、注射器のような巨大な絞り袋(特注品)を構える。

ブシュッ! ブシュッ! ブシュッ!

彼らは流れ作業で、次々とシュー皮の底にクリームを注入していく。

その手際は、精密機械のように正確だった。

「完成! 『爆弾・クッキーシュークリーム』一万個!」

開始からわずか三時間。

私たちはノルマを達成した。

「な、なんだと!?」

王子が椅子から転げ落ちる。

「早すぎる! 王家チームはまだ、五千個目のクレープを焼いているところだぞ!?」

魔法は便利だが、魔力切れ(ガス欠)による休憩が必要だ。

しかし、筋肉は裏切らない。彼らはプロテインさえあれば無限に動けるのだ。

「さあ、配給開始よ! お客様のもとへ突撃!」

「「「ウオォォォォッ!!!」」」

騎士たちが、シュークリームの山を抱えて観客席へとなだれ込んだ。

「受け取れぇぇぇ! 俺の愛だぁぁぁ!」

「熱いうちに食え! 火傷しても知らんぞ!」

「残したら埋めるぞ!」

接客態度は最悪(脅迫に近い)だが、そのスピードは凄まじい。

あっという間に、一万人の観客の手にシュークリームが渡った。

観客たちは、ずっしりと重いその菓子を見つめた。

表面はゴツゴツとしたクッキー生地。

底には、クリームが詰め込まれた穴。

まだ温かい。

「……いただきます」

一人の少年が、大きな口を開けてかぶりついた。

ザクッ!!

軽快な破裂音。

その直後。

ドロォォォォ……ッ!

中から、濃厚なカスタードクリームが雪崩のように溢れ出し、口の中を埋め尽くした。

「んぐっ!?」

少年が目を見開く。

卵のコク。

バニラの香り。

そして、ほんのり塩気の効いたクッキー生地のサクサク感。

それらが渾然一体となり、脳髄を直撃する。

「う……うまいッ!!」

少年が叫んだ。

「なんだこれ! クリームの量が半端ねぇ! 溺れる!」

それを合図に、会場中で咀嚼音が響き渡った。

ザクザクッ! トロトロッ!

「甘い! けどくどくない!」

「皮がうめぇ! このザクザクだけで酒が飲める!」

「ああ……幸せで死にそう……」

一万人が、一斉に天を仰いだ。

闘技場は、甘い溜息と歓声で満たされた。

「そ、そんな……」

王子は呆然と立ち尽くした。

王家チームのクレープも完成し始めていたが、誰も見向きもしない。

目の前にある「暴力的な美味しさ」の虜になってしまっているのだ。

「くそっ……! まだだ! まだ負けたわけではない!」

王子はマイクを掴んだ。

「投票だ! 投票を始めろ! 王家のクレープには金粉がかかっているんだぞ! 高級なんだぞ!」

しかし。

投票箱に集まったのは、圧倒的な結果だった。

『スイート・フォン・ショコラ:9980票』
『王家チーム:20票(王子とミント、および関係者のみ)』

「勝者! スイート・フォン・ショコラ!!!」

審判の宣言と共に、会場が揺れるほどの大歓声が上がった。

騎士たちが抱き合って喜び、ガナッシュ様が仁王立ちで親指を立てる。

私はエプロンを外し、へたり込んでいる王子の前へ歩み寄った。

「……さて、殿下」

「ひっ……!」

「約束、覚えていますよね?」

私はポスターの文言を指差した。

『優勝賞品:どんな願いも一つ叶える権利』

「な、何を望む気だ……! 金か? 地位か? それとも僕の命か!?」

王子が涙目で後ずさる。

私はニッコリと微笑み、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

それは、事前にガナッシュ様と相談して作成しておいた、ある「計画書」だった。

「私の願いは一つ」

私は高らかに宣言した。

「王都のメインストリートにある、王家所有の空き地。……あそこを私にください」

「は? 土地? あんな一等地をどうする気だ?」

「決まっているでしょう」

私は闘技場の空を指差した。

「あそこに、世界最大のお菓子のテーマパーク――『スイート・キングダム』を建設します!」

「て、テーマパーク……!?」

「はい。お菓子の城、チョコレートの川、ビスケットの観覧車……。世界中の人が笑顔になれる、夢の国を作るのです」

会場がどよめいた。

そして次の瞬間、「見たい!」「絶対に行く!」という大歓声に変わった。

「そ、そんなふざけたもの……!」

「民意は私にありますよ、殿下」

私は畳み掛けた。

「それとも、約束を破って暴動を起こさせますか? ここにいる一万人の甘党と、五十人の筋肉騎士を敵に回して」

「ぐぬぬ……!」

王子は悔しそうに唇を噛み締め、そしてガックリと項垂れた。

「……わかった。くれてやる」

「ありがとうございます!」

私はガッツポーズをした。

やった。

これで念願の「甘い世界征服」の拠点が手に入る。

「ガナッシュ様! やりましたよ!」

私が振り返ると、ガナッシュ様が複雑な顔で立っていた。

「……スイート」

「はい?」

「テーマパークを作るのはいいが……俺の騎士団を、アトラクションの動力源(人力メリーゴーランド等)にするのだけはやめてくれよ?」

「あら、バレました?」

「やはりか……」

ガナッシュ様は頭を抱えたが、その口元は笑っていた。

こうして、天下一洋菓子武闘会は私の完全勝利で幕を閉じた。

次なる舞台は、王都のど真ん中に建設される巨大テーマパーク。

だが、その建設には莫大な資金と、さらなるトラブルが待ち受けていることを、私はまだ知る由もなかった。

そして、敗北した王子が、密かに「逆転の秘策」として、禁断の黒魔術(?)に手を出そうとしていることも……。
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