婚約破棄された悪役令嬢の甘い世界征服!

苺マカロン

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「……苦い」

私は、口に入れた漆黒の塊を吐き出しそうになるのを、淑女のプライドだけで堪えた。

「ガナッシュ様……これ、何ですか?」

「現地の名物、『魂のブロック』だそうだ」

「魂? これはただの『カカオマス』の塊ですよ。しかも砂糖ゼロの」

ここは、海を越えた隣の大陸。

世界最大のカカオ生産量を誇る軍事大国、『カカオ帝国』の城下町だ。

私とガナッシュ様は、テーマパークの運営をアレクサンドル王子(キング・カップケーキ)とミントに丸投げし、ハネムーンという名目の「食材探しの旅」に来ていた。

しかし。

「この国の食文化、どうなっているの?」

私は通りの屋台を見渡した。

どこを見ても、並んでいるのは「真っ黒な食べ物」ばかり。

・カカオ100%スープ(激苦)
・カカオニブの塩漬け(激渋)
・カカオマスの丸かじり棒(拷問)

甘いものが、一つもない。

砂糖の「さ」の字も見当たらないのだ。

「甘い匂いがしないわ。……漂っているのは、焙煎された豆の香ばしさと、ストイックすぎる苦味だけ」

「ふむ。この国では『苦味こそが強さの証』とされているらしい」

ガナッシュ様が、観光ガイドブック(スパイのカイエンが書いてくれた手書きメモ)を読み上げる。

『カカオ帝国憲法第一条:甘えは敵だ。砂糖は軟弱の象徴なり。国民は常にカカオ99%の精神で生きよ』

「……何そのディストピア」

私は頭を抱えた。

甘いものがこの世で一番の「平和の象徴」だと信じている私にとって、ここは敵地以外の何物でもない。

「帰りましょう、ガナッシュ様。ここでは美味しいお菓子は作れません」

「ま、待てスイート。……目的を忘れたか?」

ガナッシュ様が私を引き止める。

「『伝説のドラゴン・カカオ』だ。それを手に入れるまでは帰れんのだろう?」

そうだった。

この帝国には、千年に一度しか実をつけないという、幻のカカオの木があるらしい。

そのカカオで作ったチョコレートは、食べた者に永遠の愛と幸福をもたらすという。

新婚の私たちにはピッタリの食材だ。

「……仕方ありませんね。潜入捜査を続けましょう」

私はフードを深く被り直した。

もし私が「砂糖の魔女(パティシエ)」だとバレたら、即座に処刑されかねない雰囲気だ。

「おい、そこの旅人!」

突然、厳つい鎧を着た衛兵に呼び止められた。

「ギクッ」

「貴様ら、見ない顔だな。……入国審査は済ませたか?」

「は、はい。観光で来ました」

ガナッシュ様が前に出て、通行手形を見せる。

衛兵は疑わしげな目で私たちをジロジロと見た後、腰の袋から「何か」を取り出した。

「では、証明してもらおうか」

「証明?」

「帝国への忠誠をだ。……食え」

衛兵が差し出したのは、真っ黒なタブレット(板チョコ)だった。

包み紙には『カカオ99.9%・致死量レベル』と書かれている。

「これを顔色一つ変えずに食べきれば、入国を許可する。もし少しでも『甘いものが食べたい』という顔をすれば……即刻投獄だ!」

なんて理不尽な踏み絵。

「(ま、まずいわ……。今の私の舌は、毎日の試食で甘味に慣れきっている……)」

こんな劇薬を口にしたら、ショック死するかもしれない。

私が躊躇していると、横から大きな手が伸びてきた。

「貸せ」

ガナッシュ様だった。

彼はタブレットをひったくると、バリボリと豪快に噛み砕いた。

「んぐっ……」

「ど、どうだ?」

衛兵が身を乗り出す。

ガナッシュ様のこめかみに青筋が浮かぶ。

目尻がピクピクと痙攣している。

口の中が、パサパサの粉末と強烈な苦味で砂漠化しているに違いない。

しかし、彼はニカッと笑ってみせた。

「……うまい! これぞ男の味だ!」

「お、おおっ! 見事だ!」

衛兵が感心して道を譲る。

「通ってよし! 貴様らは真の戦士だ!」

私たちは早足でその場を離れた。

路地裏に入った瞬間、ガナッシュ様が膝から崩れ落ちた。

「み、水……! 水をくれ……!」

「ガナッシュ様!」

私は慌てて水筒を差し出した。

「無理しすぎですよ! あんなゴムタイヤみたいな味のものを……」

「妻を守るのが……夫の役目だ……」

ガナッシュ様が息も絶え絶えに言う。

なんて格好いいのかしら。

でも、口の周りが真っ黒でお歯黒みたいになっている。

「許せませんね」

私は立ち上がった。

「私の大事な旦那様(味見係)を、こんな目に合わせるなんて。……この国の食文化、私がリフォームしてあげます」

「お、おいスイート。騒ぎを起こすなよ?」

「いいえ。これは『教育』です」

私は荷物の中から、隠し持っていた「秘密兵器」を取り出した。

それは、前回の戦いで余った『星屑の砂糖』と、特濃ミルクジャム。

「まずは、あの城に潜入します」

私は街の中央にそびえ立つ、巨大な黒い城を見上げた。

その頂上には、カカオの形をした不気味なオブジェが飾られている。

「あそこに、この国の皇帝がいるはずです。……彼に『本物のチョコレート』の味を教えてあげましょう」

「……また皇帝をたぶらかす気か?」

「人聞きが悪いですね。胃袋を掴むだけですよ」

   *   *   *

その夜。

カカオ城の厨房。

「なんだ貴様らは! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」

見回りの兵士に見つかったが、ガナッシュ様が瞬きする間に全員を気絶させた(峯打ち)。

「素晴らしい手際です」

「慣れたものだ。……で、どうする?」

「この国のカカオは、質自体は最高なんです」

私は厨房にあったカカオマスの袋を開けた。

「香りが強くて、酸味も少ない。……ただ、加工法が野蛮すぎるだけ」

私は腕まくりをした。

「今から作るわよ。『至高のミルクチョコレート・フォンデュ』をね」

まず、カカオマスを湯煎で丁寧に溶かす。

そこに、温めた生クリームとミルクジャムを少しずつ加え、乳化させる。

さらに、隠し味に『星屑の砂糖』を一振り。

黒く濁っていた液体が、次第に艶やかな琥珀色へと変わっていく。

甘く、優しく、そして心を溶かすような香りが、冷たい石造りの厨房を満たしていく。

「……いい匂いだ」

ガナッシュ様がうっとりする。

「よし、これを王の寝室へ運びます」

「なっ、直接か!?」

「ええ。ルームサービスです」

私たちはワゴンを押して、最上階へと向かった。

警備兵たちは、漂ってくる甘い香りを嗅いだ瞬間、「はにゃ~……」と骨抜きになって倒れていった。

「糖分不足の人間ほど、甘い匂いに弱い。……チョロいわね」

そして、皇帝の寝室の前。

「入るわよ」

私がドアを蹴破ろうとした時、中から話し声が聞こえた。

「……陛下、やはり無理です! これ以上、苦いものは食べられません!」

「ええい、黙れ! 余は皇帝だぞ! 苦味に耐えてこそ、国民の模範となれるのだ!」

「しかし、もう胃が限界です……!」

どうやら、皇帝自身もこの過酷な食生活に限界を迎えているらしい。

チャンスだ。

バーン!!

私はドアを全開にした。

「お届け物でーす!」

「な、何奴!?」

ベッドにいたのは、まだ十代前半と思われる少年皇帝と、必死にカカオ汁を飲ませようとしている侍従長だった。

「テロリストか! 出会え、出会え!」

「テロリストではありません。パティシエです」

私はワゴンを押し込み、少年皇帝の前に止めた。

「陛下。苦い人生(カカオ)にお疲れではありませんか?」

「な、なんだその甘ったるい匂いは……! 国法で禁じられた『砂糖』の香りか!?」

少年皇帝が鼻をひくつかせる。

その目は、恐怖しつつも、強烈な好奇心に釘付けになっていた。

「毒ではありません。……これは『魔法のソース』です」

私は串に刺したマシュマロ(持参品)を、とろとろのチョコレートソースにたっぷりと潜らせた。

「さあ、一口どうぞ」

「だ、ダメです陛下! それは軟弱者の食べ物です!」

侍従長が止めようとするが、ガナッシュ様が無言で壁ドンして黙らせた。

「……食べる」

少年皇帝が、震える手で串を受け取った。

そして、恐る恐る口へと運ぶ。

パクッ。

その瞬間。

カッ!!

少年皇帝の背後に、天使の羽が見えた(幻覚)。

「――――甘ぁぁぁぁぁぁぁいッ!!!!」

皇帝の絶叫が夜空に響いた。

「なんだこれは! 苦くない! 痛くない! お母様に抱きしめられているようだ!」

ポロポロと涙を流す皇帝。

「余は……余は今まで、何を我慢していたのだ……! こんなに美味しいものが、世界にあったなんて……!」

「気に入っていただけましたか?」

「うむ! うむ! もっとだ! もっと余に寄越せ!」

少年皇帝は、鍋ごと抱えてチョコレートを飲み始めた。

「あーあ、顔中ベタベタにして」

私はハンカチで拭いてあげた。

「あのね、陛下。強さというのは、苦味に耐えることじゃないの」

私は諭すように言った。

「甘いものを食べて笑顔になり、その笑顔で国民を幸せにすること。……それが本当の強さよ」

「……お姉様」

少年皇帝が、キラキラした目で私を見上げた。

「余と……結婚してくれ」

「はい?」

「余の妃になって、毎日これを作ってくれ! 国法など今すぐ変える! 国名を『シュガー帝国』に変えてもいい!」

「お断りします」

即答。

「えっ」

「私はすでに、世界一の甘党(ガナッシュ様)の妻ですので」

私がガナッシュ様の腕にしがみつくと、皇帝は「ガーン!」とショックを受けた。

「だ、だが! ならせめて、レシピを! それと『伝説のドラゴン・カカオ』のありかを教えてやるから!」

「……!」

交渉成立だ。

「いいでしょう。この国のカカオを使った、最高のチョコレートレシピを伝授します。その代わり、伝説のカカオを私にください」

「約束する!」

こうして、カカオ帝国における「甘味革命」は、たった一夜にして成し遂げられた。

翌日。

「砂糖解禁!」

「チョコレート万歳!」

街中が歓喜に包まれる中、私たちは皇帝から授かった地図を手に、さらに奥地のジャングルへと向かっていた。

目指すは『ドラゴン・カカオ』。

だが、その場所には、皇帝すら恐れる「真の守護者」がいるという噂だった。

「……嫌な予感がするな」

ガナッシュ様が呟く。

「大丈夫ですよ。どんな守護者でも、美味しく調理してあげますから」

私のゴムベラは、ジャングルでも最強の武器となるはずだ。
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