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カカオ帝国から帰国した私たちを待っていたのは、想像以上の光景だった。
「はい、そこのボク! 列を乱さないでね~♡ 乱すと、お姉さんがキレちゃうぞ~♡」
「キング・カップケーキだお! 握手会はこっちだお! ……暑い……死ぬ……」
テーマパーク『スイート・キングダム』は、ミントと王子(着ぐるみ)の獅子奮迅の働きにより、連日大盛況となっていた。
ミントの営業スマイルは神業の域に達し、王子の動きには哀愁という深みが加わっている。
「留守を任せて正解だったわね」
私は満足げに頷き、早速厨房へと直行した。
手元には、苦労して手に入れた『ドラゴン・カカオ』がある。
そして棚には『星屑の砂糖』。
「……役者は揃ったわ」
私はエプロンを締め、髪を束ねた。
これから作るのは、私のパティシエ人生の集大成とも言える一品。
『エターナル・ショコラ・トルテ』。
食べた瞬間、永遠の愛を誓いたくなるという、魔法のようなケーキだ。
* * *
その夜。
試作のケーキがオーブンの中で膨らむ甘い香りに包まれながら、私はガナッシュ様とティータイムを楽しんでいた。
しかし。
「…………」
ガナッシュ様の様子がおかしい。
いつもなら私の作ったクッキーを掃除機のように吸い込む彼が、今日は一枚のクッキーを手に持ったまま、上の空で紅茶を見つめている。
「ガナッシュ様? どうなさいました? お口に合いませんでしたか?」
「え? あ、いや……うまい。最高だ」
彼はハッとしてクッキーを口に入れたが、その笑顔はどこかぎこちない。
「……隠し事はなしですよ。夫婦(予定)なんですから」
私がじっと目を見つめると、彼は観念したように深いため息をついた。
「……実は、陛下から親書が届いた」
「陛下から? またお菓子の催促ですか?」
「いや。……辞令だ」
ガナッシュ様は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
「『辺境騎士団長ガナッシュを解任し、王都騎士団総長に任命する。直ちに王都へ帰還せよ』……とな」
「……総長!?」
私は驚いた。
それは騎士として最高の名誉ある地位だ。出世なんてレベルではない。国の軍事トップだ。
「おめでとうございます! すごいじゃないですか!」
「……喜べるわけがないだろう」
ガナッシュ様は苦渋に満ちた顔で言った。
「王都へ行くということは、この辺境を離れるということだ。……貴殿の店も、このテーマパークも、ここに置いていかなければならない」
「あ……」
そうか。
彼の拠点は王都になる。
私はどうする?
ついて行くなら、店を畳まなければならない。
ここに残るなら、彼とは離れ離れになる。
「断れないのですか?」
「王命だ。それに、今の王都の治安維持には、私の力が必要だと……」
ガナッシュ様は拳を握りしめた。
「俺は、貴殿の夢を壊したくない。貴殿はこの場所で、自分の城(パーク)を持つのが夢だったはずだ。……俺について来いとは、言えない」
沈黙が流れる。
オーブンのタイマーの音だけが、チッチッと響く。
「……少し、考えさせてください」
私はその夜、厨房に閉じこもった。
* * *
翌朝。
ガナッシュ様が、荷物をまとめて店の前に立っていた。
「……行くのか?」
騎士団の部下たちが、涙目で彼を見送る。
「ああ。陛下への返答期限が迫っている。……一度、王都へ戻って直談判してくるつもりだが、もしかしたらそのまま……」
彼は言葉を濁し、寂しげに店の窓を見上げた。
私がまだ、顔を見せていないからだ。
「スイートには、よろしく伝えてくれ。……俺のことは忘れて、ここでお菓子作りを続けてくれとな」
ガナッシュ様が背を向け、馬に乗ろうとした。
その時。
バーン!!
店のドアが勢いよく開いた。
「待ちなさい!!」
「スイート……?」
私はエプロン姿のまま、手に「あるもの」を持って駆け寄った。
それは、一晩かけて焼き上げた、漆黒のホールケーキ。
『エターナル・ショコラ・トルテ』だ。
「……何のつもりだ。餞別(せんべつ)か?」
「違います! 『脅迫状』です!」
「は?」
私はケーキを、ガナッシュ様の目の前に突きつけた(物理的に鼻先数センチ)。
「よく聞いてください、ガナッシュ様。……貴方は勘違いをしています」
「勘違い?」
「私の夢は、お菓子を作ること。そしてテーマパークを作ることでした。……でも、それだけじゃありません」
私は真っ直ぐに彼の目を見た。
「私の作ったお菓子を、貴方が『うまい』と言って笑って食べてくれること。……それが今の、私の一番の夢なんです!」
「……ッ!」
「貴方がいない厨房なんて、砂糖の入っていないメレンゲと同じ! 膨らみもしないし、味気ないわ!」
私は叫んだ。
「だから! 置いていくなんて言わないでください! 味見役がいなくなったら、誰が私の新作を評価するんですか! 責任取ってください!」
それは、プロポーズの返事であり、私の魂の叫びだった。
「スイート……」
ガナッシュ様の目が潤む。
「だが、王都に行けば、貴殿の店は……」
「店なんて、どこにでも作れます! 王都だろうが、隣国だろうが、無人島だろうが! 私のオーブンと腕があれば、そこが『シュガー・ドリーム』になります!」
私はニカッと笑った。
「それに、王都にはアレクサンドル王子(着ぐるみ)という優秀な宣伝マンもいますしね。……支店を出せばいいだけの話です!」
「……ふっ、ふははは!」
ガナッシュ様が吹き出した。
「そうか……。そうだったな。貴殿はそういう女だった」
彼は馬から降り、私を強く抱きしめた。
「すまない。俺が小さく考えていたようだ。……貴殿の菓子は、場所などに縛られるものではなかったな」
「ええ。どこへでもついて行きますよ。……覚悟してくださいね、総長閣下?」
「ああ。……一生、貴殿の胃袋の奴隷になろう」
抱き合う二人。
背景には、感動して号泣する騎士団員たちと、なぜか見送りに来ていたドラゴン(カカオ帝国の土産)が火を吹いて祝福している。
「……じゃあ、このケーキ。食べてくれますか?」
「もちろんだ。……今ここでな」
ガナッシュ様は、ホールケーキを手づかみで(!)豪快に齧り付いた。
「んんっ……!!」
濃厚なカカオの香り。
弾ける星屑の砂糖。
そして、あふれ出す愛の味。
「……世界一だ」
口の周りをチョコだらけにした最強の騎士が、世界で一番甘い笑顔を見せた。
「さあ、行きましょうか! 王都へ! 陛下に『総長就任の条件として、王城の厨房を私物化する権利』を認めさせに行きますよ!」
「……貴殿、本当に恐ろしいな」
こうして、私たちは再び王都へと向かうことになった。
辺境での店は、信頼できる弟子(騎士団の中から発掘したスイーツ男子)と、ミント&王子に任せて。
私の「甘い世界征服」の舞台は、ついに国の中心、王宮へと移る。
「はい、そこのボク! 列を乱さないでね~♡ 乱すと、お姉さんがキレちゃうぞ~♡」
「キング・カップケーキだお! 握手会はこっちだお! ……暑い……死ぬ……」
テーマパーク『スイート・キングダム』は、ミントと王子(着ぐるみ)の獅子奮迅の働きにより、連日大盛況となっていた。
ミントの営業スマイルは神業の域に達し、王子の動きには哀愁という深みが加わっている。
「留守を任せて正解だったわね」
私は満足げに頷き、早速厨房へと直行した。
手元には、苦労して手に入れた『ドラゴン・カカオ』がある。
そして棚には『星屑の砂糖』。
「……役者は揃ったわ」
私はエプロンを締め、髪を束ねた。
これから作るのは、私のパティシエ人生の集大成とも言える一品。
『エターナル・ショコラ・トルテ』。
食べた瞬間、永遠の愛を誓いたくなるという、魔法のようなケーキだ。
* * *
その夜。
試作のケーキがオーブンの中で膨らむ甘い香りに包まれながら、私はガナッシュ様とティータイムを楽しんでいた。
しかし。
「…………」
ガナッシュ様の様子がおかしい。
いつもなら私の作ったクッキーを掃除機のように吸い込む彼が、今日は一枚のクッキーを手に持ったまま、上の空で紅茶を見つめている。
「ガナッシュ様? どうなさいました? お口に合いませんでしたか?」
「え? あ、いや……うまい。最高だ」
彼はハッとしてクッキーを口に入れたが、その笑顔はどこかぎこちない。
「……隠し事はなしですよ。夫婦(予定)なんですから」
私がじっと目を見つめると、彼は観念したように深いため息をついた。
「……実は、陛下から親書が届いた」
「陛下から? またお菓子の催促ですか?」
「いや。……辞令だ」
ガナッシュ様は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
「『辺境騎士団長ガナッシュを解任し、王都騎士団総長に任命する。直ちに王都へ帰還せよ』……とな」
「……総長!?」
私は驚いた。
それは騎士として最高の名誉ある地位だ。出世なんてレベルではない。国の軍事トップだ。
「おめでとうございます! すごいじゃないですか!」
「……喜べるわけがないだろう」
ガナッシュ様は苦渋に満ちた顔で言った。
「王都へ行くということは、この辺境を離れるということだ。……貴殿の店も、このテーマパークも、ここに置いていかなければならない」
「あ……」
そうか。
彼の拠点は王都になる。
私はどうする?
ついて行くなら、店を畳まなければならない。
ここに残るなら、彼とは離れ離れになる。
「断れないのですか?」
「王命だ。それに、今の王都の治安維持には、私の力が必要だと……」
ガナッシュ様は拳を握りしめた。
「俺は、貴殿の夢を壊したくない。貴殿はこの場所で、自分の城(パーク)を持つのが夢だったはずだ。……俺について来いとは、言えない」
沈黙が流れる。
オーブンのタイマーの音だけが、チッチッと響く。
「……少し、考えさせてください」
私はその夜、厨房に閉じこもった。
* * *
翌朝。
ガナッシュ様が、荷物をまとめて店の前に立っていた。
「……行くのか?」
騎士団の部下たちが、涙目で彼を見送る。
「ああ。陛下への返答期限が迫っている。……一度、王都へ戻って直談判してくるつもりだが、もしかしたらそのまま……」
彼は言葉を濁し、寂しげに店の窓を見上げた。
私がまだ、顔を見せていないからだ。
「スイートには、よろしく伝えてくれ。……俺のことは忘れて、ここでお菓子作りを続けてくれとな」
ガナッシュ様が背を向け、馬に乗ろうとした。
その時。
バーン!!
店のドアが勢いよく開いた。
「待ちなさい!!」
「スイート……?」
私はエプロン姿のまま、手に「あるもの」を持って駆け寄った。
それは、一晩かけて焼き上げた、漆黒のホールケーキ。
『エターナル・ショコラ・トルテ』だ。
「……何のつもりだ。餞別(せんべつ)か?」
「違います! 『脅迫状』です!」
「は?」
私はケーキを、ガナッシュ様の目の前に突きつけた(物理的に鼻先数センチ)。
「よく聞いてください、ガナッシュ様。……貴方は勘違いをしています」
「勘違い?」
「私の夢は、お菓子を作ること。そしてテーマパークを作ることでした。……でも、それだけじゃありません」
私は真っ直ぐに彼の目を見た。
「私の作ったお菓子を、貴方が『うまい』と言って笑って食べてくれること。……それが今の、私の一番の夢なんです!」
「……ッ!」
「貴方がいない厨房なんて、砂糖の入っていないメレンゲと同じ! 膨らみもしないし、味気ないわ!」
私は叫んだ。
「だから! 置いていくなんて言わないでください! 味見役がいなくなったら、誰が私の新作を評価するんですか! 責任取ってください!」
それは、プロポーズの返事であり、私の魂の叫びだった。
「スイート……」
ガナッシュ様の目が潤む。
「だが、王都に行けば、貴殿の店は……」
「店なんて、どこにでも作れます! 王都だろうが、隣国だろうが、無人島だろうが! 私のオーブンと腕があれば、そこが『シュガー・ドリーム』になります!」
私はニカッと笑った。
「それに、王都にはアレクサンドル王子(着ぐるみ)という優秀な宣伝マンもいますしね。……支店を出せばいいだけの話です!」
「……ふっ、ふははは!」
ガナッシュ様が吹き出した。
「そうか……。そうだったな。貴殿はそういう女だった」
彼は馬から降り、私を強く抱きしめた。
「すまない。俺が小さく考えていたようだ。……貴殿の菓子は、場所などに縛られるものではなかったな」
「ええ。どこへでもついて行きますよ。……覚悟してくださいね、総長閣下?」
「ああ。……一生、貴殿の胃袋の奴隷になろう」
抱き合う二人。
背景には、感動して号泣する騎士団員たちと、なぜか見送りに来ていたドラゴン(カカオ帝国の土産)が火を吹いて祝福している。
「……じゃあ、このケーキ。食べてくれますか?」
「もちろんだ。……今ここでな」
ガナッシュ様は、ホールケーキを手づかみで(!)豪快に齧り付いた。
「んんっ……!!」
濃厚なカカオの香り。
弾ける星屑の砂糖。
そして、あふれ出す愛の味。
「……世界一だ」
口の周りをチョコだらけにした最強の騎士が、世界で一番甘い笑顔を見せた。
「さあ、行きましょうか! 王都へ! 陛下に『総長就任の条件として、王城の厨房を私物化する権利』を認めさせに行きますよ!」
「……貴殿、本当に恐ろしいな」
こうして、私たちは再び王都へと向かうことになった。
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