殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ

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パレードの喧騒が遠のき、夜の帳が王都を包む頃。
ラブリーは、馬車から降りた先にある光景を見て、三度目の眩暈に襲われていました。

「……殿下。ここ、どこですの? 私の知っているデリシャス公爵家の別邸とは、明らかに形状が異なりますわよ」

目の前にそびえ立つのは、白亜の壁にエメラルドの屋根、そして窓という窓に防犯用の魔導障壁が張り巡らされた、まるで要塞のような美しき宮殿でした。

「気に入ってくれたかい? 君が『聖女』として祀り上げられ、暴漢や不届きなお見合い相手に狙われないよう、私が私財を投じて三日で改築した『ラブリー・セーフティー・パレス』だ」

クロードは誇らしげに胸を張り、黄金の鍵を差し出しました。

「セーフティー・パレス……。殿下、それ、日本語……ではなく異国の言葉で『安全な宮殿』という意味ですけれど、私の耳には『豪華な監獄』としか聞こえませんわ」

「ははは、君は冗談が上手いな。さあ、入ろう。ミリー嬢も、君の身の回りの世話役として、ここでの永住権を許可したよ」

「……殿下。私、実家に帰りたいって、さっきから三回は申し上げましたわよね?」

後ろで大量の荷物を抱えたミリーが、死んだ魚のような目で突っ込みました。
しかし、クロードの「全肯定・独裁フィルター」にかかれば、拒絶はすべて照れ隠しに変換されます。

扉が開くと、そこにはさらに驚くべき光景が広がっていました。
床はすべて、ラブリーの足腰を労わる最高級の低反発魔導絨毯。
壁には彼女の肖像画が隙間なく飾られ、天井からは彼女の好きな花の香りがするミストが常時散布されています。

「……殿下。この壁の肖像画、いつの間に描かせたんですの? 私、こんなポーズで寝ていた記憶はありませんわよ」

「ああ、それは私が寝ずの番をしながら描いた自筆のスケッチを元にしたものだよ。君の寝顔の黄金比を再現するのに苦労したんだ」

「怖いですわ! ストーカー行為を芸術に昇華しないでくださいまし!」

ラブリーが戦慄していると、中からカチャカチャと甲冑の音をさせて、一人の男が歩み寄ってきました。

「よぉ、ラブリー。引っ越し祝いにしては、随分と物々しい城だな」

「レオ!? あなた、お見合いで殿下にボコボコにされて、練兵場に引きこもっていたんじゃありませんこと?」

幼馴染の騎士レオは、苦笑しながら自身の胸元にある「特製ラブリー警護隊」のバッジを示しました。

「殿下に『ラブリーを指一本触れさせない最強の番犬になれ』って脅さ……いや、説得されてな。今日からこのパレスの警備責任者だ。……まぁ、お前を守れるなら役職なんて何でもいいけどよ」

「……ミリー様。これ、私の周囲にまともな人間が一人もいなくなっていませんこと?」

「手遅れですわ、ラブリー様。レオ様まで、殿下の『愛の軍門』に下ってしまったんですもの。……見てください、あの庭。何ですの、あの巨大な像は」

窓の外には、パレードで投げた「呪いの藁人形」を巨大化したような、高さ十五メートルの黄金像が鎮座していました。

「あれは君の慈愛を象徴する『生クリームの女神像』だ。夜になると発光し、王都全域に癒しの魔力を放射する仕組みになっている」

「恥ずかしいですわ! 今すぐ爆破してくださいまし! 私がどんな顔をして庭を散歩すればいいんですの!」

「君が照れる必要はない。……ラブリー、君は自由だと言ったね。……このパレスの中であれば、君は何をしても、誰を罵っても、何を投げてもいい。すべてが私の愛によって肯定される、君だけの王国なんだ」

クロードが背後からラブリーを抱きしめ、耳元で甘く囁きました。
その声は慈愛に満ちていましたが、抱きしめる腕の力は、二度と放さないという執念に満ちていました。

「……殿下。私、悪役令嬢として嫌われて、一人で静かに暮らしたかっただけなのに。……どうして、世界で一番騒がしい檻の中に入れられてしまったのかしら」

「それが私の愛の答えだよ。……さあ、夕食にしよう。君のために、世界中の珍味を集めた『生クリーム尽くしのフルコース』を用意させてある」

「……せめて、メインディッシュくらいは肉を焼いてくださいまし……」

ラブリーの新しい生活は、自由という名の「徹底的な管理」と、愛情という名の「底なしの執着」に彩られて始まりました。
ミリーのメモ帳には、『第21話:新居完成。脱出不可能率1000%。レオ様、番犬として就任。ラブリー様、もはや逃げる気力も生クリームに溶ける』と、絶望の記録が更新されました。
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