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王都の喧騒、馬車の音、そして漂う焼きたてパンの香り。
ラブリーは、地味な(といっても公爵令嬢基準で、一般的には最高級の綿で作られた)茶色のワンピースに身を包み、広場の中央で深く息を吸い込みました。
「……自由。これこそが、私が求めていた『一般市民』としての空気ですわ!」
「ラブリー様、あまり大きな声で仰らないでくださいまし。……それに、その『一般市民』の背後には、光学迷彩で隠れたドローンが五機滞空していますのよ」
隣で「普通の侍女」を装いつつ、通信機を握りしめているミリーが、小声で釘を刺しました。
「いいのです、ミリー様! 見えないものは存在しないも同然ですわ。見てください、あの露店のリンゴ! 泥がついていて、形も不揃い……なんて、なんて人間味に溢れているのかしら!」
ラブリーは目を輝かせ、近くの果物屋の屋台へと駆け寄りました。
店主は、無精髭を蓄えた、いかにも「頑固親父」といった風貌の男です。
「おじ様! この、一番ひねくれた形のリンゴを一つくださいな。私の人生と同じくらい、捻じ曲がった味を期待していますわ!」
「……ああ、お嬢ちゃん。……へい、まいど。……これ、おまけだ。全部で一万ゴールドだ」
「一万ゴールド!? おじ様、リンゴ一つで私の領地の村が一つ買えてしまいますわよ!?」
ラブリーが驚愕して叫ぶと、店主の男は慌てて耳元の隠しイヤホンを押さえ、空を見上げました。
「……あ、いや、間違えた! 一ペニーだ! 安すぎて利益が出ねえ! あー、俺はなんて慈善活動に熱心な店主なんだ!」
「……ラブリー様。あの店主、よく見たら殿下の直属の隠密部隊の隊長ですわよ。髭が付け髭ですもの」
ミリーが耳元で囁きましたが、ラブリーは聞こえない振りをしました。
彼女は、どうしても「普通」を体験したかったのです。
「いいのですわ。さあ、次はあそこの大衆食堂ですわよ。相席で、知らないおじ様と今日の天気について語り合う……なんて素敵なプランなのかしら!」
ラブリーは、労働者たちが集まる賑やかな食堂の扉を勢いよく開けました。
しかし、その瞬間に店内の時間が止まりました。
「「「い、いらっしゃいませええええええっ!!!」」」
店内にいた三十人近いガテン系の男たちが、一斉に立ち上がり、直立不動で敬礼をしました。
彼らの服はボロボロでしたが、その下からは磨き上げられた銀色の鎧が覗いています。
「……ミリー様。あの方々、どこかで見たことがありませんこと?」
「ええ。近衛騎士団の第一、第二、第三部隊の皆様ですわね。非番のところを全員、殿下に『客としてエキストラ出演』させられているようですわ」
「ひ、非効率すぎますわ! ……あ、あちらの席が空いていますわね。失礼しますわ、おじ様!」
ラブリーが、最も端に座っている「怪しいフードの男」の隣に座りました。
その男は、顔を深く隠し、スープを音を立てて飲んでいました。
「おじ様、お一人ですの? 奇遇ですわね、私も一人(と監視多数)なんですの。……何を食べていらっしゃるの?」
「……ただの、豆のスープだ。……君のような華やかな令嬢には、合わない味かもしれないな」
男が低く、どこか聞き覚えのある、美しすぎるバリトンボイスで答えました。
「あら、そんなことはありませんわ。私は悪女として追放される身。将来はこのような粗末な……いえ、素朴な味に慣れなくてはなりませんの」
「……そうか。ならば、一口食べてみるかい? 君のために、毒味……ではなく、温度調節も完璧にしてある」
「あら、ありがとうございます。……あーん」
ラブリーが差し出されたスプーンを無邪気に咥えた、その時です。
フードの隙間から、宝石のように輝く青い瞳と、あまりに整いすぎた鼻筋が見えました。
「……殿下。あなた、そこで何をしてらっしゃるんですの?」
「……気づくのが、三秒ほど遅かったね、ラブリー。私の変装技術もまだまだ甘いようだ」
クロードは平然とフードを脱ぎ捨てました。
周囲の「偽装労働者」たちが、一斉にひれ伏します。
「殿下! なぜ、なぜ普通の食堂にまで潜伏してらっしゃるんですの!? これでは『偶然の出会い』も『自由な冒険』も台無しではありませんか!」
「偶然とは、計画的に生み出すものだよ、ラブリー。私は君がこの店を選ぶ確率を98%と弾き出していた。……さあ、どうだい? 一般市民に扮した元婚約者と、相席でスープを飲む。これ以上の『自由なロマンス』はないだろう?」
「ありますわよ! まず、店内の全員が近衛騎士なのをどうにかしてくださいまし!」
「彼らは背景だ。木や石と同じだと思えばいい」
「背景が敬礼をしていますのよ!」
ラブリーの叫びは、またしてもクロードの「徹底管理された平和」の中に吸い込まれていきました。
ミリーは、冷めたスープを啜りながら、メモ帳に淡々と記しました。
『街歩き、失敗。王都の人口の半分がラブリー様の監視員であることが判明。殿下の変装レベル、もはやコント』
「さあ、ラブリー。お腹が満たされたら、次は『一般市民のデートコース』である、王宮の秘密の庭園へ行こうか」
「それ、ただの帰宅ではありませんことーっ!?」
自由への脱出を試みたラブリーは、豪華な馬車(中身は普通の馬車に見えるよう魔法で擬装済み)に乗せられ、世界で一番安全な「牢獄」へと連れ戻されていくのでした。
ラブリーは、地味な(といっても公爵令嬢基準で、一般的には最高級の綿で作られた)茶色のワンピースに身を包み、広場の中央で深く息を吸い込みました。
「……自由。これこそが、私が求めていた『一般市民』としての空気ですわ!」
「ラブリー様、あまり大きな声で仰らないでくださいまし。……それに、その『一般市民』の背後には、光学迷彩で隠れたドローンが五機滞空していますのよ」
隣で「普通の侍女」を装いつつ、通信機を握りしめているミリーが、小声で釘を刺しました。
「いいのです、ミリー様! 見えないものは存在しないも同然ですわ。見てください、あの露店のリンゴ! 泥がついていて、形も不揃い……なんて、なんて人間味に溢れているのかしら!」
ラブリーは目を輝かせ、近くの果物屋の屋台へと駆け寄りました。
店主は、無精髭を蓄えた、いかにも「頑固親父」といった風貌の男です。
「おじ様! この、一番ひねくれた形のリンゴを一つくださいな。私の人生と同じくらい、捻じ曲がった味を期待していますわ!」
「……ああ、お嬢ちゃん。……へい、まいど。……これ、おまけだ。全部で一万ゴールドだ」
「一万ゴールド!? おじ様、リンゴ一つで私の領地の村が一つ買えてしまいますわよ!?」
ラブリーが驚愕して叫ぶと、店主の男は慌てて耳元の隠しイヤホンを押さえ、空を見上げました。
「……あ、いや、間違えた! 一ペニーだ! 安すぎて利益が出ねえ! あー、俺はなんて慈善活動に熱心な店主なんだ!」
「……ラブリー様。あの店主、よく見たら殿下の直属の隠密部隊の隊長ですわよ。髭が付け髭ですもの」
ミリーが耳元で囁きましたが、ラブリーは聞こえない振りをしました。
彼女は、どうしても「普通」を体験したかったのです。
「いいのですわ。さあ、次はあそこの大衆食堂ですわよ。相席で、知らないおじ様と今日の天気について語り合う……なんて素敵なプランなのかしら!」
ラブリーは、労働者たちが集まる賑やかな食堂の扉を勢いよく開けました。
しかし、その瞬間に店内の時間が止まりました。
「「「い、いらっしゃいませええええええっ!!!」」」
店内にいた三十人近いガテン系の男たちが、一斉に立ち上がり、直立不動で敬礼をしました。
彼らの服はボロボロでしたが、その下からは磨き上げられた銀色の鎧が覗いています。
「……ミリー様。あの方々、どこかで見たことがありませんこと?」
「ええ。近衛騎士団の第一、第二、第三部隊の皆様ですわね。非番のところを全員、殿下に『客としてエキストラ出演』させられているようですわ」
「ひ、非効率すぎますわ! ……あ、あちらの席が空いていますわね。失礼しますわ、おじ様!」
ラブリーが、最も端に座っている「怪しいフードの男」の隣に座りました。
その男は、顔を深く隠し、スープを音を立てて飲んでいました。
「おじ様、お一人ですの? 奇遇ですわね、私も一人(と監視多数)なんですの。……何を食べていらっしゃるの?」
「……ただの、豆のスープだ。……君のような華やかな令嬢には、合わない味かもしれないな」
男が低く、どこか聞き覚えのある、美しすぎるバリトンボイスで答えました。
「あら、そんなことはありませんわ。私は悪女として追放される身。将来はこのような粗末な……いえ、素朴な味に慣れなくてはなりませんの」
「……そうか。ならば、一口食べてみるかい? 君のために、毒味……ではなく、温度調節も完璧にしてある」
「あら、ありがとうございます。……あーん」
ラブリーが差し出されたスプーンを無邪気に咥えた、その時です。
フードの隙間から、宝石のように輝く青い瞳と、あまりに整いすぎた鼻筋が見えました。
「……殿下。あなた、そこで何をしてらっしゃるんですの?」
「……気づくのが、三秒ほど遅かったね、ラブリー。私の変装技術もまだまだ甘いようだ」
クロードは平然とフードを脱ぎ捨てました。
周囲の「偽装労働者」たちが、一斉にひれ伏します。
「殿下! なぜ、なぜ普通の食堂にまで潜伏してらっしゃるんですの!? これでは『偶然の出会い』も『自由な冒険』も台無しではありませんか!」
「偶然とは、計画的に生み出すものだよ、ラブリー。私は君がこの店を選ぶ確率を98%と弾き出していた。……さあ、どうだい? 一般市民に扮した元婚約者と、相席でスープを飲む。これ以上の『自由なロマンス』はないだろう?」
「ありますわよ! まず、店内の全員が近衛騎士なのをどうにかしてくださいまし!」
「彼らは背景だ。木や石と同じだと思えばいい」
「背景が敬礼をしていますのよ!」
ラブリーの叫びは、またしてもクロードの「徹底管理された平和」の中に吸い込まれていきました。
ミリーは、冷めたスープを啜りながら、メモ帳に淡々と記しました。
『街歩き、失敗。王都の人口の半分がラブリー様の監視員であることが判明。殿下の変装レベル、もはやコント』
「さあ、ラブリー。お腹が満たされたら、次は『一般市民のデートコース』である、王宮の秘密の庭園へ行こうか」
「それ、ただの帰宅ではありませんことーっ!?」
自由への脱出を試みたラブリーは、豪華な馬車(中身は普通の馬車に見えるよう魔法で擬装済み)に乗せられ、世界で一番安全な「牢獄」へと連れ戻されていくのでした。
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