【完結】私ですか?ええ、愛されていません

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第四話

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「スリスタ、まっすぐ前を見て。そう、そのまま歩くの。変に力を入れないのよ。自分は妖精みたいに可愛いと思うの」
実際スリスタは、夫人にとっては妖精よりさらに可愛い。この数日間で、夫人はスリスタの可愛らしさにハマっていた。けれど、令嬢教育の手は抜かない。スリスタは座学は素晴らしいが、立ち居振る舞いやダンスが苦手らしいと気づいてからは、そこに力を入れている。
「公爵夫人、毎日ありがとうございます」
今日の授業が終わると、スリスタはだいぶ美しくなったおじぎを披露する。
「まあ、スリスタちゃん。もっと親しく呼んでほしいわ。マリン母様とかね」
スリスタは数秒固まった。自分はこの屋敷の娘ではない。商会に雇われた従業員だ。今も公爵夫人の特別の計らいでたくさんのことを教わっているけれど、公爵家の令嬢になったわけではない。公爵夫人はよくしてくださるけど、図に乗ってはいけない。スリスタはいつも自分に言い聞かせていた。
「マリン公爵夫人、こんなによくしていただいて、ありがとうございます」
「もう、スリスタはもっと欲張りでいいと思うわ」

授業が終わるとマリン公爵夫人は、必ず、お茶に誘ってくれる。美味しい紅茶と珍しいお菓子。スリスタはこの時間を楽しみにしていた。贅沢だとは思うのだけれど、伯爵邸ではお菓子を食べたことがなかったのだ。マイナがたくさんのお菓子を一人で食べているのはよく見たが、スリスタがそのお菓子を食べられることは一度もなかった。マリン公爵夫人は優しいし、話も面白い。ラピス商会の関係で外国にも詳しいマリン公爵夫人の話はまるで冒険譚のようだ。
「そう、その時にね、言葉が通じなくても心が通じることもあるってわかったのよ」
そうは言っても、マリン公爵夫人がその言葉を後から勉強して、見事に覚えているのをスリスタは知っていた。たゆまぬ努力と芯の通った人格は、スリスタの憧れだった。

ラピス商会では、まだ簡単な雑務を任されていた。書類を運んだり、書き写したり、自分の薬の作り方を紙に書いてまとめたりしていた。スリスタは伯爵邸で高価な紙を与えられることはなかったし、頼むこともできなかったから、すべてを記憶していたが、細かい分量は手で覚えているだけだった。それを紙にまとめてよいと言われてうれしかった。もし、薬が有益なのなら他の人も同じように作れる方がいい。ラピス商会が損をしないなら、それがいい。スリスタはそう思っていた。
「あら?この数字」
あるとき、スリスタは書き写している書類の数字が間違っていることに気づいた。
書類を渡してきた従業員に聞いてみると、真っ青になって、再計算を始めた。
「本当だ。危ないとこだった。まだ間に合うから、知らせてくる。ありがとう、スリスタちゃん」
話を聞いたリイマがスリスタの元にやって来る。
「スリスタ、ありがとう」
スリスタは頭を撫でられて、大満足だ。そして、この一件から、スリスタは商会での仕事の種類が増えた。見習いから成長していったのだ。
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