太陽の猫と戦いの神

中安子

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交代

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 眠りにつく王たちは、いつもとどこか違う笛の音に驚いたことだろう。
 切なさの中にも、どこか前向きな、先へ進んでいこうとする思いが感じられた。王たちは少し微笑んで、明るい夢を見るのだった。シュウト自身は全く気付かず、いつもどおりに高台に登って笛を吹いていた。静まった大地を、輝く星空を見つめながら。もうすぐ空が白んでくる時間だった。今日は白猫は姿を見せないのかと思ったら、そろりと背後から現れシュウトと並んで同じ景色を見た。
「いい奴だったろう」
 白猫は勝ち誇ったように言った。瞳が三日月のように笑っていた。
 毎日かわらず現れる白猫を見ると、どこかほっと安心さえした。シュウトは聞こえなかったふりをしようとも思ったが、大きく息を吐いてから答えた。
「言うとおりだったよ、ハルカと話せてよかった」
 白猫は深く頷いて、調子をかえて言った。
「私は永久にはそなたの側にいられない。ハルカがかわりにいてくれよう」
 シュウトの心を見透かしているようだった。どきりとして、何も言えなかった。
「どこかへ行くのか」
 できるだけ調子をかえずに尋ねた。寂しいなどと、白猫に悟らせるわけにはいかなかった。
「じきに、神が代わる。私はまた、天上に帰らねばならない」
 白猫は空を見上げた。
「もう朝が来る」
 そう言い残して、風に乗って消えていった。
 鼓動が大きく聞こえた。シュウト自身理由がわからないまま、何かに急かされていた。大事な何かを見過ごしていて、しなければならないことを忘れている。空が白んできてますます動揺してしまった。ふらふらと寝床へ向かう。
 ふと、墓へ職人たちが大人数で向かってきているのに気付いた。初めてのことではなかったので驚きはしなかったが、全てが一つにつながっていく気がした。王が代わろうとしている。白猫の言葉が蘇ってきた。偶然ではないのだ。
 気がつくと、一人こちらへ近づいてきていた。遠くからでもだいたい見当がついた。ハルカだった。
「おはよう」
 シュウトは聞こえるかわからないくらい小さな声でおはようと返した。ハルカは相変わらず突き抜けて明るかった。先程の不安な気持ちが少し晴れていくような気がした。
「急に王宮から伝令が来てさ。急いで墓一つ作れって。王が危ないらしい。しばらくは目が回るくらい忙しくなるよ」
「そうか」
「元気がなさそうだな、大丈夫か?」
 ハルカが不思議そうにシュウトを上から下まで眺める。心の動揺を隠しきれていないのかと自分自身を未熟に思った。それとも、ハルカがすごいのか。気を取り直して首を振った。
「いや、大丈夫だ」
「また仕事が一区切りついたら、一緒に飯でも食おうな」
 ぽんぽんとシュウトの肩を叩いてから、彼は職人らの方へ戻っていった。

 職人たちは日が沈んでも手を動かしていた。珍しく墓は賑やかで、声が生き生きと飛び交っていた。シュウトは彼らを遠巻きにして墓を練り歩いていた。現実の雑音は、王の声を鈍くさせてしまう。ただ、職人がたくさんいる中で、盗みをする者はまずいないだろう。シュウトは高台に登って、早めに笛を吹いた。王たちの安らかな眠りと、ハルカたちへの労い、どこかにいるはずの白猫へ向けた、優しい調べだった。職人たちはしばし手を止めて、その音色に聞き惚れるのだった。シュウト自身も、笛を吹いている間は深く考え込まずにすんだ。澄まされた音だけに意識を集中させていた。星がわずかに傾くだけでも焦ってしまうため、終いには目も閉じていた。見なくても、きっと気付く。白猫の訪れはいつも、大きな風が運ぶのだ。しばらくは墓に灯りがともっているため、現れないだろうとも考えていた。
 地平線の彼方がわずかに白んでくると、皆わずかな休息についた。
 神官たちはかわらずに供物を捧げに来ていた。王宮の方では何かしらの儀式が行われているのかもしれないが、西側にいたのでは知る由もなかった。大きくため息をついて眠りについた。
 シュウトにとって睡眠はそれほど重要ではなかった。いくら寝なくても体調を崩すことがなく、たまらなく眠たくなることもなかった。どちらかといえば、この世を少しでも忘れられる、現実逃避に近かった。刺殺される悪夢もあれば、穏やかに死へと向かう優しい夢もあった。
 眠る前に、自分自身と賭けをしていた。一生目覚めることがないかもしれないという期待を抱いて。

 シュウトは、職人たちが手を叩き歓喜の声を上げている音で目を覚ました。
 ぼんやりした頭で起き上がる。壁を見るとハルカや白猫と会話した最後の日から三十ほど線が刻まれていた。ここ数日はやけに星がゆっくり回っているように感じられた。盗賊が出没する数がかなり少なかったのもあるが、あの白猫を心のどこかでずっと待ち続けていたからだろう。何かが足りない虚無感は、今まで味わったことがないものだった。痛感するばかりで、それを何とかしようと足を動かすことはできなかった。白猫を探しに行くことも、ハルカに会いに行くことも。自ら求めた先で、拒絶されてしまうのが怖いのだ。いつかシュウトを置き去りにした人たちのように。傷つかないために、一人でいることを選んだのだ。
 日が沈んでから、職人が作っていた墓を見に行った。入口は塞がれていたが、その周りは儀式が行えるように、きれいに均されていた。人影は一切なく、皆家に戻り深い眠りについていることだろう。監督の一家であるテルスたちはなおさら、肩の荷がおりてほっとしているはずだ。護衛たちも新しい墓を守るために、配置をかえて夜の警備にあたっていた。今まで死んだ王たちが墓へ納められるのを、何回かは見たことがある。自分より先に旅立っていく王たちを羨ましいと感じてからは、葬いの儀式も見ずに寝ている事がほとんどだった。一つ一つの所作に果たしてどれほどの効果があるのか。ただ、王たちが安らかに眠っていることは間違いなかった。苦しんだり悲しんだりする声を聞いたことはなかった。

 今朝は静かな日が昇った。光は線となり縦横に伸びていく。シュウトはいつもどおり高台から地を見下ろしていた。遠くから近づいてくる足音を、夢現のように聞いた。万が一のため、剣の柄に手をかける。聞いたことのある足取りだったため、まさかとは思いつつ心臓が早く脈打つのだった。
「よっ、シュウト」
 軽やかに高台へ上がってきたのは、やはりハルカだった。疲れを一切感じさせない、すかっとした笑顔だった。思わず強ばった顔が和らぐ。
「もう仕事はいいのか」
「しばらくはみんなゆっくり休むさ。半年分くらいの仕事はしたはずだぜ。文句は言われないだろ」
「ハルカは休まなくていいのか」
「昨日死んだように寝たよ。お前が居なくなってるんじゃないかって心配だったから、急いで来たんだぜ」
「どうして」
「俺がいなくて退屈だったろう」
 シュウトは思わずふっと笑った。自分だったら絶対に口にしない台詞をこうもあっさりと言い切ってしまうハルカはすごいと思った。包み隠さない言葉は、シュウトにじんわりと優しく積もっていく。
 二人は並んで座って大地を眺めた。
「しばらくしたら、墓が賑やかになるよ。王の葬儀が始まる。王族たちが集まるんだぜ。まあ、お前は興味ないだろうけど」
「ハルカは王族に興味があるのか?」
「まあね。非日常的なことは大歓迎だからな」
 ハルカは茶目っ気たっぷりに笑った。楽しそうに何か企んでいる。
「綺麗な娘がたくさんいるはずだ」
「…娘」
 初めて聞いて口にする言葉のようだった。どういうものを表しているのか、ぼんやりとしか思い浮かばなかった。シュウトの世界では、自分かその他か、それだけの区分だった。それだけで生きてこられてしまったのだ。
「お前はずば抜けてるもんな」
 けたけたと隣から笑い声が聞こえてきた。
 怒っても良さそうなものだが、シュウトは彼が楽しそうにしているだけで満足だった。何の意味もなかった存在自体を、少しずつ形あるものにさせてくれた。ここに居ていいんだと、教えてくれる人だった。
 久しぶりに朝日を浴びた気がした。
 光は温かかった。


 神官たちが断えることなく墓へ参って、儀式に使う道具を並べていった。
 墓の正面の大広場、新しく設けた墓の前が、次々と飾られていく。神官たちの数もみるみるうちに増えていき、広場は剃髪の男性たちで溢れかえっていた。出会すと厄介なため、今日は一日高台で過ごしていた。ただ、昼間は太陽を遮るものが何もないため、じわりと汗がにじんでいた。寝ようにも暑さで寝付けないため、むしゃくしゃがこみあげていた。頭をかきむしりながら、大きくため息をつく。ただ、じきに退屈ではなくなると予想がついていた。船の準備が整い次第、東からたくさんの人がやって来るはずだからだ。
 今日は弔いの儀式が行われる日だった。ハルカもきっとどこかで場所を確保していることだろう。王族たちをできるだけ近くで見られるところへ。シュウトはここで十分だった。視力はかなり良かった。姿はかなり小さくとも、細部まではっきりと見て取れた。
 空が赤く染まり始めた。黒い旗をなびかせて大きな船が一隻、それに続いていくつもの小舟が川を渡った。西日を浴びた大河は鮮やかな血のようであり、あの世のように神々しく輝いていた。遠目では止まっているように見えるほど、実にゆっくりと進んでいた。徐々に流されているのだけはわかる。まるで、故人との別れを惜しむようであった。西の岸には、人々が最後の別れをと墓に行くまでの道を作っていた。身分のある者は黒い布を頭からかぶり、貧しい者は全身に泥を塗りつけていた。
 先頭を神官たちが歩き、続いて王族、柩をはさんでまた王族、神官と歩いていた。遠くからでも服装を見れば一目瞭然だった。服装や装飾の違いから、王族の中の細かい地位の差までわかった。日は沈み、列を作る人々は手に小さな灯りを持っていた。それは川から墓まで今にも消えそうな線を生み出していた。重なった呪文の言葉と鈴の音、すすり泣く声。少しずつ、この地に響き渡ってきた。
 王家の谷の中央の広場に、全員が辿りついた。墓で待機していた神官たちの声も重なって、地を震わすくらいの声となった。柩は中心に置かれ、その前に山ほどの供物と、装飾品が並べられていた。かがり火を受けて、時折きらっと黄金の光を放つ。王族たちは膝をつき顔を伏せ、悲しんでいるのか、魂が抜けているのか、読み取りにくい表情をしていた。人数は三十人ほど。神官はその三倍ほど。さらに王墓からかなり離れた後続には貴族、市民たちが、何百人と見守っていた。ハルカが王族たちを見たがる訳が、わからないでもなかった。貴重な存在であり、気品があり美しかった。この地の人々の頂点に立つにふさわしい者が多かった。綺麗で珍しい花や鳥に、目を奪われるのと同じだ。
 儀式は休むことなく続けられた。同じ所作を繰り返すわけではなく、一つ一つ、違う目的を持って行われていた。いつも通りならば、空が白んでくるまで続くことだろう。シュウトはすぐに飽きてしまい、一つ大きなあくびをしてからその場で横になってしまった。
 たくさんの人々の悲しむ声を子守唄に、眠りにつくのだった。
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