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月夜の庭
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真夜中の神殿は実にひっそりと闇に溶け込んでおり、所々の隙間から漏れてくる月光が空間を作り出していた。 今夜の月は明るいようだ。
精巧な太い柱に描かれた絵は、今にも動き出しそうに命を宿して見える。あまり見慣れないそれらを一通り確認してから、大きな廊下に出る。右奥には本殿が、左は出口につながっていた。アマネは恐怖を感じる事なく、最初に連れられてきた道を引き返していた。建物を出ると広い庭があり、その先にあるもう一つの神殿が出口とつながっていた。中央には正方形の石造りの池があり、澄んだ水を溜めていた。水面には輝くか細い月が浮かんでいる。王宮とはかけ離れた質素な庭なのに、均整のとれた精巧な美しさがあった。
アマネは足を止めて庭全体を見渡した。耳鳴りがするほど静寂だった。虫一匹すらいないようだったが、アマネは負けじと目を凝らし隅々まで眺める。見落としそうだったが、見つける事ができた。それは、外壁にもたれて座り込んでいるシュウトだった。月が微かに影を作って、ほぼ闇に近い場所だった。彼は悲しげに空を見上げていた。
アマネはそっと近づいていった。シュウトにはもちろん気付かれていたが、彼が身動きする事はなかった。出しかけた言葉をぐっと飲み込んで、彼の隣に静かに腰を下ろした。自分の呼吸の音ばかりが聞こえてくる。ここで掛ける一言はかなり大事なものになると分かっていた。
「レイが最善を尽くしてくれたわ。あとはハルカの回復を待つだけ。会いに行った?」
普段なら陽気なアマネも、調子を落としてゆっくりと話した。彼に響かなければ、どんな言葉も意味がなかった。届いてほしいと願ったにもかかわらず、彼はぴくりとも反応しなかった。手を伸ばせば触れられる距離なのに、はるか彼方に居るような気がした。
しばらくしてから、シュウトは微かに首を振った。
「怖い」
消え入りそうな声だった。彼自身がどんなに消えてしまいたいと思っているか、彼の全てが語っていた。守れなかった後悔、失ってしまうかもしれない不安。彼にとってどれだけハルカが大事か、今まで共に旅してきて痛いくらいに分かっていた。彼の世界は、ハルカと、それ以外で成り立っている。それでもアマネは、一人の女の子として認めてほしかった。めげすに彼と関わっていこうと決めたのだった。
「ハルカはシュウトを残して死んだりしないわ」
励ますつもりで言ったのだが、彼は余計に辛そうな顔をした。
「いや、どうせ死ぬんだ。今じゃなかったとしても、皆、俺を置いてこの世を去るんだ」
アマネはシュウトの言葉の真意が分からず、理解しようと必死に頭を働かせた。結局アマネは、彼の事を何も知らないのだった。レイが神だと言っていただけだ。
超人的な戦い方をしても、彼を人間でないとは思わなかった。感情もあり、気持ちに応えてもくれる。ただ、彼がどういう人生を送ってきたのか想像が出来なかった。下手な励ましは逆効果になってしまう。
アマネが持っているものは、結局持ち前の明るさだけだった。自分の中で答えが見つかると、心のままに口が動いた。
「私が一緒に居てあげる」
アマネはシュウトと目が合うと、にっこりと微笑んだ。何の根拠も無い事はお互いに分かっていたが、シュウトはすぐに否定しなかった。この暗がりの中で彼女の笑顔があまりにも光っているように見えたため、驚いたのだった。
それほどに真っ直ぐな輝きと言葉は、ハルカに感じて以来だった。彼よりも幼く、綺麗で無邪気な瞳だった。シュウトの人生では出会った事のない、一輪の花のような、美しく儚いもの。シュウトは冷静を取り戻して、妹姫を上から下まで眺めた。
「人は一時しか生きられない」
「そうだね。でも、今はシュウトの傍にいる」
シュウトはぽかんと彼女を眺めた。何と言われようと断固として揺るがない表情だった。それだけ頑なに慕ってくれる人などいない。シュウトの世界では明らかに異質だった。感じた事のない、心の揺れ。少し目眩がするくらいだった。それが何を表しているのか分からず、ただ不思議な気持ちでアマネを眺めた。信じられないという気持ちと、こそばゆさとが入り混じった。
「なぜそんな事が言える。俺がどんな奴かも知らないのに」
「教えてくれなくても分かるわ。シュウトは強くて優しい人だよ」
素直には喜べないシュウトは、何か言いかけて飲み込んだ。かわりに大きく息を吐く。
「ありがとう、アマネ」
ぼそぼそと口を動かしただけだったが、聞き漏らすまいとしていたアマネの耳にはしっかり届いた。シュウトはそれ以上は何も言わず、空を見上げた。
表情は何も変化のないように見えたが、「居てもいい」と言ってくれているような気がした。
アマネはにっこり微笑んで、少しだけ彼に身を寄せた。
精巧な太い柱に描かれた絵は、今にも動き出しそうに命を宿して見える。あまり見慣れないそれらを一通り確認してから、大きな廊下に出る。右奥には本殿が、左は出口につながっていた。アマネは恐怖を感じる事なく、最初に連れられてきた道を引き返していた。建物を出ると広い庭があり、その先にあるもう一つの神殿が出口とつながっていた。中央には正方形の石造りの池があり、澄んだ水を溜めていた。水面には輝くか細い月が浮かんでいる。王宮とはかけ離れた質素な庭なのに、均整のとれた精巧な美しさがあった。
アマネは足を止めて庭全体を見渡した。耳鳴りがするほど静寂だった。虫一匹すらいないようだったが、アマネは負けじと目を凝らし隅々まで眺める。見落としそうだったが、見つける事ができた。それは、外壁にもたれて座り込んでいるシュウトだった。月が微かに影を作って、ほぼ闇に近い場所だった。彼は悲しげに空を見上げていた。
アマネはそっと近づいていった。シュウトにはもちろん気付かれていたが、彼が身動きする事はなかった。出しかけた言葉をぐっと飲み込んで、彼の隣に静かに腰を下ろした。自分の呼吸の音ばかりが聞こえてくる。ここで掛ける一言はかなり大事なものになると分かっていた。
「レイが最善を尽くしてくれたわ。あとはハルカの回復を待つだけ。会いに行った?」
普段なら陽気なアマネも、調子を落としてゆっくりと話した。彼に響かなければ、どんな言葉も意味がなかった。届いてほしいと願ったにもかかわらず、彼はぴくりとも反応しなかった。手を伸ばせば触れられる距離なのに、はるか彼方に居るような気がした。
しばらくしてから、シュウトは微かに首を振った。
「怖い」
消え入りそうな声だった。彼自身がどんなに消えてしまいたいと思っているか、彼の全てが語っていた。守れなかった後悔、失ってしまうかもしれない不安。彼にとってどれだけハルカが大事か、今まで共に旅してきて痛いくらいに分かっていた。彼の世界は、ハルカと、それ以外で成り立っている。それでもアマネは、一人の女の子として認めてほしかった。めげすに彼と関わっていこうと決めたのだった。
「ハルカはシュウトを残して死んだりしないわ」
励ますつもりで言ったのだが、彼は余計に辛そうな顔をした。
「いや、どうせ死ぬんだ。今じゃなかったとしても、皆、俺を置いてこの世を去るんだ」
アマネはシュウトの言葉の真意が分からず、理解しようと必死に頭を働かせた。結局アマネは、彼の事を何も知らないのだった。レイが神だと言っていただけだ。
超人的な戦い方をしても、彼を人間でないとは思わなかった。感情もあり、気持ちに応えてもくれる。ただ、彼がどういう人生を送ってきたのか想像が出来なかった。下手な励ましは逆効果になってしまう。
アマネが持っているものは、結局持ち前の明るさだけだった。自分の中で答えが見つかると、心のままに口が動いた。
「私が一緒に居てあげる」
アマネはシュウトと目が合うと、にっこりと微笑んだ。何の根拠も無い事はお互いに分かっていたが、シュウトはすぐに否定しなかった。この暗がりの中で彼女の笑顔があまりにも光っているように見えたため、驚いたのだった。
それほどに真っ直ぐな輝きと言葉は、ハルカに感じて以来だった。彼よりも幼く、綺麗で無邪気な瞳だった。シュウトの人生では出会った事のない、一輪の花のような、美しく儚いもの。シュウトは冷静を取り戻して、妹姫を上から下まで眺めた。
「人は一時しか生きられない」
「そうだね。でも、今はシュウトの傍にいる」
シュウトはぽかんと彼女を眺めた。何と言われようと断固として揺るがない表情だった。それだけ頑なに慕ってくれる人などいない。シュウトの世界では明らかに異質だった。感じた事のない、心の揺れ。少し目眩がするくらいだった。それが何を表しているのか分からず、ただ不思議な気持ちでアマネを眺めた。信じられないという気持ちと、こそばゆさとが入り混じった。
「なぜそんな事が言える。俺がどんな奴かも知らないのに」
「教えてくれなくても分かるわ。シュウトは強くて優しい人だよ」
素直には喜べないシュウトは、何か言いかけて飲み込んだ。かわりに大きく息を吐く。
「ありがとう、アマネ」
ぼそぼそと口を動かしただけだったが、聞き漏らすまいとしていたアマネの耳にはしっかり届いた。シュウトはそれ以上は何も言わず、空を見上げた。
表情は何も変化のないように見えたが、「居てもいい」と言ってくれているような気がした。
アマネはにっこり微笑んで、少しだけ彼に身を寄せた。
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