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目覚め
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「シュウト、アマネ!ハルカが目を覚ましたわ!」
焦って駆けてくる足音がしたかと思うと、すぐにアンリの声が聞こえた。
空の端は僅かに白んでいた。アマネは座ったまま夢現の中で姉の声を聞いた。
シュウトが俊敏に立ち上がると、アマネもはっと目を覚まして体を無理矢理に起こした。アンリが何か言いかける前に、シュウトは走り出してハルカの治療していた部屋へと向かった。
「こんな所にいたのね」
アンリは妹に近づき、そっと声を掛けた。
体が思うように動かないようで、すぐに歩き出せない妹をそっと支える。アマネはそんな事にも構っていられずに、ただ前へ進もうと足を動かした。
部屋は静かだった。
姫二人は入ってすぐに立ち止まって様子を窺った。ユウが右手に立っており、レイは奥に、シュウトは手前でハルカのすぐ横に膝をついていた。彼の肩は震えていた。食いしばっていても、泣き声が漏れていた。
「泣くなよ」
掠れてはいたが、ハルカのいつもの調子だった。ただ、声量はなく喋りづらそうだった。
声を掛けられて、シュウトはさらに俯いた。
レイが姫に気がついてそっと立ち上がる。
「ぜひ、お近くで声をかけてあげてください」
二人は彼の頭の方へまわり、座って顔を覗いた。
「私のせいでこんな傷を…。ごめんなさい」
昨夜のハルカよりは生気があるように見えたが、弱っている事にかわりはなかった。アンリは涙を浮かべて頭を下げた。
「心配かけたな。ただの掠り傷なんだ。すぐに治すよ」
ハルカは力なく顔を崩して笑った。強ばっているせいか、思うように動かないようだった。不器用な笑顔だったが、何も悟られまいと明るく努めていた。ただ呼吸するだけでも激痛が襲っているはずだった。意識を失っていた方が、まだ楽だったかもしれない。これからしばらくは、ハルカは自分の身体と向き合わなければならなかった。時折見せる苦痛の表情を見るたびに、周りの五人は居ても立ってもいられなくなった。ただ、ハルカは少し落ち着くと構わず話を続けた。
「間に合わなくなるなら、俺を置いて先に行ってくれ」
彼はレイに向けて、真剣な顔つきで言った。急にここは現実だと教えられた気がした。絶えず追いかけてくる敵、燃え盛る炎。命の危険と隣り合わせて旅をしてきた今までの道のり。まだここは終着地ではないのだった。ほんの一時楽園に居られているだけで、目的を遂げるためには、ここを去らなければならない。辛くて苦しい道に帰らなければならないのだ。一番忘れたいはずのハルカが、五人を励ました。
「せっかくここまで来たのに、無駄にするのは勿体ないだろ」
レイは口を結んで静かに聞いていたが、ハルカの体調を気遣ってこれ以上は喋らせないよう、丁寧に言葉を選んだ。
「大丈夫です、まだ間に合います。戦までは三か月ほどありますから。しばらくは療養に専念してください。ハルカなら、きっと回復も早いでしょう」
「そうか。任せてくれ」
誰も何の根拠もなかったが、楽観的に考える事が最善だと思ったのだった。安心したハルカは、どっと疲れたように目を閉じた。レイは「僕が責任を持って看ていますので」と、姫達を促して隣の部屋へと送った。シュウトも渋々その場を後にする。皆ハルカの傍にいたい気持ちはもちろんあったが、彼の眠りを邪魔する訳にもいかなかった。今はぐっと堪えなければならなかった。
レイは一番後ろを歩いていたが、全員が部屋に収まるのを確認してから口を開いた。
「先ほど言ったとおり、時間はあります。今メリアメ王の軍は陣地を固め、人手を集めている頃です。念のため、戦の動向も探っています。ハルカが順調に回復すれば、共に王の元へと進めるでしょう」
「どうやって離れた王の動向を?」
アンリは皆の気持ちを代弁して不思議そうに訊ねた。レイはずっと共に旅をしてきており、王の身近な所に間諜がいるとも思えない。疑っているというよりは、その確信を持った言葉がどこから来るのか分からなかった。
「直接見る事はできません。ただ、僕は神官なので。神の目を貸していただけるんです」
彼は誇張する事も自慢げに言う事もなく、ありのままに答えた。
「ハルカは助かったのか」
シュウトの心配している事はたった一つだった。彼らの話が終わるのを待てずに、思わず言葉が口をついて出た。レイ達も彼の気持ちを十分理解していたため、気遣わしげにその表情を見た。
「状態は安定しました。このまま何もなければ助かるでしょう」
レイが言うのなら間違いなかった。シュウトは少し気持ちが軽くなって「そうか」と小さくこぼした。
「ただ、しばらくは休養が必要です。僕が責任持ってハルカの看病をしますので、お任せいただけますか」
医術の一つもない人間に出来る事はなかった。皆が静かに頷く。彼は更に続けた。
「ここの神殿は、僕の信頼の置ける者しかいません。追手も入って来られません。どうか、皆様もしばらくは旅の疲れを癒してください。過ごしにくいかもしれませんが、くれぐれも神殿の外には出ないようお願いします。僕らの行方を探られていると思いますので」
焦って駆けてくる足音がしたかと思うと、すぐにアンリの声が聞こえた。
空の端は僅かに白んでいた。アマネは座ったまま夢現の中で姉の声を聞いた。
シュウトが俊敏に立ち上がると、アマネもはっと目を覚まして体を無理矢理に起こした。アンリが何か言いかける前に、シュウトは走り出してハルカの治療していた部屋へと向かった。
「こんな所にいたのね」
アンリは妹に近づき、そっと声を掛けた。
体が思うように動かないようで、すぐに歩き出せない妹をそっと支える。アマネはそんな事にも構っていられずに、ただ前へ進もうと足を動かした。
部屋は静かだった。
姫二人は入ってすぐに立ち止まって様子を窺った。ユウが右手に立っており、レイは奥に、シュウトは手前でハルカのすぐ横に膝をついていた。彼の肩は震えていた。食いしばっていても、泣き声が漏れていた。
「泣くなよ」
掠れてはいたが、ハルカのいつもの調子だった。ただ、声量はなく喋りづらそうだった。
声を掛けられて、シュウトはさらに俯いた。
レイが姫に気がついてそっと立ち上がる。
「ぜひ、お近くで声をかけてあげてください」
二人は彼の頭の方へまわり、座って顔を覗いた。
「私のせいでこんな傷を…。ごめんなさい」
昨夜のハルカよりは生気があるように見えたが、弱っている事にかわりはなかった。アンリは涙を浮かべて頭を下げた。
「心配かけたな。ただの掠り傷なんだ。すぐに治すよ」
ハルカは力なく顔を崩して笑った。強ばっているせいか、思うように動かないようだった。不器用な笑顔だったが、何も悟られまいと明るく努めていた。ただ呼吸するだけでも激痛が襲っているはずだった。意識を失っていた方が、まだ楽だったかもしれない。これからしばらくは、ハルカは自分の身体と向き合わなければならなかった。時折見せる苦痛の表情を見るたびに、周りの五人は居ても立ってもいられなくなった。ただ、ハルカは少し落ち着くと構わず話を続けた。
「間に合わなくなるなら、俺を置いて先に行ってくれ」
彼はレイに向けて、真剣な顔つきで言った。急にここは現実だと教えられた気がした。絶えず追いかけてくる敵、燃え盛る炎。命の危険と隣り合わせて旅をしてきた今までの道のり。まだここは終着地ではないのだった。ほんの一時楽園に居られているだけで、目的を遂げるためには、ここを去らなければならない。辛くて苦しい道に帰らなければならないのだ。一番忘れたいはずのハルカが、五人を励ました。
「せっかくここまで来たのに、無駄にするのは勿体ないだろ」
レイは口を結んで静かに聞いていたが、ハルカの体調を気遣ってこれ以上は喋らせないよう、丁寧に言葉を選んだ。
「大丈夫です、まだ間に合います。戦までは三か月ほどありますから。しばらくは療養に専念してください。ハルカなら、きっと回復も早いでしょう」
「そうか。任せてくれ」
誰も何の根拠もなかったが、楽観的に考える事が最善だと思ったのだった。安心したハルカは、どっと疲れたように目を閉じた。レイは「僕が責任を持って看ていますので」と、姫達を促して隣の部屋へと送った。シュウトも渋々その場を後にする。皆ハルカの傍にいたい気持ちはもちろんあったが、彼の眠りを邪魔する訳にもいかなかった。今はぐっと堪えなければならなかった。
レイは一番後ろを歩いていたが、全員が部屋に収まるのを確認してから口を開いた。
「先ほど言ったとおり、時間はあります。今メリアメ王の軍は陣地を固め、人手を集めている頃です。念のため、戦の動向も探っています。ハルカが順調に回復すれば、共に王の元へと進めるでしょう」
「どうやって離れた王の動向を?」
アンリは皆の気持ちを代弁して不思議そうに訊ねた。レイはずっと共に旅をしてきており、王の身近な所に間諜がいるとも思えない。疑っているというよりは、その確信を持った言葉がどこから来るのか分からなかった。
「直接見る事はできません。ただ、僕は神官なので。神の目を貸していただけるんです」
彼は誇張する事も自慢げに言う事もなく、ありのままに答えた。
「ハルカは助かったのか」
シュウトの心配している事はたった一つだった。彼らの話が終わるのを待てずに、思わず言葉が口をついて出た。レイ達も彼の気持ちを十分理解していたため、気遣わしげにその表情を見た。
「状態は安定しました。このまま何もなければ助かるでしょう」
レイが言うのなら間違いなかった。シュウトは少し気持ちが軽くなって「そうか」と小さくこぼした。
「ただ、しばらくは休養が必要です。僕が責任持ってハルカの看病をしますので、お任せいただけますか」
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