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贈り物
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正面から出るわけにもいかず、ハルカとユウは神官の目を盗んで庭の壁を越えた。
アマネもご機嫌で見送る。
彼女の様子からしても、周りに隠しておけるのは時間の問題のような気がした。
「出来るだけ早く戻りますよ」
「そうだな」
二人は歩き出しながら自分に言い聞かせるように呟いた。
神殿の後ろには森が広がっていたが、奥の方は焼け焦げていた。二人は見ていられずにすぐに背を向け街の方へ歩き出した。歩けば歩くほど家が増えていき、ついには密集して大きな活気を作り上げていた。左右に広がる、なかなかに大きな街だった。駆けて遊ぶ子供達、行き交う人々、商人の声。皆楽しそうに笑っていた。どこでも見られる庶民達が暮らす町並みではあったが、貧しさは感じられなかった。
「懐かしいな」
ハルカは自然と顔をほころばせた。職人の村と重なったようだった。ユウはそれを察して僅かに微笑む。
「帰りたくなりました?」
「いつかは帰らなきゃな。だけど、今ほど幸せな時はないよ」
「アンリ様がいるからですか」
ハルカは何も応えないかわりに、思いきり顔をくしゃっとさせて笑った。
「大怪我してまで…。馬鹿ですね」
言葉に棘はなく、ハルカは同じ調子でユウの肩を小突いた。
二人は大通りをしばらく進んだ。太陽は地平線に近づいてきており、人々は夕食の準備で賑わっていた。軽食の屋台が並び、元気な商売人の声が飛び交っていた。ハルカは王族の祭ぶりだと、誘惑に駆られて度々足を止めた。焼いた鶏肉やとうもろこし、酒もあった。基本的に神殿の食事は質素であり、供え物の酒はあっても飲む事はなかった。ビール売りのおじさんの前で立ち止まって、とりあえず道を聞く事にした。
「おっちゃん、この辺りに香水屋あるか?綺麗なやつ置いてるとこがいいな」
「おう、もう少し行った所にあるさ」
「ありがとう。助かったよ」
ユウの予想通り、ハルカはその場を離れなかった。
「一杯だけ飲んでいいか?」
何と返ってくるか分かりきっていながら、だめもとでついつい聞いてしまった。
「だめですよ。早く帰るんですから」
生真面目な顔でユウは応えた。断固として揺るがない態度で、ハルカの袖を掴んで歩き出させた。
「融通がきかない奴はもてないぞ」
ハルカが捨て台詞とばかりに言った。
ユウの反応が面白いため、アマネと同様からかうのがハルカの楽しみの一つだった。ユウは何か言いたげに口を開けたり閉じたりしたが、結局飲み込んだようだった。我慢は慣れたものではあったが、負荷がないわけではなかった。上手く気持ちを言葉に出来ないもどかしさを抱えていた。ユウは大きく息を吐いた。
「冗談だって。お前は男前だよ」
にかっと笑ったハルカだった。ユウは信じられないという表情で彼と顔を見合わせたが、結局は負けてしまった。ふっと力が抜けて笑みを浮かべていた。嘘のような言葉でも、ハルカの口を通せば魔法のように素敵に響いた。裏表がないと思える彼だからこそだった。
「ありましたよ」
ユウが調子をかえて言った。ハルカも慌ててユウの指差した方を見た。その先には色とりどりの小瓶が綺麗に並べられた香水屋があった。午後の日差しを受けて、透き通ったガラスがきらりと光る。赤や緑、紫に青、黄色。ハルカにはめったに見られない貴重品だったため、思わず美しさに見とれてしまっていた。
「これはすごいな」
「腕の立つ職人がいるのでしょう」
「姫さんらはこんな綺麗なもんに囲まれて暮らしてんのか」
ハルカが感慨深げに言ったため、ユウは彼の様子を窺った。
すると突然彼は我に返ったようにはっとなってユウを見返した。
「俺払えるもんないぞ」
僅かに沈黙が流れたかと思うと、ユウは朗らかに笑った。
「アマネ様から言付かっています。お好きなものをお選びください」
申し訳なさそうに頭をかきむしりながらも、ありがたく受け入れたハルカだった。調子を変えて香水の小瓶を端から見定めていった。ユウは少し下がって楽しそうな背中を眺める。
ハルカは一通り全て見終わってから、ぱっと一つの小瓶を手に取って「これにする!」と店の中年女性に声を掛けた。太陽が落ちた直後の山際の上に広がるような、綺麗な透き通った紫色の小瓶だった。ハルカの目は間違いなかった。ユウは大きく頷いて合図をしてから代金を払った。
木の小箱に入れられた小瓶を、ハルカはユウへ渡した。
「割っちまいそうな気がするから、持ってくれないか」
高級で繊細なものだと臆してしまったようだった。「わかりました」とユウはからかいもせず素直に受け取った。
「神殿へ戻りましょう」
太陽は山にかかろうとしており、二人はそそくさとその場をあとにした。
神殿へ辿りついた時には、すっかり辺りは暗くなっていた。二人は正面からは入らずに、降りてきた庭の壁へと回った。
「先に行って上りやすいように紐をおろしますね」
「助かるよ」
ユウは慣れたものだとばかりに、背の高さ以上もある壁を軽く跳んで上った。ユウは庭の片隅にあったロープを見つけ、壁の外へ投げた。
「これに掴まってください。僕が引っ張りますから」
ぱたりとロープの地面につく音が聞こえただけで、返事がなかった。壁越しにハルカの気配も感じられない気がして、ユウは急に不安になって壁によじ上った。
誰もいなかった。ハルカがいた事すら疑わしくなるほど、辺りはしんと静まっていた。足音も、声も、何も聞こえない。
「ハルカ!」
ユウは最大限の声で名を呼んだが、虚しく空気に溶けていくだけだった。外に飛び降りて駆け出すが、人の気配はなかった。ユウの声を聞きつけてレイ、姫二人が集まってきた。
「どうされたんですか」
レイは外から回り込み、ユウの隣に駆けつけた。姫達は壁の内側で彼らの声を心配そうに聞いた。
ゆっくりレイを見たユウの顔は絶望の淵にいるようだった。後悔の念に思わずがっくりと崩れ落ちてしまった。
「ハルカが消えた」
震えながらも絞り出した声をレイは辛そうに聞いた。
アマネもご機嫌で見送る。
彼女の様子からしても、周りに隠しておけるのは時間の問題のような気がした。
「出来るだけ早く戻りますよ」
「そうだな」
二人は歩き出しながら自分に言い聞かせるように呟いた。
神殿の後ろには森が広がっていたが、奥の方は焼け焦げていた。二人は見ていられずにすぐに背を向け街の方へ歩き出した。歩けば歩くほど家が増えていき、ついには密集して大きな活気を作り上げていた。左右に広がる、なかなかに大きな街だった。駆けて遊ぶ子供達、行き交う人々、商人の声。皆楽しそうに笑っていた。どこでも見られる庶民達が暮らす町並みではあったが、貧しさは感じられなかった。
「懐かしいな」
ハルカは自然と顔をほころばせた。職人の村と重なったようだった。ユウはそれを察して僅かに微笑む。
「帰りたくなりました?」
「いつかは帰らなきゃな。だけど、今ほど幸せな時はないよ」
「アンリ様がいるからですか」
ハルカは何も応えないかわりに、思いきり顔をくしゃっとさせて笑った。
「大怪我してまで…。馬鹿ですね」
言葉に棘はなく、ハルカは同じ調子でユウの肩を小突いた。
二人は大通りをしばらく進んだ。太陽は地平線に近づいてきており、人々は夕食の準備で賑わっていた。軽食の屋台が並び、元気な商売人の声が飛び交っていた。ハルカは王族の祭ぶりだと、誘惑に駆られて度々足を止めた。焼いた鶏肉やとうもろこし、酒もあった。基本的に神殿の食事は質素であり、供え物の酒はあっても飲む事はなかった。ビール売りのおじさんの前で立ち止まって、とりあえず道を聞く事にした。
「おっちゃん、この辺りに香水屋あるか?綺麗なやつ置いてるとこがいいな」
「おう、もう少し行った所にあるさ」
「ありがとう。助かったよ」
ユウの予想通り、ハルカはその場を離れなかった。
「一杯だけ飲んでいいか?」
何と返ってくるか分かりきっていながら、だめもとでついつい聞いてしまった。
「だめですよ。早く帰るんですから」
生真面目な顔でユウは応えた。断固として揺るがない態度で、ハルカの袖を掴んで歩き出させた。
「融通がきかない奴はもてないぞ」
ハルカが捨て台詞とばかりに言った。
ユウの反応が面白いため、アマネと同様からかうのがハルカの楽しみの一つだった。ユウは何か言いたげに口を開けたり閉じたりしたが、結局飲み込んだようだった。我慢は慣れたものではあったが、負荷がないわけではなかった。上手く気持ちを言葉に出来ないもどかしさを抱えていた。ユウは大きく息を吐いた。
「冗談だって。お前は男前だよ」
にかっと笑ったハルカだった。ユウは信じられないという表情で彼と顔を見合わせたが、結局は負けてしまった。ふっと力が抜けて笑みを浮かべていた。嘘のような言葉でも、ハルカの口を通せば魔法のように素敵に響いた。裏表がないと思える彼だからこそだった。
「ありましたよ」
ユウが調子をかえて言った。ハルカも慌ててユウの指差した方を見た。その先には色とりどりの小瓶が綺麗に並べられた香水屋があった。午後の日差しを受けて、透き通ったガラスがきらりと光る。赤や緑、紫に青、黄色。ハルカにはめったに見られない貴重品だったため、思わず美しさに見とれてしまっていた。
「これはすごいな」
「腕の立つ職人がいるのでしょう」
「姫さんらはこんな綺麗なもんに囲まれて暮らしてんのか」
ハルカが感慨深げに言ったため、ユウは彼の様子を窺った。
すると突然彼は我に返ったようにはっとなってユウを見返した。
「俺払えるもんないぞ」
僅かに沈黙が流れたかと思うと、ユウは朗らかに笑った。
「アマネ様から言付かっています。お好きなものをお選びください」
申し訳なさそうに頭をかきむしりながらも、ありがたく受け入れたハルカだった。調子を変えて香水の小瓶を端から見定めていった。ユウは少し下がって楽しそうな背中を眺める。
ハルカは一通り全て見終わってから、ぱっと一つの小瓶を手に取って「これにする!」と店の中年女性に声を掛けた。太陽が落ちた直後の山際の上に広がるような、綺麗な透き通った紫色の小瓶だった。ハルカの目は間違いなかった。ユウは大きく頷いて合図をしてから代金を払った。
木の小箱に入れられた小瓶を、ハルカはユウへ渡した。
「割っちまいそうな気がするから、持ってくれないか」
高級で繊細なものだと臆してしまったようだった。「わかりました」とユウはからかいもせず素直に受け取った。
「神殿へ戻りましょう」
太陽は山にかかろうとしており、二人はそそくさとその場をあとにした。
神殿へ辿りついた時には、すっかり辺りは暗くなっていた。二人は正面からは入らずに、降りてきた庭の壁へと回った。
「先に行って上りやすいように紐をおろしますね」
「助かるよ」
ユウは慣れたものだとばかりに、背の高さ以上もある壁を軽く跳んで上った。ユウは庭の片隅にあったロープを見つけ、壁の外へ投げた。
「これに掴まってください。僕が引っ張りますから」
ぱたりとロープの地面につく音が聞こえただけで、返事がなかった。壁越しにハルカの気配も感じられない気がして、ユウは急に不安になって壁によじ上った。
誰もいなかった。ハルカがいた事すら疑わしくなるほど、辺りはしんと静まっていた。足音も、声も、何も聞こえない。
「ハルカ!」
ユウは最大限の声で名を呼んだが、虚しく空気に溶けていくだけだった。外に飛び降りて駆け出すが、人の気配はなかった。ユウの声を聞きつけてレイ、姫二人が集まってきた。
「どうされたんですか」
レイは外から回り込み、ユウの隣に駆けつけた。姫達は壁の内側で彼らの声を心配そうに聞いた。
ゆっくりレイを見たユウの顔は絶望の淵にいるようだった。後悔の念に思わずがっくりと崩れ落ちてしまった。
「ハルカが消えた」
震えながらも絞り出した声をレイは辛そうに聞いた。
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