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正念場
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王は一つ大きく息を吐くと、決心して声を張った。
「とりあえず、アンリを放してもらおうか」
そう言い終えると、構わず前進し始めたのだが、それを見たキヌンはすかさず剣を抜いてアンリの首元にあてた。
王はぎょっとしてぴたりと足を止める。アンリ自身も僅かに動揺しているのか、青白い顔をしていた。何か言いたげだったが、堪えているようだった。キヌンは冷静に口を開いた。
「まさかここまで我々が追い詰められるとは、思ってもいませんでした。姫に剣を向けたくはなかったのですが。抵抗はやめてください。三人とも、武器を捨ててもらおう」
最後の一言は、お願いというよりは強制的な命令だった。
三人はすぐに従う事ができずためらったが、アンリの身を案じて王は率先して剣を地面に放った。横の二人もその様子を見てから同じように剣を捨てた。それを確認したキヌンは、うっすらと勝利を確信して微笑を浮かべた。
「僕が欲しいのは、メリアメ王、あなたの命だけです。無駄な殺生はしたくない」
「王になったところで、瞬く間に代わるぞ」
「僕の望みは、神官の血の繁栄。王は神官の者であれば誰でも構わない。僕はその為に、幼い頃から神殿を離れ王宮の人間に紛れて暮らしてきたんだ。既に僕一人の意志ではない。僕はやり遂げなければならない」
王はどこか寂しそうに彼の言葉を聞いた。
「もっと早くに気付くべきだったな」
それだけ言うと更に進み出て、お互いの真ん中辺りで立ち止まった。
「他の者には全員手を出さないと約束しろ。裏切りを見抜けなかった俺の負けだ。命くらいくれてやる」
「さすが王だ」
キヌンはそろりと剣をアンリから話すと、後ろの兵に見張っておくように申し付けてから、彼女を残して王の前まで進んだ。ためらいのない軽快な足取りで、すぐに王の元まで辿りつく。対面した二人は、何か言いたそうにお互いを見た。ただ、キヌンは決意したように剣を王の喉元に向けたのだった。
「メリアメ王!」ユウが耐え兼ねて思わず叫んだ。
「動くなよ、ユウ。俺が決めた事だ」
実際に助けに行く事は困難だった。一歩でも踏み出せばすぐにキヌンの目に入り、王が命を懸けてした約束を台無しにしてしまう。ユウはもどかしさと悔しさで強く拳を握った。王の最期を、傍からただ見る事しか出来ないのか。シュウトもアンリも同じだった。
王は怯える様子一つなく、肝を据えて立っていた。誰もが死を初めて迎えるのだ。怖くないわけがなかった。王はただじっと、剣の切っ先ではなく、キヌンの目を見つめていた。
「早くしろ」
なにか見抜かれているようで、キヌンは動揺を隠そうと、思いきり剣を振り上げた。彼の手つきに無駄はなく、実にあっという間に剣は振り下ろされた。誰もが「終わりだ」と目を背けた時、音もなく小さな影が一瞬で目の前を横切っていった。
皆がやっと姿を確認した時には、既に遠くの上空にいた。傾き始めた西日と重なり、皆が目を細める。どうやら、白い鳥のようだった。そしてその鳥は狙ったように、キヌンの剣を払っていたのだった。二人の手の届かない所へ、剣は滑るように砂地を切った。お互いあっけにとられたが、王の方が立ち直るのが早かった。彼は素早く払われた剣を拾いに行った。
そして、去っていった白い鳥と共に現れた、馬に乗った人物達を確認した。彼らは瞬く間にやって来て、王の前で止まった。見慣れない神官と男、アマネだった。
「アマネ、こんなところで何をしているんだ」
王はあまりの驚きで、言葉をぼろぼろとこぼした。まだキヌンの妻であるアンリは分かるが、妹姫はこんな血なまぐさい戦とはかけ離れた存在なはずだった。まさかアンリと共にここまで来ているとは思ってもみなかった。一人で岩陰に隠れていたアマネを、レイ達が見つけてくれたのだった。
アマネは泣き出しそうな表情で王に駆け寄った。勢いのまま大きな体に抱きついた。
「お父様を助けに来たの。会えてよかった」
久しぶりに顔を合わした愛娘に、王は思わず頬を緩ませた。それほどに心配してくれていたのが嬉しかった。
「少し見ないうちに綺麗になったな」
王は冗談めかして言った。アマネの調子の取り方は、父も十分心得ていたのだった。案の定アマネは照れ隠しににっこりと笑った。
レイとハルカは馬をたしなめながらその様子を見守っていたが、王と目が合うと、二人は揃って姿勢を正した。
「カルナクのレイと申します。こちらは西の谷の職人のハルカです。神のご意志により、王の命を救うために参りました」
「…そうか。レイとハルカか。さっきは助かった。ありがとう」
王は屈託のない笑顔を浮かべた。
「アンリ様が心配です。あと少し頑張りましょう。共に戦います」
アンリは何の抵抗もなく静かに立っていたが、兵士に取り囲まれていた。キヌンも一度後退して彼らの元へ戻った。そして、新たな剣を手に取ると天に掲げる。
「全員抹殺しろ!」
キヌンの軍も北の軍も、その一声で進軍した。ざっと二百はいるだろう。これが正念場だと、お互いが感じていた。
王が素早く声を上げる。
「ユウ!アンリを頼む!」
王の視線の先にはキヌンがいた。王として、彼と決着をつけるようだった。
「わかりました!」
とりあえずは、なだれ込んでくる兵士達を先に相手にしなければならなかった。キヌンは進軍はせずに、一番奥でアンリと戦の様子を窺っていた。
「アマネを守ってあげてくれ」
王はレイとハルカにそれだけ言うと、敵の群に飛び込んでいった。実に勇ましい姿だった。神が救えと命じるのも分かる気がした。奥ではシュウトとユウも既に戦い始めていた。レイ達は念のため、後退して戦場と距離を取る。アマネはどうしたらいいか分からず、不安げにレイを見た。
「僕達は、下手に動かない方がいいでしょう。足でまといになるでしょうから」
アマネは何度か頷いてから、戦場を見守った。
「情けないぜ」
ハルカがぼそっと溢した。レイは彼の全身をまじまじと眺める。
「その身体では無理でしょうね」
森で切られた大傷が治りきらぬままに、捕まった時に乱暴され悪化していた。向こうの陣地を出る前にレイが出来る範囲で手当はしてくれたのだが、そう簡単に治る傷ではなかった。当人も自分の体の具合を理解できない訳ではないため、余計にすっきりしないのだった。
「あなたが戦えば、シュウト様は心配で戦いに集中できないでしょう」
ハルカはふっと笑った。
「あいつらが危険になったら、俺は構わず助けに行くからな」
本当は行きたくて仕方ないようだった。じっとしていられずに近くをうろうろしていた。アンリが捕まっている事も合わさって、余計に心配だった。ただ、王がユウに任せたのと同じ気持ちだった。彼なら姫を助けてくれるだろう。
「大丈夫です。この戦、きっと我々が勝つでしょう」
「とりあえず、アンリを放してもらおうか」
そう言い終えると、構わず前進し始めたのだが、それを見たキヌンはすかさず剣を抜いてアンリの首元にあてた。
王はぎょっとしてぴたりと足を止める。アンリ自身も僅かに動揺しているのか、青白い顔をしていた。何か言いたげだったが、堪えているようだった。キヌンは冷静に口を開いた。
「まさかここまで我々が追い詰められるとは、思ってもいませんでした。姫に剣を向けたくはなかったのですが。抵抗はやめてください。三人とも、武器を捨ててもらおう」
最後の一言は、お願いというよりは強制的な命令だった。
三人はすぐに従う事ができずためらったが、アンリの身を案じて王は率先して剣を地面に放った。横の二人もその様子を見てから同じように剣を捨てた。それを確認したキヌンは、うっすらと勝利を確信して微笑を浮かべた。
「僕が欲しいのは、メリアメ王、あなたの命だけです。無駄な殺生はしたくない」
「王になったところで、瞬く間に代わるぞ」
「僕の望みは、神官の血の繁栄。王は神官の者であれば誰でも構わない。僕はその為に、幼い頃から神殿を離れ王宮の人間に紛れて暮らしてきたんだ。既に僕一人の意志ではない。僕はやり遂げなければならない」
王はどこか寂しそうに彼の言葉を聞いた。
「もっと早くに気付くべきだったな」
それだけ言うと更に進み出て、お互いの真ん中辺りで立ち止まった。
「他の者には全員手を出さないと約束しろ。裏切りを見抜けなかった俺の負けだ。命くらいくれてやる」
「さすが王だ」
キヌンはそろりと剣をアンリから話すと、後ろの兵に見張っておくように申し付けてから、彼女を残して王の前まで進んだ。ためらいのない軽快な足取りで、すぐに王の元まで辿りつく。対面した二人は、何か言いたそうにお互いを見た。ただ、キヌンは決意したように剣を王の喉元に向けたのだった。
「メリアメ王!」ユウが耐え兼ねて思わず叫んだ。
「動くなよ、ユウ。俺が決めた事だ」
実際に助けに行く事は困難だった。一歩でも踏み出せばすぐにキヌンの目に入り、王が命を懸けてした約束を台無しにしてしまう。ユウはもどかしさと悔しさで強く拳を握った。王の最期を、傍からただ見る事しか出来ないのか。シュウトもアンリも同じだった。
王は怯える様子一つなく、肝を据えて立っていた。誰もが死を初めて迎えるのだ。怖くないわけがなかった。王はただじっと、剣の切っ先ではなく、キヌンの目を見つめていた。
「早くしろ」
なにか見抜かれているようで、キヌンは動揺を隠そうと、思いきり剣を振り上げた。彼の手つきに無駄はなく、実にあっという間に剣は振り下ろされた。誰もが「終わりだ」と目を背けた時、音もなく小さな影が一瞬で目の前を横切っていった。
皆がやっと姿を確認した時には、既に遠くの上空にいた。傾き始めた西日と重なり、皆が目を細める。どうやら、白い鳥のようだった。そしてその鳥は狙ったように、キヌンの剣を払っていたのだった。二人の手の届かない所へ、剣は滑るように砂地を切った。お互いあっけにとられたが、王の方が立ち直るのが早かった。彼は素早く払われた剣を拾いに行った。
そして、去っていった白い鳥と共に現れた、馬に乗った人物達を確認した。彼らは瞬く間にやって来て、王の前で止まった。見慣れない神官と男、アマネだった。
「アマネ、こんなところで何をしているんだ」
王はあまりの驚きで、言葉をぼろぼろとこぼした。まだキヌンの妻であるアンリは分かるが、妹姫はこんな血なまぐさい戦とはかけ離れた存在なはずだった。まさかアンリと共にここまで来ているとは思ってもみなかった。一人で岩陰に隠れていたアマネを、レイ達が見つけてくれたのだった。
アマネは泣き出しそうな表情で王に駆け寄った。勢いのまま大きな体に抱きついた。
「お父様を助けに来たの。会えてよかった」
久しぶりに顔を合わした愛娘に、王は思わず頬を緩ませた。それほどに心配してくれていたのが嬉しかった。
「少し見ないうちに綺麗になったな」
王は冗談めかして言った。アマネの調子の取り方は、父も十分心得ていたのだった。案の定アマネは照れ隠しににっこりと笑った。
レイとハルカは馬をたしなめながらその様子を見守っていたが、王と目が合うと、二人は揃って姿勢を正した。
「カルナクのレイと申します。こちらは西の谷の職人のハルカです。神のご意志により、王の命を救うために参りました」
「…そうか。レイとハルカか。さっきは助かった。ありがとう」
王は屈託のない笑顔を浮かべた。
「アンリ様が心配です。あと少し頑張りましょう。共に戦います」
アンリは何の抵抗もなく静かに立っていたが、兵士に取り囲まれていた。キヌンも一度後退して彼らの元へ戻った。そして、新たな剣を手に取ると天に掲げる。
「全員抹殺しろ!」
キヌンの軍も北の軍も、その一声で進軍した。ざっと二百はいるだろう。これが正念場だと、お互いが感じていた。
王が素早く声を上げる。
「ユウ!アンリを頼む!」
王の視線の先にはキヌンがいた。王として、彼と決着をつけるようだった。
「わかりました!」
とりあえずは、なだれ込んでくる兵士達を先に相手にしなければならなかった。キヌンは進軍はせずに、一番奥でアンリと戦の様子を窺っていた。
「アマネを守ってあげてくれ」
王はレイとハルカにそれだけ言うと、敵の群に飛び込んでいった。実に勇ましい姿だった。神が救えと命じるのも分かる気がした。奥ではシュウトとユウも既に戦い始めていた。レイ達は念のため、後退して戦場と距離を取る。アマネはどうしたらいいか分からず、不安げにレイを見た。
「僕達は、下手に動かない方がいいでしょう。足でまといになるでしょうから」
アマネは何度か頷いてから、戦場を見守った。
「情けないぜ」
ハルカがぼそっと溢した。レイは彼の全身をまじまじと眺める。
「その身体では無理でしょうね」
森で切られた大傷が治りきらぬままに、捕まった時に乱暴され悪化していた。向こうの陣地を出る前にレイが出来る範囲で手当はしてくれたのだが、そう簡単に治る傷ではなかった。当人も自分の体の具合を理解できない訳ではないため、余計にすっきりしないのだった。
「あなたが戦えば、シュウト様は心配で戦いに集中できないでしょう」
ハルカはふっと笑った。
「あいつらが危険になったら、俺は構わず助けに行くからな」
本当は行きたくて仕方ないようだった。じっとしていられずに近くをうろうろしていた。アンリが捕まっている事も合わさって、余計に心配だった。ただ、王がユウに任せたのと同じ気持ちだった。彼なら姫を助けてくれるだろう。
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