太陽の猫と戦いの神

中安子

文字の大きさ
57 / 62

正念場

しおりを挟む
 王は一つ大きく息を吐くと、決心して声を張った。
「とりあえず、アンリを放してもらおうか」
 そう言い終えると、構わず前進し始めたのだが、それを見たキヌンはすかさず剣を抜いてアンリの首元にあてた。
 王はぎょっとしてぴたりと足を止める。アンリ自身も僅かに動揺しているのか、青白い顔をしていた。何か言いたげだったが、堪えているようだった。キヌンは冷静に口を開いた。
「まさかここまで我々が追い詰められるとは、思ってもいませんでした。姫に剣を向けたくはなかったのですが。抵抗はやめてください。三人とも、武器を捨ててもらおう」
 最後の一言は、お願いというよりは強制的な命令だった。
 三人はすぐに従う事ができずためらったが、アンリの身を案じて王は率先して剣を地面に放った。横の二人もその様子を見てから同じように剣を捨てた。それを確認したキヌンは、うっすらと勝利を確信して微笑を浮かべた。
「僕が欲しいのは、メリアメ王、あなたの命だけです。無駄な殺生はしたくない」
「王になったところで、瞬く間に代わるぞ」
「僕の望みは、神官の血の繁栄。王は神官の者であれば誰でも構わない。僕はその為に、幼い頃から神殿を離れ王宮の人間に紛れて暮らしてきたんだ。既に僕一人の意志ではない。僕はやり遂げなければならない」
 王はどこか寂しそうに彼の言葉を聞いた。
「もっと早くに気付くべきだったな」
 それだけ言うと更に進み出て、お互いの真ん中辺りで立ち止まった。
「他の者には全員手を出さないと約束しろ。裏切りを見抜けなかった俺の負けだ。命くらいくれてやる」
「さすが王だ」
 キヌンはそろりと剣をアンリから話すと、後ろの兵に見張っておくように申し付けてから、彼女を残して王の前まで進んだ。ためらいのない軽快な足取りで、すぐに王の元まで辿りつく。対面した二人は、何か言いたそうにお互いを見た。ただ、キヌンは決意したように剣を王の喉元に向けたのだった。
「メリアメ王!」ユウが耐え兼ねて思わず叫んだ。
「動くなよ、ユウ。俺が決めた事だ」
 実際に助けに行く事は困難だった。一歩でも踏み出せばすぐにキヌンの目に入り、王が命を懸けてした約束を台無しにしてしまう。ユウはもどかしさと悔しさで強く拳を握った。王の最期を、傍からただ見る事しか出来ないのか。シュウトもアンリも同じだった。
 王は怯える様子一つなく、肝を据えて立っていた。誰もが死を初めて迎えるのだ。怖くないわけがなかった。王はただじっと、剣の切っ先ではなく、キヌンの目を見つめていた。
「早くしろ」
 なにか見抜かれているようで、キヌンは動揺を隠そうと、思いきり剣を振り上げた。彼の手つきに無駄はなく、実にあっという間に剣は振り下ろされた。誰もが「終わりだ」と目を背けた時、音もなく小さな影が一瞬で目の前を横切っていった。
 皆がやっと姿を確認した時には、既に遠くの上空にいた。傾き始めた西日と重なり、皆が目を細める。どうやら、白い鳥のようだった。そしてその鳥は狙ったように、キヌンの剣を払っていたのだった。二人の手の届かない所へ、剣は滑るように砂地を切った。お互いあっけにとられたが、王の方が立ち直るのが早かった。彼は素早く払われた剣を拾いに行った。
 そして、去っていった白い鳥と共に現れた、馬に乗った人物達を確認した。彼らは瞬く間にやって来て、王の前で止まった。見慣れない神官と男、アマネだった。
「アマネ、こんなところで何をしているんだ」
 王はあまりの驚きで、言葉をぼろぼろとこぼした。まだキヌンの妻であるアンリは分かるが、妹姫はこんな血なまぐさい戦とはかけ離れた存在なはずだった。まさかアンリと共にここまで来ているとは思ってもみなかった。一人で岩陰に隠れていたアマネを、レイ達が見つけてくれたのだった。
 アマネは泣き出しそうな表情で王に駆け寄った。勢いのまま大きな体に抱きついた。
「お父様を助けに来たの。会えてよかった」
 久しぶりに顔を合わした愛娘に、王は思わず頬を緩ませた。それほどに心配してくれていたのが嬉しかった。
「少し見ないうちに綺麗になったな」
 王は冗談めかして言った。アマネの調子の取り方は、父も十分心得ていたのだった。案の定アマネは照れ隠しににっこりと笑った。
 レイとハルカは馬をたしなめながらその様子を見守っていたが、王と目が合うと、二人は揃って姿勢を正した。
「カルナクのレイと申します。こちらは西の谷の職人のハルカです。神のご意志により、王の命を救うために参りました」
「…そうか。レイとハルカか。さっきは助かった。ありがとう」
 王は屈託のない笑顔を浮かべた。
「アンリ様が心配です。あと少し頑張りましょう。共に戦います」
 アンリは何の抵抗もなく静かに立っていたが、兵士に取り囲まれていた。キヌンも一度後退して彼らの元へ戻った。そして、新たな剣を手に取ると天に掲げる。
「全員抹殺しろ!」
 キヌンの軍も北の軍も、その一声で進軍した。ざっと二百はいるだろう。これが正念場だと、お互いが感じていた。
 王が素早く声を上げる。
「ユウ!アンリを頼む!」
 王の視線の先にはキヌンがいた。王として、彼と決着をつけるようだった。
「わかりました!」
 とりあえずは、なだれ込んでくる兵士達を先に相手にしなければならなかった。キヌンは進軍はせずに、一番奥でアンリと戦の様子を窺っていた。
「アマネを守ってあげてくれ」
 王はレイとハルカにそれだけ言うと、敵の群に飛び込んでいった。実に勇ましい姿だった。神が救えと命じるのも分かる気がした。奥ではシュウトとユウも既に戦い始めていた。レイ達は念のため、後退して戦場と距離を取る。アマネはどうしたらいいか分からず、不安げにレイを見た。
「僕達は、下手に動かない方がいいでしょう。足でまといになるでしょうから」
 アマネは何度か頷いてから、戦場を見守った。
「情けないぜ」
 ハルカがぼそっと溢した。レイは彼の全身をまじまじと眺める。
「その身体では無理でしょうね」
 森で切られた大傷が治りきらぬままに、捕まった時に乱暴され悪化していた。向こうの陣地を出る前にレイが出来る範囲で手当はしてくれたのだが、そう簡単に治る傷ではなかった。当人も自分の体の具合を理解できない訳ではないため、余計にすっきりしないのだった。
「あなたが戦えば、シュウト様は心配で戦いに集中できないでしょう」
 ハルカはふっと笑った。
「あいつらが危険になったら、俺は構わず助けに行くからな」
 本当は行きたくて仕方ないようだった。じっとしていられずに近くをうろうろしていた。アンリが捕まっている事も合わさって、余計に心配だった。ただ、王がユウに任せたのと同じ気持ちだった。彼なら姫を助けてくれるだろう。
「大丈夫です。この戦、きっと我々が勝つでしょう」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

処理中です...