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第六章 迷宮編

二二七話 ネックレスがもたらすもの

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 静かに閉められた扉の音が部屋に溶ける。
 神妙な顔をして掌を合わせるクロムと、今の話の流れが全く見えない俺だけが部屋に残された。
 部屋には何とも言えない微妙な空気が漂っており、お尻の辺りがむずむずしてくる。
 
「フィガロ様。彼女は……コブラさんはどこでお知り合いになられたのですか?」

「コブラですか? えっと……それはですね……」

 なんだなんだ? コブラが何かやらかしたのか? それよりもコブラが元々裏社会の人間ですなんて言ってしまっていいのだろうか。
 いやダメだよな。普通に考えて信用問題とかに関わりそうだよな。

「以前、彼女がちょっと困っている所に出くわしまして……その時からの縁で」

「なるほど……」

 咄嗟についてしまった嘘だが、あながち間違ってもいないので許して欲しいところだ。
 
「コブラが何か?」

「はい……実は……コブラさんが付けているネックレス、別れた元恋人が付けていた物に瓜二つなのですよ」

「……え?」

 ネックレスなんてこの世には腐る程あるだろうし、コブラが付けている物だって……あれ? そういえばコブラのネックレスってドンスコイも付けているアレだよな。
 孤児院にいた時から付けていたっていう……。
 
「失礼ですが、仰っている意図がイマイチわからないのですが」

「そう、ですよね。申し訳ない……少し、昔話をしてもよろしいでしょうか」

「構いませんけど……」

 真一文字に結ばれたクロムの口が徐々に綻び、ぽつりぽつりと言葉を選ぶように話を始めた。


 
 今から二五年前、クロムがまだ冒険者として活動していた頃の話であり、当主となるべく冒険者稼業を捨てた頃の話。
 クロムには同じ冒険者パーティの恋人がいた。
 駆け出しの頃に出会い、幾度となく死地を切り抜けた二人は徐々に惹かれ合い、出会って数年で交際を始めた。
 とある日、とある迷宮の奥深くで珍しい宝石の原石を手に入れた二人はそれをネックレスに加工し、二人にしかわからない特別な紋様を刻んだのだ。
 その紋様は二つのネックレスを隣り合わせにした際に浮き出る仕掛けになっており、紋様が示す言葉の意味は【永遠の絆】。
 たとえ二人が分かたれる事があってもその絆は永遠である。
 という死と隣り合わせの世界で生きる冒険者らしい言葉、クロムは実に「実にお恥ずかしい」と言っていたが中々ロマンチックな話だと思う。
 そしてクロムが当主になると決めた時、彼女は伴侶となる事を拒んだ。
 詳しくは語らなかったそうだが、彼女いわく「私には似合わない」とのことだった。
 もちろんそんな曖昧な理由で別れるなど納得出来なかったクロムだったが、ある日の朝、彼女の姿はどこにもなく、枕元には一筆したためたメモ書きが残されていた。
 「貴方は貴方の道を行って。私にはまだやる事がある。やりたい事がある。こんな形で貴方の前から去る私を許して欲しい。でも……貴方は私が生涯初めて愛した男、貴方と別れてもその事実は変わらない。いつかまた会える日が来たら……ネックレスを合わせましょう。いつまでも愛しているわ」
 クロムは一日中探し回ったという。
 しかし結局彼女は見つからず、帰省の期日を迎えたクロムは悲しみの中でランチアへ戻ってきた。
 塞ぎこむ暇などを与えない当主としての日々は苛烈であったが、彼女への思いは消える事がなかった。
 当主になり数年、他貴族の令嬢との縁談が持ち上がり政略結婚のような流れで縁を結び、クロムジュニアが生まれ……没した。
 
「それが、このネックレスなのですがね」

 そう言って古びた小さな木箱をテーブルの上に置くクロム。
 木箱にかけられた錠を外し、蓋を開けるとその中にはクロムが言う通りコブラの持っている物と瓜二つのネックレスが出てきたのだった。

「ちょっと……まさか」

「えぇ、私自身も驚いております。以前、屋敷の警備の最中、コブラさんが庭のベンチに腰掛けてネックレスを磨いていたのを偶然お見かけ致しまして……思い違いであって欲しい、思い違いであるべきだと、そう思っておりました。ですが……」

「捨て切れなかったのですね」

「お恥ずかしい限りで……もちろん今の妻のことだって愛しております。しかしこればっかりはどうにもならんのですよ……」

「クロムさん。そこまで聞いてからお伝えするのも酷かとは思うのですが……」

 そこまで口にしておきながら次の言葉が出て来ない。
 言うべきじゃないのではないか、言う必要があるのか、などの思いが頭の中を駆け巡り口の中がカサカサになっていく。

「もう、いないのですね」

「あの……」

 言葉の先を察したのか、クロムがぽつりと力なく呟く。
 俺が知っているのはドンスコイとコブラが孤児だということだけだ、そして孤児となる理由は二つしかない。
 親が死んで身寄りがない場合と……捨てられた場合だ。
 だが一つ気になる違和感がある。
 仮にコブラのネックレスのネックレスがクロムの言う物だとしたらドンスコイはどうなるのか。
 聞いた話ではドンスコイとコブラのネックレスはお揃いのものだという。
 それにクロムさんと元彼女が別れた時点で子供はいなかいように聞こえたのだが……。

「不躾な質問をしても大丈夫でしょうか?」

「なんでしょう?」

「お付き合いをされていた際、元彼女さんは一度実家に帰ったりとか……しませんでしたか?」

「な、なぜそれをフィガロ様がご存知なのですか!? 確かにあの子は一度体を壊して二年ほど実家で休養しておりました……」

「まじか……」

「フィガロ様……?」

 なんだよこれ、俺には荷が重すぎる問題じゃあないのか?
 ドンスコイとコブラの実親が……クロムさんかもしれないって、どう言ったらいいんだよ。
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