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第六章 迷宮編

二三〇話 救助要請

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「フィガロ!」

「やぁ。久しぶり」

 頭に響いてきたシャルルの声は少し小さく聞こえ、たまにノイズのような音が入り込む。
 ウィスパーリングは思念伝達魔法を利用しているため、声の大小などはあまり関係ない。
 口に出して喋った方がより明確に伝わるのは確かではある、だがシャルルの声は明らかに小さく響き、くぐもったようにすら聞こえる。
 
「ごめん、ちょっと聞き取り辛いんだけど。今は他国にいるんだろ? どうしたんだ?」

「フィガ……! ……たすけて……!」

 その言葉を聞いた瞬間心臓が跳ね上がった。
 身体中の血液がドクドクと波打つように激しく暴れ回る。

「どうしたんだ! 一体何があったんだ!」

「お父……が! タウ……スが! 大変……! た……けてフ……ガロ!」

 ザリザリと不快な音が頭の中で反響し、肝心のシャルルの声が途切れ途切れで上手く聞き取れない。
 一体どうしたっていうんだ。こんなこと今まで無かった。何かが魔力の伝達を阻んでいるのか?
 ならこちらから送る魔力を上げる。それならどうだ。
 ウィスパーリングをもう片方の手で覆い、意識を集中させて一気に魔力を流し込み大きな声で叫ぶように言葉を発する。

「落ち着け! 今どこにいるんだ!? 場所を教えてくれ!」

「ロンシャンよ! ロンシャン連邦国! 早く! お願い! 貴方しか頼れる人がいないの! このままじゃ……きゃあっ!」

 魔力を大量に流し込んだおかげか最初よりはっきりと聞こえたが、シャルルの声はかなり切羽詰まっているようで悲壮感すら伝わってくる。
 
「シャルル! シキガミを使え! 今からロンシャン方面に向かって思い切り投げ飛ばすから! 魔力体のシキガミの方が早い! 俺もすぐに行くから!」

「投げるって……よく分からないけど分かったわ! 何とか耐えてみせるから! 貴方だけが」

「シャルル! おい! シャルル! シャルル!」

 シャルルの追い込まれたような覚悟が頭の中に反響し、唐突に接続が切れた。
 何度呼びかけても反応することはなく、じれったさだけが身体中に広がっていく。

「くそっ! いきなり何だってんだよ! シャルルに、ドライゼン王に何があった!」

 焦燥感に包まれた俺は思わず部屋の壁を殴りつけてしまい、壁には放射状の亀裂が入る。
 急がなければ。
 脱兎の勢いで部屋から、トムの小屋から飛び出した俺はポーチから木像を取り出し【シルフィードブレス】をかける。
 これをかければ思い切り投げたとしても風の抵抗を受けずに飛んで行ってくれるはずだ。

「ロンシャンは確か南西……こっちだ!」
 
 投げる方角を決め、マナアクセラレーションを発動、さらに力を込めるためもう一段階力を引き上げる。

「ブーステッドマナアクセラレーション!」

 空の彼方で待つシャルルに少しでも早く近付けるよう思い切り振りかぶり、助走をつけ、最大の力を込めて木像を投げ飛ばす。

「いけえええええ!」

 投げ飛ばした瞬間、空気が弾けるような音が響きその音が衝撃となって周囲を舐めまわす。
 突風が吹き荒れ、投げ飛ばした木像は一気に空へ吸い込まれていきあっという間に見えなくなった。
 俺自身すぐに向かいたい所だが、向こうで何があるか分からない。
 シャルルの様子からすれば何かトラブルに巻き込まれたのは間違いない。
 ロンシャン連邦国に出向いているのはシャルル、ドライゼン王、執事のタウロス、その他護衛やら国の役職者達だろう。
 俺一人でどうにかできるとは思えない、数が多すぎる。

「リッチモンド! 聞こえるか! リッチモンド!」

「どうしたんだい? 血相変えて。そんなゴリゴリに魔力を送らなくてもちゃんと聞こえてるよ?」

 再度ウィスパーリングを起動させると、飄々としたリッチモンドへと繋がる。
 
「すまん! 力を貸してくれ! 今すぐだ!」

「おやおや。穏やかじゃないね。何があったかは後で聞くとして、どこに向かえばいい?」

「ロンシャンだ! ランチアから南西方向にある連邦国家! わかるか!?」

「あぁ、オーケー。把握したよ、行くのはもちろんフライでいいよねっと」
 
「後で合流する! クライシス!」

 こちらから言いたい事だけを放り投げるように伝え、接続を切り、今度はクライシスへとつなげる。

「あぁ? どした? 買い物頼む物はないぞー」

「違います! すいません! 力を貸しては頂けないでしょうか! シャルルが大変なんです!」

「シャルルちゃんが……? 今は出国中のはずだろ……? ってことはマジか! 何があった!?」

「わかりません! ですが今助けてくれと連絡が入りました! リッチモンドも向かっています。お力添え願えませんでしょうか!」

「つっても……国家間の争い事だとしたら出張ったところで……」

「国家とか関係ないです! シャルルが、ドライゼン王が危ないんです!」

「わーったわーった! でっかい声で叫ぶなって! あったまいてーわ」

 感情が高ぶりすぎて魔力が体から漏れ出てしまっているのはわかるが、そんなに大きく聞こえているのだろうか。
 と一瞬我に返り、体の中で荒れる魔力を文殊へと返還していく。

「す、すみません……! では?」

「行くよ、手伝ってやるさ。愛弟子の二度目の頼みだ、聞いてあげにゃーなるめーよ。本来俺は表に出ちゃいけねーんだがなぁ……どっこいせ」

「ありがとうございます! 目的地はロンシャン連邦国です! また連絡致します!」

 どうにも不承不承という感じだが、クライシスも手伝ってくれるようだ。
 俺が今すぐに手配出来て、尚且つ迅速に現地へ向かうことが出来るのはこの二人くらいだ。
 クーガやドンスコイが別行動になったことが裏目に出てしまった。
 かと言って、トロイやStG傭兵団を動かすにしてもそんな大所帯をロンシャン連邦国まで移動させる術を俺は持っていない。
 この三人でなんとかするしかない。この三人ならなんとか出来るはずだ。
 でも武器を家に置いてきてしまった……荒事になるのは目に見えている。
 
「そうだ……トムさんの!」

 咄嗟に頭に浮かんだのは背後にあるトムの、ハンニバルのアジト。
 ここにならきっと武器が保管されているはず、借りられるならば申し訳ないが貸して貰いたい。
 慌てて小屋の中に飛び込み、部屋の中を見回してみるがそれらしい物は見当たらない。
 
「地下室……!」

 強化兵の側に、金属製の巨大なストレージボックスが置かれていた事を思い出し地下室へ足を向けたのだが、なぜか地下室からはガチャガチャという音が鳴っている。

「なにが……? うわっ!」

 音の正体を確かめるのと武器を借りるため、地下室へ駆け込む。
 するとどうしたことか、先ほどまで死んだ魚のような目をして、何の反応も無かった強化兵達が突如として動きだしており、武具や武器を装着している所に出くわしたのだった。
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