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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー
三五〇話 王として
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「各部隊、着々と目標の定点へ移動を完了している模様です」
「分かった、引き続き行動を続けよ。シャルルヴィル王女殿下から囚われていた人々を無事保護したと連絡があった。状況が整い次第迷宮管理塔への斉射を行うと砲撃隊へ伝えよ」
「は!」
駆け足で部屋を出る兵士の後ろ姿を目で送った後、私は指で目頭を軽く揉んだ。
軍備倉庫で通信用魔導技巧の予備を発見したのは、ロンシャン連邦正規軍にとって非常に有益だった。
これで各部隊との連携も円滑に進み、作戦のフェーズ以降も速やかとなる。
「ふぅ……家屋然り、迷宮管理塔然り、我がロンシャン連邦国の街並みを……自らの手で破壊しなければならないとはな」
溜息と共に吐き出されたのは、誰にも打ち明けられない王ゆえの悲しみ。
既に王城周辺の市街地は廃墟と言っても過言では無いほどに破壊され、荒れ果てている。
しかし単眼鏡で探った限り、迷宮管理塔の周囲はそこまで荒れてはいない。
革命軍に勝つ為とは言え、大切な自分の国をさらに破壊するような事を指示した。
時刻塔にいた時、上がってくる情報を聞く度に心が折れていた時は、まさかこんな決断をするとは夢にも思っていなかった。
民が暮らし、笑い、泣き、怒り、喜んでいた家が、建物が瓦礫と化している現状は筆舌に尽くし難い虚無感と悲しみを私に届けてくれる。
王制の廃止。
その言葉が私の頭の中でグルグルと螺旋を描き、心の奥底へと滴り落ちている。
何が悪かったのだろうか。
私は民を第一に考え、民達の為の政治をしていたはずなのに。
どこで何を間違えたのか。
恐らくは私が革命軍に捕まればこの戦争は終わるのだろう。
しかしあのランチアの若き辺境伯が放った、青臭い言葉が私を奮い立たせる。
感情に任せて吐き出されたあの言葉は、若い内にしか吐けない言葉だ。
あの言葉が現実的で無いのは分かるが、私はまだ死にたく無い。
最愛の娘であるヘカテーも失いたくは無い。
これはエゴなのだろうか。
私が死にたくないから、娘を死なせたくないから兵達を死地に向かわせると言っても違いないのだからな。
しかしエゴだとしても私は突き進むと決めた。
この戦争が終わった時、私はどう判断されるのだろうか。
先の事を考えても仕方が無いのだが、やはり考えてしまう。
だがドライゼン王陛下や、配下のフィガロ様やリッチモンド殿の力は凄まじい。
これならば勝てるのでは無いかとさえ思わせるあの力。
勝てるかもしれないと思えば、終わった先を考えてしまうのも仕方の無い事だと思う。
「陛下! ご報告です! フィガロ様とリッチモンド殿の破壊工作が終了し、現在はブラック殿率いる傭兵隊が迷宮管理塔内部へ攻撃を仕掛け始めました! 我が軍の歩兵部隊、機動歩兵部隊は定点へ到達、いつでも状況を開始出来るとのことです!」
「分かった。各隊に焦るなと伝えよ。ブラック殿達が迷宮管理塔を脱出し、敵がおびき出されるのを待つのだ」
「は!」
順調だ。
全てが順調に進んでいる。
姿を消したゼロ魔導師長の行方が気になるが、恐らくは彼もまた革命軍に肩入れしていると私は見ている。
優れた魔導理学の知識や効率的な魔法の使用方法、魔導兵器のあり方などもそうだが、彼の提唱する魔法理論や魔法を行使する者のあり方などは我が国に劇的な変化をもたらした。
長年続いた内紛を治める事が出来たのも、ひとえに彼の尽力があってこそだった。
そんな彼が裏切ったと知った時のショックは大きかった。
彼の裏切りは前もって決まっていた事であり、それは彼の自室に残された直筆の文書で明らかとなった。
確かに地下牢にいたのだ、と必死に訴えるアストラの意を汲んでゼロの自室を訪ねた際に見つかった文書。
短い手紙と言ってもいいその文書には[この国にもはや未練は無い、未来も無い、私は私の為に新しい研究の場へ赴く事にする]とあった。
あの言葉の真意は定かでは無いが、この争いが起きる前日、彼は裏切る素振りなど全く見せなかった。
「私の目が節穴だったのかもしれんな」
自嘲気味に笑い、手元にあった水を一気に煽る。
過ぎてしまったことはもはや取り返しがつかない。
ならばこれから起きる事を正面から受け止め、尽力し、成すべき事を成すのだ。
革命軍の本拠地と見られる迷宮管理塔を攻略すれば、敵の勢いも大幅に落ちる。今は目の前の戦いに集中するのがベストであろう。
席をたち、窓から更地となった直線を眺めながらそんな事を考える。
全てはこの国の為に。
この戦い、勝つにしても負けるにしても私は最後の瞬間まで王として生き、王として死ぬと決めた。
戦力差は歴然としているが、私は抗う。
泣き言はもはや言うまい。
「頼みの綱がランチアの皆々様とは情けない話ではあるがな」
それでも私は勝ちたい。
友好国であるランチアを巻き込んでしまった負い目はある。
仮にこの戦いに勝利したとして、その後ランチアの属国になれと言われても致し方ない事であり、私はそれを甘んじて受けようと思っているし、属国となっても文句は言えないほどの恩義があるのだ。
「私も出るとするか」
もうすぐこのロンシャン連邦国のシンボルである、迷宮管理塔への砲撃が始まるだろう。
ならばこの国の長であるこの私が号令をかけるべきだ。
それが私の役目だ。
「分かった、引き続き行動を続けよ。シャルルヴィル王女殿下から囚われていた人々を無事保護したと連絡があった。状況が整い次第迷宮管理塔への斉射を行うと砲撃隊へ伝えよ」
「は!」
駆け足で部屋を出る兵士の後ろ姿を目で送った後、私は指で目頭を軽く揉んだ。
軍備倉庫で通信用魔導技巧の予備を発見したのは、ロンシャン連邦正規軍にとって非常に有益だった。
これで各部隊との連携も円滑に進み、作戦のフェーズ以降も速やかとなる。
「ふぅ……家屋然り、迷宮管理塔然り、我がロンシャン連邦国の街並みを……自らの手で破壊しなければならないとはな」
溜息と共に吐き出されたのは、誰にも打ち明けられない王ゆえの悲しみ。
既に王城周辺の市街地は廃墟と言っても過言では無いほどに破壊され、荒れ果てている。
しかし単眼鏡で探った限り、迷宮管理塔の周囲はそこまで荒れてはいない。
革命軍に勝つ為とは言え、大切な自分の国をさらに破壊するような事を指示した。
時刻塔にいた時、上がってくる情報を聞く度に心が折れていた時は、まさかこんな決断をするとは夢にも思っていなかった。
民が暮らし、笑い、泣き、怒り、喜んでいた家が、建物が瓦礫と化している現状は筆舌に尽くし難い虚無感と悲しみを私に届けてくれる。
王制の廃止。
その言葉が私の頭の中でグルグルと螺旋を描き、心の奥底へと滴り落ちている。
何が悪かったのだろうか。
私は民を第一に考え、民達の為の政治をしていたはずなのに。
どこで何を間違えたのか。
恐らくは私が革命軍に捕まればこの戦争は終わるのだろう。
しかしあのランチアの若き辺境伯が放った、青臭い言葉が私を奮い立たせる。
感情に任せて吐き出されたあの言葉は、若い内にしか吐けない言葉だ。
あの言葉が現実的で無いのは分かるが、私はまだ死にたく無い。
最愛の娘であるヘカテーも失いたくは無い。
これはエゴなのだろうか。
私が死にたくないから、娘を死なせたくないから兵達を死地に向かわせると言っても違いないのだからな。
しかしエゴだとしても私は突き進むと決めた。
この戦争が終わった時、私はどう判断されるのだろうか。
先の事を考えても仕方が無いのだが、やはり考えてしまう。
だがドライゼン王陛下や、配下のフィガロ様やリッチモンド殿の力は凄まじい。
これならば勝てるのでは無いかとさえ思わせるあの力。
勝てるかもしれないと思えば、終わった先を考えてしまうのも仕方の無い事だと思う。
「陛下! ご報告です! フィガロ様とリッチモンド殿の破壊工作が終了し、現在はブラック殿率いる傭兵隊が迷宮管理塔内部へ攻撃を仕掛け始めました! 我が軍の歩兵部隊、機動歩兵部隊は定点へ到達、いつでも状況を開始出来るとのことです!」
「分かった。各隊に焦るなと伝えよ。ブラック殿達が迷宮管理塔を脱出し、敵がおびき出されるのを待つのだ」
「は!」
順調だ。
全てが順調に進んでいる。
姿を消したゼロ魔導師長の行方が気になるが、恐らくは彼もまた革命軍に肩入れしていると私は見ている。
優れた魔導理学の知識や効率的な魔法の使用方法、魔導兵器のあり方などもそうだが、彼の提唱する魔法理論や魔法を行使する者のあり方などは我が国に劇的な変化をもたらした。
長年続いた内紛を治める事が出来たのも、ひとえに彼の尽力があってこそだった。
そんな彼が裏切ったと知った時のショックは大きかった。
彼の裏切りは前もって決まっていた事であり、それは彼の自室に残された直筆の文書で明らかとなった。
確かに地下牢にいたのだ、と必死に訴えるアストラの意を汲んでゼロの自室を訪ねた際に見つかった文書。
短い手紙と言ってもいいその文書には[この国にもはや未練は無い、未来も無い、私は私の為に新しい研究の場へ赴く事にする]とあった。
あの言葉の真意は定かでは無いが、この争いが起きる前日、彼は裏切る素振りなど全く見せなかった。
「私の目が節穴だったのかもしれんな」
自嘲気味に笑い、手元にあった水を一気に煽る。
過ぎてしまったことはもはや取り返しがつかない。
ならばこれから起きる事を正面から受け止め、尽力し、成すべき事を成すのだ。
革命軍の本拠地と見られる迷宮管理塔を攻略すれば、敵の勢いも大幅に落ちる。今は目の前の戦いに集中するのがベストであろう。
席をたち、窓から更地となった直線を眺めながらそんな事を考える。
全てはこの国の為に。
この戦い、勝つにしても負けるにしても私は最後の瞬間まで王として生き、王として死ぬと決めた。
戦力差は歴然としているが、私は抗う。
泣き言はもはや言うまい。
「頼みの綱がランチアの皆々様とは情けない話ではあるがな」
それでも私は勝ちたい。
友好国であるランチアを巻き込んでしまった負い目はある。
仮にこの戦いに勝利したとして、その後ランチアの属国になれと言われても致し方ない事であり、私はそれを甘んじて受けようと思っているし、属国となっても文句は言えないほどの恩義があるのだ。
「私も出るとするか」
もうすぐこのロンシャン連邦国のシンボルである、迷宮管理塔への砲撃が始まるだろう。
ならばこの国の長であるこの私が号令をかけるべきだ。
それが私の役目だ。
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