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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー

三九九話 遮断

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 俺とリッチモンドの魔法によって発生した砂嵐の行方を見守りながら、ウィスパーリングをアーマライト王へと繋ぐ。

「陛下、フィガロです。馬の調達は上手くいきそうですか?」

「おお、フィガロ様! ええ、やはり私の見立て通りある程度の軍馬が生き残っていました! 現在は各自王城へと向かっております。あと数時間もすれば到着するでしょう!」

「分かりました。であればランチア側の撤退準備も?」

「ええ。馬が到着次第出発出来るよう手配を進めております。それと……ヘカテーを含め、我が国から出奔する者達は別の馬車を用意してあります。ドライゼン王陛下らと一緒に発つのは不自然ゆえ、時間を開けてから送る予定でございます。何卒……よろしく頼みます」

「……はい。陛下はいかがなさるおつもりで?」

「私にはやるべき事が山積みだ。革命戦争の原因が取り払われたと言えど、各地に散る残存勢力は戦争終結を知らんはずだ。まだまだ休める身分では無いよ」

「そうですか。あまりご無理はなさらず」

「うむ、そのつもりよ」

「では後ほど」

 話を終えてウィスパーリングを切った後は、ブラックへ思念を送る。
 
「ブラック、そっちはどうだ?」

「隊長か。今は王城周辺の警備をしつつ瓦礫などの撤去を行っている。それと吉報が一つある」

「そっか。ん? 吉報って?」

「俺が話すより直接本人と話した方が早い」

「えと……隊長、さん」

 唐突にブラック以外の思念が流れ込み、聞いた事の無い声が頭に響いた。
 やや低めのハスキーボイスは恐らく女性。

「はい。どちら様ですか?」

「私は……ピンクです」

「ピンク!?」

「はい。まだぼんやりとしていますが……その節はお世話になりました」

 キメラルクリーガーの中で、一瞬とはいえ笑った事のあるピンクが自我を取り戻した。
 それだけで俺の胸がじんわりと暖かくなる。

「自我が戻ったのはいつだ?」
 
「はい。王城の地下にて避難民の……子供と一緒にいた際に」

 話を聞けば、避難民の中に親を失った子供が何人かいたらしい。
 ピンクは女性という事もあり、他の女性冒険者と共にその子供達と一緒にいたそうだ。
 言葉を発しない彼女がなぜ、と思ったが、自我を取り戻した時にはそこにいたらしいので詳しくは分からない。
 意識の中で子供の泣き声が遠くに聞こえ、泣き声を追っていたら自我が戻ったという。
 強化兵となる前、ピンクには四人の子供がいたそうだ。
 出身は帝国領にあったとある村で、夫と二人で行商をしていた。
 言われのない罪で投獄され、薄暗い牢屋で眠りについた後、気付けばここにいたらしい。
 
「隊長、私は……どうすればいいのですか?」

「それは……ピンク自身が決めていい。このまま俺と共に来るか、新天地を求めて旅に出るっていう手もある」

「私は……隊長が良ければ共に生きたいと思います。強化兵となり、数多の命を奪ってきた私に……普通に生きる道などないはずですから」

「わかった。なら今後ともよろしく頼むよ」

「はい。それでは」

 ピンクからの思念が途切れ、再びブラックと思念を繋ぐと、ブラウンとホワイトにも僅かながら自我の片鱗が見えたという。
 明確な意思は無いが、兵士達に声を掛けられると反応するのだとか。
 ブラウンとホワイトもこの戦争の中で、何かしらの刺激が与えられたと見て間違いないだろう。
 
「この後はどうする? 俺達もそうだがあの、シスターズやダンケルク、メタルラインも隊長と共に行きたいと言っている」

「シスターズは元からこちらで引き取る予定だったけど……あの二人もか。俺は構わないのだけど……」

「分かった。そう伝えておく」

「ロンシャン連邦国のヘカテー第二王女がランチアへ亡命する事が決まってる。ヘカテー第二王女が移動する際、皆も一緒に帰ろう」

「分かった」

 ブラックとの話を終え、ランチア兵達の同行を探るべく、さらに高度を上げて砂嵐の上に移動する。
 俺の狙い通りランチアの先鋒隊は砂嵐によって進路を阻まれ、踵を返して走り去っている。
 単眼鏡でも小さく見える程なので、兵達が引き返して来たとしてもあと数日はかかるだろう。

「僕らも帰ろうか」

「そうだな」

 砂嵐は勢いを増して突き進んでおり、このままだとかなりの規模になりそうだった。
 魔力を注いで砂嵐をある程度散らした後、俺はリッチモンドと共に王城へと帰って行った。




 王城へと帰投し、何をしようかと考えていると、後ろからヘカテーに声をかけられた。

「フィガロ様、この度は……」

「お礼はもういいって。それよりも……亡命するのはどうやらヘカテーさんだけじゃないみたいなんだ。希望者は一緒に連れて行く事になった」

「あら……まぁでもそうね……誰だってこんなに荒れ果てた国に居たくはないわよね」

「そういう訳じゃないと思うけど……」

「いいの。仕方の無い事だもの。いっその事、もっと希望者を募ってフィガロ様の領地に移住するのはどうかしらね?」

「話が唐突すぎるよ……俺の一存じゃ決められないの、分かってるだろ?」

「勿論分かっているわよ? ただの提案よ、提案」

 くすりと笑うヘカテーだったが、その表情は真剣そのものだった。
 確かに俺の領地は広く、手付かずの森や平原が広がっている。
 けど住む家が無いし、もし移民を受け入れるならばもっとしっかり基盤を整えてからだ。
 移民しました、家がありません、じゃ元も子もないだろうしな。

「でも……記憶には留めておいて欲しいわ」

「わかったよ」

 ヘカテーはそれだけ言うと軽く会釈をして去っていった。
 アーマライト王はやる事が山積みだと言っていたけれど、よくよく考えれば俺にもそれは当てはまりそうだと思い、ひとり苦笑いを浮かべるのだった。
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